チャーハンで日本酒を救う?酒米に忍び寄る危機

チャーハンで日本酒を救う?酒米に忍び寄る危機
日本酒の原料といえばお米。「山田錦」が代表的な酒米ですが、どんなお米なのか知ってますか?普通のお米とは違うのでしょうか。食べたらどんな味がするのでしょうか。いま、その酒米が新型コロナウイルスの深刻な影響を受けています。酒米を食べて、日本酒づくりを支えようという動きが出ています。(経済部記者 池川陽介)

酒米、食べてみると

9月下旬に私は名古屋市緑区にある酒蔵・萬乗醸造を訪ねました。酒米の販売を始めたという話を聞きつけたからです。住宅街の中にある酒蔵を案内してくれたのは、従業員の光永裕樹さん。「まずは食べてください。せっかくなのでおすすめの食べ方で」とみずからフライパンを振り、作ってくれたのが酒米・山田錦のチャーハンです。
見た目は、普通のお米。どんな味がするのだろう。スプーンですくって一口、食べると、粒が大きく、ぐっとくるかみ応え。粘りはそれほどでもなく、パラパラとした食感。卵やハムなどの具といい感じに絡み合っています。

「意外においしい…」。試しに一口のつもりが、完食。チャーハンやパエリアには、酒米の方があうかも、と思いました。

酒になるために生まれたコメ

そもそも酒米は、どんなお米なのでしょうか。実は、しっかり定義があります。農林水産省の「農産物規格規定」で「醸造用玄米」に分類される銘柄が酒米と呼ばれ、226銘柄が登録されています(令和2年産)。ちなみに食用のお米は869銘柄あります。
酒米と食用米の最大の違いは粒のサイズです。日本酒は、米を削り込んで作られます。外側にあるタンパク質などが雑味になるためです。大吟醸の場合には半分以上削ることもあります。たくさん削っても割れにくいよう、酒米は一般のコメより一回り大きく、代表的な酒米の山田錦は、コシヒカリより3割近く重いそうです。酒米はまさに「日本酒になるために生まれた」品種といえます。

ただ酒米は、稲の背丈が高いため倒れやすく、栽培に手間がかかります。このため、食用のお米に比べて、値段は高く、兵庫県産の山田錦は、6割ほど割高なのです。

「米を売る」酒蔵の異常事態

萬乗醸造は、その酒米を、食用として販売しました。価格は2キロ1296円。食用米の高級品種「つや姫」などと並ぶ価格帯です。5月に販売を始め、珍しさも手伝って、予定していた量はすべて売れ、まずまずの反応だったといいます。

きっかけは、新型コロナウイルスです。緊急事態宣言が出て、外食の機会が減り、日本酒の消費も大きく落ち込みました。日本洒造組合中央会の調べでは、4月、5月の日本酒の出荷は前の年より2割以上減りました。いまも前年割れの状況が続いていて、全国各地の酒造会社の蔵には、在庫が積み上がっているといいます。多くの酒蔵が、ことし仕込む日本酒の量を減らすとみられています。
農林水産省によりますと、去年、全国で生産された酒米はおよそ9.7万トン。昨シーズンの酒造りに使われたのが8.8万トンから9万トンほどで、酒米はもともと余り気味でした。新型コロナの影響で今シーズンの日本酒の仕込みが減れば、ことし収穫される酒米が大量に余るおそれがあります。

酒造会社は、余ったコメを、よくとしの酒造りに使います。来年産の酒米は、ことし以上に不要になる可能性があります。萬乗醸造の久野九平治社長は、農家が「酒米をつくっても売れないな」と考えて、酒米づくりをやめてしまうことを心配しています。

感染が収束し、日本酒の消費が元の水準に戻ったときに、酒米が確保できなくなるおそれがあるからです。そこで山田錦を食べ、酒米づくりの農家を少しでも支援しようと動き出したのです。
久野社長
「お酒は大人しか飲めませんが、食べることに年齢制限はないので、子どもも消費してくれます。山田錦を1回食べてもらえば、日本酒への興味もわくと思って、酒米を売っています」

酒米の産地 離農の懸念

予想もしなかった酒米余りに直面し、産地もほんろうされています。日本一の酒米の産地、兵庫県では、いま一面の田んぼが黄金色に染まり、頭を垂れた山田錦が、刈り取りの時を待っています。

ここで酒米をつくる専業農家の村上正典さん(53)。父親の代から40年以上にわたって酒米をつくり、村上さんの代になってからは、作付けを4倍に増やし、10ヘクタールの田んぼのうち6ヘクタールを酒米用にしました。手間はかかるけれども高値で買い取ってもらえるからです。
村上さん
「来年の作付けは減らさざるを得ないと思っています。半分、悪い場合は7割くらい減らさないといけなくなるかもしれません」
村上さんはそう厳しい見方を示しました。

産地の酒米づくりは、地域の小規模な兼業農家や高齢の農家によっても支えられてきました。村上さんが、特に心配しているのは、今回の米余りを機に、離農する農家が相次ぐ事態です。
村上さん
「これまでは離農する農家がでても、若い専業農家が田んぼを引き受け、生産量を維持してきました。しかしこの先は、引き受けきれなくなるかもしれません」
農林水産省や兵庫県も、酒米余りに何ができるか、対策を検討しています。

酒米チャーハンが物語る厳しさ

今回、多くの酒造関係者に話を聞きましたが「年末年始の宴会需要が大きく落ち込めば、酒米余りがいよいよ深刻になる」と危機感をあらわにする蔵元は少なくありません。

新型コロナウイルスは、外食業界を直撃し、各地の蔵元、農家にも大きな打撃を与えています。コロナがなければ食べることもなかった酒米チャーハンが意外な味わいだっただけに、私には今回の事態の厳しさが、よけいに際立ちました。
経済部 記者
池川 陽介
平成14年入局