顔パス?それとも監視? 顔認証 世界トップの秘密

顔パス?それとも監視? 顔認証 世界トップの秘密
スマートフォンのロックの解除、空港の出入国ゲートなどで活用される顔認証の技術。人の顔をAIを駆使して判別するこの技術、実は日本が世界をリードしている。ビジネス面でも有望な成長分野の1つだ。
しかし、年齢とともに変化し、その日の体調でも微妙に変わる人の顔を、どうやって間違いなく判別しているのだろうか。世界最高の技術を持つNECを取材し、技術開発の裏側と将来戦略に迫った。(経済部記者 早川俊太郎)

究極の本人確認

顔認証はカメラに映る人の顔と、事前に読み込ませた顔データとを照合して、その人が誰なのかを特定する技術だ。
スマートフォンのロックの解除が、指紋認証から顔認証に変わったし、空港の出入国での本人確認も顔認証ゲートが増え、身近なところに広がり始めている。指紋や静脈を使う生体認証は、装置に触れたり、手をかざしたりしなければならず、読み取りに時間がかかることもある。しかし顔認証はタッチレスで通過するだけだ。オフィスの入退室や、無人店舗など、さまざまな場面での活用が見込めるため、アメリカや中国の大手IT企業をはじめ、世界が研究開発にしのぎを削っている。

実は日本が世界一

この分野で、いま世界トップの技術力を持つのが日本のNECだ。2018年にアメリカ国立の研究機関・NIST(国立標準技術研究所)が技術テストを行った。1200万人分の顔データを読み込んで、正確に認証できるかどうかを競うというものだ。アメリカや中国、ヨーロッパなど世界から49の企業などが参加したが、NECのエラー率は0.5%でトップの正確さだった。NECにとっては5度目の世界1位だった。

開発の第一人者を直撃

今回、私は、顔認証の開発をリードするNECフェローの今岡仁さんに取材する機会を得た。
2002年から顔認証研究一筋の、この分野の第一人者だ。

今岡さんは、研究を始めた当時をこう振り返る。
今岡 仁さん
「指紋認証が完成して、本人確認の手段として次はやはり顔だろうと。顔認証が普及すれば、駅や空港で顔パスで通過できて、支払いも顔で…となると、定期券や社員証などが必要なくなり、本当に便利な社会になると思ったのです」
ただ、人の顔は年齢とともに変わる。化粧やめがねでもずいぶんと変わる。人の目でも見間違える顔を機械がどう判別するのか。
今岡さんによると、年をとっても変わりにくい顔の骨格に近い部分を使うことがポイントだという。例えば、目や鼻の位置は大きく変わらないため、その大きさや位置関係を分析するのが基本だそうだ。ただ、それだけでは情報が足りず、さらに目や鼻の周りの細かい特徴に注目する。AI(人工知能)が、そうした部分の凹凸や色などの特徴を膨大に取り出し、変わりやすい部分はどんどん捨てていく。そして残った部分を詳しく分析するそうだ。そのノウハウが世界一の技術のもとになっているのだが、それ以上は、企業秘密だという。

実用化できるの? 身内も疑う開発

今は、生活の身近なところで実用化されるようになったこの技術。これまでの研究開発は苦難の連続だったという。
今岡さんによると、最初は、目を細めると、眉毛と認識してしまうくらいのレベルで、エラー率が30%もあったという。
今岡 仁さん
「周りも疑いの目で見ていて、『実用化できるわけないじゃん』と言われてきました。私も本当のところは自信がありませんでしたが、世界でトップを取ろうと部下と2人で、アルゴリズムを毎日少しずつ変えて研究を続けました。きょうは精度が0.1%上がったと喜んだら、次の日はまた下がって、あーダメだという作業を、当初の2、3年はひたすら続けました。そのうち、ああ、顔のこういう部分を使えばいいんだ、ということが見つかりノウハウが蓄積されていったのです」
そうした地道な作業の結果、今岡さんたちは研究開始から7年後の2009年に、顔認証の精度で世界トップの座をつかみ、世界をリードするようになった。

非接触ニーズで新たな開発も

最近、研究は新たなフェーズに入っている。そのきっかけになったのが新型コロナウイルスだ。マスクの着用が当たり前になる中、今岡さんたちは、さらなる精度の向上のため、虹彩と呼ばれる瞳の周りのもようを組み合わせて分析するシステムの開発も進めている。
今岡 仁さん
「新型コロナウイルスもあるので、タッチレスの顔認証・生体認証は、社会に役立つ技術だと思っています。技術をつくるだけで満足するのではなく、技術を広げていくことを、仲間と進めていきたいと思います」

GAFAをしのぐ? “顔パス経済圏”

世界をリードする日本の顔認証。課題はいかにビジネスにつなげられるかだ。かつて日本が世界をリードした半導体のDRAMは韓国のサムスンに取って代わられた。液晶、通信の基地局、パソコンのOS…、日本は技術で世界を先行しても産業として根付かせることにたびたび失敗している。
NECもそうした過去を強く意識している。このため顔認証では、将来のビジョンを明確に打ち出している。それが“顔パス経済圏”だ。
“顔パス経済圏”が目指すのは、顔認証を個人のIDとして活用し、買い物の決済やイベント会場への入場など本人確認が必要なものをすべて顔パスで済ませるようにすることだ。“顔パス経済圏”ができあがると、人々のさまざまなデータが、顔でつながる。
グーグルやアマゾンなどいわゆるGAFAは、ネットの検索履歴や、買い物の履歴などのデータを活用して、ばく大な収益を上げている。顔パスのインフラが社会に普及すれば、買い物の履歴などに加えて、人々の移動という、リアルな空間の活動データが得られる。GAFAのビジネスに対抗できる可能性があるほか、混雑の解消や感染症対策といった社会課題の解決など、これまでにないサービスを生み出すことも考えられる。
“顔パス経済圏”の実現に向けて、NECは2019年から和歌山県白浜町で社会実験に取り組んでいる。旅行者が事前に顔のデータやクレジットカードの情報を専用のアプリに登録すると、ホテルのチェックインは顔パスで行える。地域の飲食店や土産物店も顔パスで決済でき、パンダで有名なアドベンチャーワールドなどのレジャー施設にも手ぶらで入場することができる。10月からは富山市でも同様の取り組みをスタートさせた。

“超監視社会”の心配はないか

ただ、行く先々で顔データの照合が行われ、プライベートな行動履歴が収集されることに抵抗を感じる人は少なくない。
中国では、顔認証が市民の監視にも活用されていると指摘される。使い方によっては便利な“顔パス経済圏”は、運用のしかたに細心の注意を払わなければならない技術であることは間違いないだろう。
情報の活用と、プライバシーの確保をどう両立させていくか。NECは、事業や営業の部門のほか、法務部門なども参加する「デジタルHub」という組織を2019年に立ち上げた。顔認証のサービスを企業などに提供する際に、プライバシー対策について議論とチェックを重ねているという。

世界トップの技術、使いこなせるか

“顔”という個人情報の保護と利用。両立は簡単ではないが、その最適解を導き出すことがこれからの大きなハードルだ。リスクばかりに目が向き、世界最高の技術レベルを使って利便性の高いサービス提供につなげることができなければ、技術はあってもビジネスにつなげられない過去の歴史を繰り返すことになるかもしれない。
経済部記者
早川 俊太郎
平成22年入局
横浜局、岐阜局、
名古屋局を経て現所属