ヤンキース 田中将大の“頭”を守るベンチャー技術

ヤンキース 田中将大の“頭”を守るベンチャー技術
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ことし7月、アメリカ大リーグの開幕前の練習で、ヤンキースの田中将大投手の頭部を強烈なライナーが襲いました。幸い大事には至りませんでしたが、軽い脳しんとうと診断され、およそ1か月の離脱を余儀なくされました。
一歩間違えれば選手生命を脅かすような危険と隣り合わせの投手たち。復帰後、田中投手の帽子の内側には、あるプロテクターが装着されていました。開発したのは、大手のスポーツメーカーではなく、アメリカの地方都市にあるベンチャー企業で、今、静かなブームとなっています。(アメリカ総局記者 山本脩太)

投手を襲う恐怖のライナー

野球では、打席に立つ打者は常にヘルメットをかぶっています。さらに現代の野球ではプロアマ問わず多くの選手が肘(ひじ)や膝(ひざ)にもプロテクターをつけています。
一方、投手はどうかと言えば、身を守る用具は着けていません。
しかし、投手は野手以上に危険と隣り合わせのポジションと言えます。

打ち返されたライナー性の打球はピッチャーが投げるボールより速く、よけるのは困難です。冒頭の田中投手の受けた打球も、時速はなんと180キロ出ていたといいます。
ピッチャーが頭に打球を受けるケースは少なくなく、日本選手でも2002年にドジャース(当時)の石井一久投手、2009年にはドジャース(当時)の黒田博樹投手が頭に打球を受けました。
特に石井投手の場合は頭蓋骨の亀裂骨折という大けがで、「あと1ミリずれたら出血死していた」と医師に言われたほどでした。
このため、大リーグでは頭を守るためにプロテクターの入った帽子をつけた投手もいました。

しかし、頭全体にぐるりと緩衝材が入った大きな帽子姿は、人気キャラクターの「マリオ」のようだと不評で、何より投球の邪魔になることから定着しませんでした。

“必要は発明の母”

そこで、使いやすさと強度を兼ね備えたプロテクターの開発に乗り出したのが、南部ジョージア州アトランタにある従業員わずか5人のベンチャー企業「SST Baseball」です。
社長のマット・メイヤーさん(35)も、野球経験者。学生時代に頭に打球を受けた1人でした。
メイヤーさん
「14歳まで投手で、その頃に頭に打球を受けてノックアウト状態になったことがありました。その経験をきっかけに野球は危険なスポーツだと認識するようになり、将来、絶対に製品を開発しようと考えました」
“必要は発明の母”-

メイヤーさんは製品を開発するため、26歳の時に会社を設立。こだわったのは徹底した「プレーヤー目線」でした。
メイヤーさん
「私は高いレベルではプレーしていませんが、投手がマウンドで気を散らさないように気を遣っていることを理解しています。それに、マウンドでヘルメットをかぶった投手を見るのも嫌でした。彼らができるかぎり安全にプレーができ、それでいて身体能力を妨げることのないものを作ることがとても重要でした」

あくなき開発への探究心

開発にあたっての課題の1つが「コスト低減」でした。社員5人のベンチャー企業に潤沢な資金はありません。

軽くて耐久性のあるカーボンファイバー(炭素繊維)がプロテクター開発に不可欠だと考えていたメイヤーさん。

実は会社を設立する前の20代前半に、高級スポーツカー・フェラーリ向けにこの素材を使った部品を作るメーカーに勤務していました。働きながらカーボンファイバーの知識やノウハウを吸収できたことで、投資負担を抑えられたと言います。

さらに資金調達には、クラウドファンディングを利用し、日本円でおよそ200万円を確保。

試作品を地元のアマチュア選手に配って感想を聞き、自分たちで衝撃テストも繰り返しました。

メイヤーさんいわく「12回もの作り直し」を経て、わずか5ミリの厚さでも150キロのボールの衝撃を50%下げることに成功したのです。
開発の中で、コスト低減につながる「新たな事実」も突き止めました。

投手が頭に打球を受けた過去のケースを分析すると、99%以上の確率で、投手の利き腕側の頭に当たっていたことがわかったのです。

右ピッチャーなら、ボールを投げた瞬間にホームベースに向いているのは頭の右側だけだからです。

そのため、帽子全体にプロテクターを埋め込む必要はないと判断。製品の重さはわずか34グラムと飛躍的な軽量化につながりました。

帽子の内側に入れても違和感のないものに仕上がり、部材の節約によるコスト低減との両立が実現しました。

“口コミ”で思いもよらない展開に

プロテクターは、大人向けが1枚9000円程度。
子ども向けの小さめのものが1枚5000円程度。
メイヤーさんは、当初、子どもたちに多く使ってもらいたいと思っていましたが、6年前、高校の後輩だった現役大リーガーのコリン・マクヒュー投手(当時アストロズ、現レッドソックス)に製品を送ったところ、「違和感がなく、とてもいい」と気に入ってくれたのです。

彼からの口コミなのか、その後、各球団のトレーナーを中心に評判が広がり、とうとうことし、田中投手のアクシデント直後、名門・ヤンキースから連絡が来たのです。
メイヤーさん
「ヤンキースから電話をもらった時は本当にびっくりしました。だってあのヤンキースですよ。製品を提供できるのはすごく名誉なことだし、本当に素晴らしい経験になりました」
アマチュア選手たちが中心だったメイヤーさんの会社の顧客は、プロの選手にも広がり、売り上げは日本円で年間およそ2000万円にのぼっています。

さらにことしは、田中投手の使用をきっかけに日本のプロ野球の複数の球団から商談が舞い込んだほか、韓国のプロ野球の球団にも取引先ができ、売り上げは過去最高を見込んでいるそうです。

これまで無防備だったピッチャーの頭を守る画期的な用具は、徐々に世界で広がりを見せています。
田中投手
「こういうアクシデントはいつ起こるか分からないし、かぶっていてプレーに支障はないと思うので、どんどん広まっていけばいいと思う」

ものづくりの心意気を見た

利用者のニーズと目線を大切にしながら試作を重ね、完成したモノが口コミで広がっていく。すぐれた「ものづくり」の心意気と成功のプロセスをかいま見た気がしました。

メイヤーさんは、「注目してもらうのはうれしいですが、選手も見ている人もプロテクターの存在を忘れてもらうのが目標なので、今後も改善を続けていきます」と謙虚に話します。

野球だけでなく、幅広いスポーツや警備の仕事などに広がる可能性も秘めた今回の開発。小さくてもキラリと光る企業のイノベーションによって、すべての投手が当たり前に頭部を守る時代がすぐそこまで来ています。
アメリカ総局記者
山本脩太
2010年入局
スポーツニュース部でスキー、ラグビー、陸上などを担当し2020年8月からスポーツ担当としてアメリカ総局に