アルバイト2万人が消えた?かんきつ王国・愛媛の異変

アルバイト2万人が消えた?かんきつ王国・愛媛の異変
こたつにみかん。そんな冬の風物詩が見られなくなるかもしれないと、想像したことはありますか?かんきつ類の生産量日本一を誇る愛媛県。毎年、みかんの収穫などのため、全国から延べ2万人以上のアルバイトを集めていましたが、ことしは、新型コロナウイルスの影響で、例年通りの受け入れが難しくなっているのです。「このままでは収穫できない」ーーー危機感を強めた地元は、あの手この手で「もぎ手」の確保に奔走しています。収穫まであと1か月。模索を続ける現場を取材しました。(映像センター記者 田代翔子)

県外アルバイトに頼ってきた農家は

全国有数のみかんの産地、八幡浜市真穴地区。農家の治京与三郎さん(54)は、およそ3ヘクタールの畑で、年間、100トン余りの温州みかんを生産しています。畑を増やした4年前から、家族や地域の人だけでは人手が足りないと、地元のJAを通じて、県外からアルバイトを雇ってきました。

なぜ、アルバイトが必要なのか。それを知るために、まず、みかんの生産について説明します。
みかん畑の多くは、水はけがよく、太陽がまんべんなく当たる急傾斜地にあるため、作業は機械化することができず人の手に頼らざるをえません。収穫のピークは11月から12月。旬を過ぎると品質が落ちるうえ、別の産地の出荷も重なることなどから、価格にも影響します。限られた期間に多くの人手をかけてとりきらなければならない。みかんの収穫は、まさに「短期決戦」なのです。
このため、産地を管轄するJAは毎年、北海道から沖縄まで全国からアルバイトを募ってきました。その数、ひとシーズンに延べ2万人以上。治京さんも、「若くてよく動いてくれる。毎年来ていて畑の状況も知っているので、とても助かっている」と、アルバイトの存在の大きさを強調します。

しかし、JAはことし、新型コロナウイルスの感染リスクを考慮し、県外からのアルバイトの募集を中止。平成6年に県外から集める事業を開始してから初めての事態です。


このため農家は自力でアルバイトを探さなければなりません。幸い、治京さんは、過去に来てくれた3人に連絡を取り、ことしも来てもらう約束を取り付けました。
治京さんのように、いわば「リピーター」を持ち、例年通り、人手を確保できたという農家がいる一方、「コロナが理由でことしは行けない」とアルバイト経験者から告げられた人や、「コロナなのにこちらから来てくれとは頼めない」と要請を自粛する農家もいました。

官民一体で人材確保に奔走

初めて直面する危機に、愛媛県のかんきつの関係者が立ち上がりました。県外に頼らず、県内で人手を確保しようというのです。
【1】 至れり尽くせりの好条件で募集

まず、JAと人材派遣会社が連携し、県内で延べ2000人を超えるアルバイトの募集を始めました。県や市の補助も活用し、松山市から70キロ以上ある産地まで無料の送迎バスを走らせ、宿泊先も確保します。

松山市からフェリーで1時間の島、中島では、広い古民家や空き家に1人で自由に住めることを売りにしました。もちろん光熱費や水道代も無料です。地元の学生など若い世代をターゲットにした戦略です。
【2】有償ボランティアの拡充

手伝いに行きたくても会社が副業を禁止しているので手をあげられない。そんな人向けには有償ボランティアの仕組みがあります。例えば1日7時間半、作業した人には地元の飲食店などで使える5000円分のクーポン券が配布されます。この仕掛けを考えたのは、松山市で結婚相談所を運営する企業。マッチングのノウハウを生かして、ことしは去年の3倍の、延べ1800人の確保を目指しています。
【3】別の作物の農家も協力

若手の農業者からうれしい申し出もありました。みかんの収穫がピークになる11月から12月は実はコメや野菜などの農家にとっては「農閑期」です。500人余りの会員がいる県内の若手農業者の団体がもぎ手として協力することを決めました。
寺尾会長
「困っている地域の方に同じ愛媛県の農業者の仲間として何かサポートできることはないかということで決めた。受け入れ先から『心強い人数が来てくれた』と思ってもらえるような形で派遣していきたい」

全国の産地でも同様の事態が

労働力確保へ、支援の輪が広がる一方、関係者の中には、これまでは県外アルバイトに頼りすぎていたと反省を口にする人もいます。八幡浜市などを管轄するJAにしうわ農業振興部の菊池文雄部長に話を聞きました。
菊池部長
「県外のアルバイトに偏重することはリスクになる。人に関するリスクは今まで考えたことがなく、コロナ禍でそれを痛感した。労働力不足は農業の構造的な問題で、すぐには変えられないが、近隣の地域で人材をシェアするような仕組みなど、これまでとは違うすべを探っていかなければならない」
新型コロナの影響で労働力が足りなくなるおそれが出ているのは愛媛県だけではありません。キャベツが特産の群馬県や、さくらんぼの産地、山形県など全国の産地で同じような悩みを抱えています。
農業の現場での人手不足はかなり前から言われてきました。これまでは外国人実習生や短期アルバイト、現場の工夫で何とかしのいできましたが、人口減少と高齢化がさらに進むこれからの時代、状況はさらに厳しくなるでしょう。食料の安定的な確保は国の安全保障の観点からも重要になってきています。今回コロナがあぶり出した農業の課題について、もっと真剣に考えるべき時がきていると感じます。
映像センター 記者
田代 翔子
平成17年入局
宇都宮局、スポーツニュース部を経て、松山局ではみかんやアコヤガイなど1次産業を取材
ことし9月から現職