捨てられるぶどう~世界のワイン業界に何が?

捨てられるぶどう~世界のワイン業界に何が?
新型コロナウイルスの感染拡大で、世界各地で飲食店の閉鎖が相次ぎ、結婚式などのお祝いごとの機会も大幅に減りました。今、この影響がワイン業界を襲っています。専門の調査会社IWSRは、ことしの世界の酒類の消費量は去年より12%減少し、今後4年間は回復しないとみています。需要の急激な減少に直面する生産者たちの間では、せっかく育てたぶどうを泣く泣く廃棄する動きまで出てきました。(ヨハネスブルク支局長 別府正一郎 ヨーロッパ総局記者 古山彰子)

収穫したてのぶどうが…

8月下旬、フランス北東部シャンパーニュ地方でぶどうの収穫が始まりました。

日本でも結婚式などのお祝いの場を中心になじみのあるシャンパンは、ここシャンパーニュ地方で生産された発泡ワインのみが名乗ることができます。

ことしは雨が少なく晴れた日が多かったことで、ぶどうは豊作。しかしよく見ると、収穫したあと、一部の房は地面に捨てられていました。
シャンパンの年間の売り上げは世界でおよそ3億本。しかし、コロナ禍で、ことし上半期の売り上げはおよそ7000万本。前年の70%にとどまっています。

生産者の団体によると、市場の在庫が過剰になるのを避けるため、ぶどうとワイン、それぞれの生産者が議論し、収穫量を抑えているというのです。

シャンパン用のぶどうは皮が厚く酸味が強いため食べるのには適さず、ことしは実をつけたぶどうの3分の1が廃棄を余儀なくされました。
バリレール会長
「在庫の維持には資金が必要になりますが、銀行から融資を受ければ、そのプレッシャーによって商品の値段を見直し、安く売るということになりかねません。ことしは7000万本から1億本、金額にして12億ユーロ(約1400億円)から17億ユーロ(約2000億円)相当の損失を覚悟しています」
ルマイユ報道官
「コロナ危機はシャンパンの歴史において最悪の事態です。近い将来終息することを願っていますが、今後数年間は厳しい状況になると覚悟しています」

厳しい競争 追い打ちをかけたコロナ禍

確立されたブランドイメージで知られるシャンパンですが、実はコロナ禍の以前から厳しい競争下にありました。

比較的安価なイタリア産の発泡ワイン「プロセッコ」などの人気が高まってきたためです。2014年には、ヨーロッパ最大のシャンパン市場であるイギリスで、シャンパンの売り上げがプロセッコに抜かれました。
専門家は、シャンパン業界は新たな販路を見いだす必要があると指摘します。
ガロ校長
「歴史的にシャンパンを飲む機会とされてきたお祝いごとなどは、この数か月大幅に減り、当面は回復が見込めないでしょう。だからこそ、余力のある生産者は今、シャンパンに関する情報を改めて発信し、シャンパンのステータスを維持しつつ、結婚式などに限定することなく飲む機会を広げようと試みています」

新たな販路拡大を

ひいおじいさんの代から139年続くワイナリーを継ぐ、エレーヌ・ブロシェさん。年間10万本ほどのシャンパンを生産していますが、外出制限が始まったことし3月には売り上げは9割落ち込みました。

6月以降は回復傾向にありますが、去年は日本向けにもあった輸出が、ことしはゼロ。今、足元の需要を掘り起こそうと、国内や近隣の国からの観光客の呼び込みに力を入れています。
歴史あるワイナリーを案内したあと、数種類のシャンパンを飲み比べてもらい、味わいの違いを丁寧に説明。取材した日には、ゴルフのついでに立ち寄ったベルギーからの客が24本まとめて購入していました。
新型コロナを受け、フランス政府は売り切れないワインをアルコールジェルなどにするため、ワイン業界に大規模な資金援助を行っていますが、9月現在、シャンパン業界を対象とした支援はありません。

ブロシェさんは不安を抱えながらも、まずは身近な場所から販路を拡大していけるよう開拓を進めています。
ブロシェさん
「新型ウイルスが今後どうなるか、政府が今後どう対応するかなど、将来的にも非常に不安定で、不透明なことが山積みです。でも決してあきらめません」

“新世界”の生産国でも厳しい影響

影響は、ヨーロッパ以外の「ニューワールド(新世界)」と呼ばれる生産国にも及んでいます。
このうち南アフリカは、ワインの生産量が世界9位。100か国以上に輸出されています。

“新世界”と言ってもワイン生産の歴史は古く、入植してきたオランダ人によって17世紀中旬に始まりました。

一大産地となっているのが、アフリカ大陸のほぼ最南端、ケープタウンの近郊です。ぶどう畑が広がる田園地帯には多くのワイナリーがあり、テイスティングを目当てに国内外から観光客が訪れます。
しかし、新型コロナウイルス対策として3月下旬から外出制限や国境封鎖といったロックダウンが始まると、外国人観光客はゼロになりました。

また、南アフリカでは飲酒をきっかけとする暴力事件がかねてから社会問題になっていて、政府は医療機関への負担を減らす必要があるとして、一時期アルコールの販売を禁止しました。さらに、ワインの輸出についても一時禁止に。こうしたことからワイナリーの売り上げは激減しました。
中規模ワイナリーの責任者のベルナルド・レルーさんは、ワインを売ることができず、運転資金が入ってこなくなったこともあって、一時期はワインの瓶詰めや出荷を完全に中断せざるをえませんでした。

その頃を振り返って「いつまで販売禁止などが続くのか、先行きが見えない中、とても不安になった」と話します。

ワイナリーの廃業も…

感染の広がりに歯止めがかかったとして、8月中旬になってようやく輸出も販売もできるようになり、レルーさんのワイナリーでも落ち込みを取り戻したいと意気込んでいます。

しかし、ケープタウンでもワインの得意先だった飲食店の閉店が相次いでいます。
10月以降、国際便も再開が予定されていますが、外国人観光客の数が直ちに回復する見込みはありません。

業界団体はロックダウンのもとでワイン産業の売り上げは30%前後落ち込んだと試算していて、およそ530あるワイナリーのうち、今後80ほどが廃業に追い込まれるおそれがあるとみています。
ケイロウさん
「ワインは南アフリカの国民生活に欠かせず、国を代表する輸出品の1つとして国の経済に大きく貢献している重要な産業です。しかも、深刻な影響が広がるのはむしろこれからです。南アフリカのワインを飲んで応援してほしいと思っています」

2万人が職を失ったか

ワイン産業の苦境はそこで働く人たちの雇用も直撃しています。ワイン産業で働くおよそ30万人のうち、すでに2万人以上が失職したとみられています。
エスーヘレ・ムカチャネさん(26)は、ワイナリーを訪れる観光客向けの宿泊施設で事務の仕事をしていましたが、ロックダウンが始まった3月、3年勤めた職を解雇され、月に4万円余りの収入が途絶えました。

シングルマザーとして生後11か月の娘を抱え、必死に仕事を探していますが、見つかっていません。
ムカチャネさん
「娘を養うため清掃員の仕事にも申し込みましたが、採用されませんでした。解雇されたあと、仕事を見つけることがこれほど大変だとは思いませんでした」

苦境の中 続く模索

フランスや南アフリカなど、その国の文化として国民から深く愛されるワイン。輸出品として世界中の愛飲家も魅了しています。

しかし、新型コロナウイルスの影響は、人々の健康に加えて、そうした伝統の産業とそこで働く人たちに大きな打撃を与えています。

業界ではオンラインでの販売を含め「今できる努力」に力を入れていますが、感染の終息も見えない中で落ち込みを回復させるのは簡単ではなく、苦境を脱するための模索が続いています。
ヨハネスブルク支局長
別府 正一郎
平成6年入局。カイロ、NY、ドバイ駐在を経て、現在はアフリカを取材。
ヨーロッパ総局記者
古山 彰子
平成23年入局。広島局、国際部を経て、現在はフランスを中心に取材。