コロナ禍じゃない!? JR終電繰り上げ その理由

コロナ禍じゃない!? JR終電繰り上げ その理由
「首都圏ほぼすべての路線で終電を繰り上げる」
JR東日本は先月、来年3月のダイヤ改正で首都圏全域で終電を30分程度早める方針を明らかにしました。公表以降、SNSでは、「終電繰り上げは困る」「ガラガラだからしょうが無い」「朝型にシフトする」などさまざまな意見が。終電の繰り上げは少なくともこの50年では無いという異例の事態だということで、新型コロナウイルスの影響は改めてすさまじいな…。そう思って取材をしていると、コロナ禍による利用者の減少は、あくまできっかけだという情報が。ではいったい、理由はなんなのでしょうか。(社会部記者 浅川雄喜)

終電繰り上げ、本当の理由

「『保線』現場の働き方を改善させるのが目的です」

私(記者)の質問に対するJR東日本の回答です。
30分程度早めることで働き方が改善するとはどういうことなのか。
保線とは線路の点検や補修などを行う業務です。業務に当たれるのは、終電のあと、始発電車が走る前の時間です。働き方は昼夜が逆転する厳しいものであるのは疑いようがありません。

とはいえ時間は、NHKの放送センターに近い渋谷駅の山手線外回りで言えば、終電は0時52分、始発は4時37分で、労働時間は4時間程度とむしろ短いほうともいえます。

終電が30分程度繰り上がると、労働時間が30分伸びることになるので、どうして働き方の改善になるのか、担当者の話だけでは、まだピンときません。

そこで、私は保線作業を行う東京 北区にある会社を訪ねました。

社長が語る厳しい現状

疑問に答えてくれたのは社長の前田博久さんです。前田さんは平成9年に会社を設立し、首都圏の在来線に加え新幹線の線路の整備などにあたる保線のスペシャリストです。

前田社長から聞く保線の仕事は、私の想像以上に厳しいものでした。
前田社長
「保線は安全に作業を行うため、終電から始発までの深夜帯に行われます。また貨物列車の運行や資機材の調達具合など直前にならないと決まらない事が多く、2・3日前にならないとシフトを確定させることができない事情があります。さらに土日や祝日に工事が行われることも多く、カレンダーどおり働く事も難しい状況です」

実労働4時間、月収45万円でも人来ない

この厳しい労働環境で、待遇はどうなのか。

4週間に休みは6日間とやや少ないですが、実労働が1日4時間程度で1か月の給与は平均45万円。決して悪くないようにも思えます。

しかし、前田社長は、この条件でも人が集まらないといいます。
前田社長
「求人をかけてやっとの思いで人が入ってきても、仕事がキツイと言って1日とか1週間で辞めてしまう人もいてなかなか定着しない。人手不足は業界全体の非常に大きな課題です」
前田さんの会社では、この2年で8人が新人として入社しましたが、現在残っているのは2人。平成12年に60人ほどいた社員は現在およそ40人にまで減っているといいます。

社員の高齢化も進み、平均年齢はおよそ50歳と高くなっています。

深夜の保線現場に潜入

では保線とはどのような現場なのか。

私が向かったのは埼玉県のJR蕨駅付近。先月22日、シルバーウィーク最終日の深夜でした。この日は、上野東京ラインの下り線の枕木を27メートルの区間で交換するといいます。
雨が降りしきる中、作業員が現場に集合したのは午後11時半ごろ。作業手順の打ち合わせや安全確認が終わった午前0時すぎ、上野東京ライン下り線の終電が目の前を通り過ぎた直後に線路に入っていきます。

まず最初に始まったのがレールの計測作業でした。最初の数値を記録し、工事のあと万が一にもズレが出ないようにするのが目的です。
そして午前1時前、線路を固定している砕石の除去作業が始まりました。線路を外すことができないので、レールの下に重機のカッター部分を突っ込んで枕木を固定している砕石を取り除いていきます。

全長70mもの巨大な重機に圧倒されましたが、よく見ると重機で取り除けない部分の砕石は人がスコップなどを使って取り除いていました。

枕木を支える厚さ1メートルほどの砕石が取り除かれると、枕木がレールにくっついて宙に浮くという初めて見る状況になっていました。枕木は1本300キロもあるので重機を使って交換されていましたが、取り外しや取り付けの最後の細かい部分は人が手で行います。
枕木の位置やレールの幅などは鉄道の安全を左右するだけに、ミリ単位の正確さが求められていて、保線の現場は肉体的にも決して楽ではないうえ、神経を使う繊細な仕事でもあり厳しさを実感しました。

30分の効果

保線現場を見て改めて終電繰り上げの目安とされた30分を考えてみました。

例えば10人で4時間かけて行っていた仕事があったとします。
専門的にはこれを40人時間と表します。
「10人×4時間=40人時間」

終電繰り上げによって4時間が4時間30分になると、40人時間の仕事は9人で行う事ができます。
「40人時間÷4.5時間=9人」

つまり終電を早めることで1日当たりの労働時間は増えますが、全体で見ると1人が休むことが可能になるのです。

JRの試算ではこれまで180日かかっていた工事が170日で終わるようになるということです。浮いた10日間分を保線現場の働き方改革にいかすため、首都圏の終電を一斉に早めるという異例の決断を行ったのです。
前田社長
「限られた時間でしか作業ができない保線現場で、30分というのは非常に大きい。1日当たりの仕事量が変わってくるので、現状の4週間に6日間の休みを8日間に増やしていけるようにしていきたい」

コロナはあくまできっかけ 他社も続くか

保線現場の働き方改革は鉄道事業者の中では喫緊の課題として検討されてきたといいます。ただ、1年間で250億人余りが利用していた日本の鉄道では、やりたくても簡単にできない状況だったといいます。

そうした中でのコロナ禍で生活スタイルが一変し、終電繰り上げとなったというわけでした。

今回の取材で私が感じたのが鉄道インフラをめぐる非常に厳しい現状でした。

30分という時間は、1日当たりで言えば大きなものではありませんが、「されど30分」積み重ねれば、大きな意味を持つことに改めて気付きました。