直木賞作家・馳星周「中年になったから書けた」

直木賞作家・馳星周「中年になったから書けた」
「年をとるって、悪くない」
そう話すのは、作家の馳星周さん。1996年のデビュー作『不夜城』以来、都会を舞台に悪事や犯罪、暴力に手を染める人々を描く「ノワール小説=暗黒小説」を数多く発表してきました。“ノワールの旗手”とまで呼ばれた馳さんの新作がことし7月、直木賞に選ばれました。新たなノワール?と思いきや、それは意外な内容でした。
年をとらないと書けない作品だと話す馳さん。何が馳さんを動かし、作風に影響したのか。年齢を重ねるにつれ変化するベストセラー作家の作品と胸の内に迫りました。
(札幌放送局記者 福田陽平)

暗黒小説が得意作“ノワールの旗手”

「うれしい。うれしいけど、もう四捨五入したら、60歳だしね。たぶん20年間小説家をやってきたことのご苦労さんという意味もあると思う」
ことし7月15日。直木賞に選ばれたときの、馳さんの発言です。
作家の馳星周さん(55)。代表作は1996年、31歳のときに出したデビュー作『不夜城』です。新宿・歌舞伎町を舞台に、血で血を洗うマフィアの争いを描いた作品で、映画化もされるベストセラーとなりました。
都会を舞台に悪事や犯罪に手を染める人々を描く小説を「ノワール小説=暗黒小説」と呼びますが、馳さんはこのジャンルで次々とベストセラーを発表、“ノワールの旗手”と言われるほどになりました。

「こだわりを捨てたんだ」

ところが、直木賞を受賞した新作『少年と犬』はこれまでの馳さんのイメージと異なる内容でした。
東日本大震災で飼い主を失った1匹の犬が主人公で、孤独な老人や冷え切った夫婦、そして心に傷を負った少年など、逃げ場のない厳しい状況に置かれた人たちが犬との交流を通して心が救われていく感動作だったのです。

馳さんに何が起きたのか。
地元の北海道・浦河町でインタビューに応じてくれた馳さんにそんな疑問をぶつけてみると、「こだわりを捨てたんだ」と話してくれました。
「もう肩肘張ってノワール、ノワールって言わなくてもいいんじゃないかと。その時書きたいものを書きたいように書けばいいんじゃないかって思えるようになったんですね」

年をとって変わった「死」

なぜ「ノワール」へのこだわりを捨てるのか。話をどんどん聞いていくと、年をとって「死ぬこと」を自分事としてより強く意識するようになった馳さんがいました。
「年をとってくると多分いろんなことが変わってくる。例えばもう30代の時なんか、自分が死ぬなんてことは考えてもないでしょ。でも50過ぎると、あと10年か20年しか生きられないんだろうなとか。そういうことも現実になってくるから、いろいろなことが変わってくるよ。それを肯定的に受け止められるかどうか」
若いころ、都会に強く憧れた馳さん。大学進学を機に上京し、新宿の夜の繁華街で働き始めました。

酒におぼれる人、喧嘩に明け暮れる人を毎日のように目にした経験は作品にも反映され、「死ぬこととは救いのないことだ」と描いてきました。

「死は救いがないと認めることが、逆に救いになる。若いころの自分はそう求めていた」と振り返ります。
その「死」の捉え方が、年とともに変わり始めました。11年連れ添った愛犬の最期を看取ったことが、「救いのない死」だけではないことを気づかせてくれたのです。
「最後はガンだったんで、最後の日、ものすごい痛がって苦しがって見ているのが辛くて、お医者さんに電話して、ちょっと安楽死させてやってくれって、あまりにも苦しそうだからって。でもお医者さんが来る前に僕の腕の中で息を引き取ったんです。安楽死させたっていう罪悪感を俺に持たせないために逝ってくれたんだなと思いました、本当に。犬との別れは辛いですよ。本当に胸を引き裂かれるような辛さですけど、それ以前に10何年間、すごく幸せだった10何年というのがあるんですよね。犬は寿命が短いんでそうかもしれないけど、人間だって必ず死んで別れるんですよ。誰とだって。だったらその必ず来る別れを嘆き悲しむよりも、その幸せな10年間を取りたい」
「救いのない死」もあるけれど、「救いのある死」もある。大事なのは「死ぬ」その日まで、人生をどう生きるかだ。

馳さんは「少年と犬」で、愛犬が自身にもたらした変化の大きさを、主人公の1人に語らせています。
『(犬は)人という愚かな種のために、神様だか仏様だかが遣わしてくれた生き物なのだ』

変わるふるさとへの思い

必ず終わりがある人生、愛犬とともに、心豊かに過ごしたい。「生き方」の変化が馳さんのふるさとへの思いも変えました。

30年以上、ほとんど戻らなかった北海道浦河町に、去年から夏の間、過ごすようになったのです。
「変わるんだよね、人は、人生もどう転ぶかわからない。僕も3年前までは、こんな風に夏、浦河で過ごすようになるなんてこれっぽちも考えていなかった。年を取るのは悪いことじゃないよなって思っていますよね。30代の馳星周でデビューしてすごい売れててブイブイ言わせていた頃よりも、今の俺の方が好きだもん」

年をとるからこそ、言えること

インタビューで馳さんは、もうひとつ、自身の変化を語ってくれました。

きっかけはふるさとでの生活と、新型コロナウイルスです。若い頃から強く憧れ、描き続けてきた都会。それを中心とした現代社会に「限界」を感じるようになったといいます。
「今は本当にすべてが過剰で、食べるものも消費も何もかも過剰で、そんなに食わなくったって死なないだろうっていうのに食う。そんなにスマホをみてなくても死なないだろうというのに見るとかね。なんでも過剰な世の中になっていると思うんだけど、このままだと環境破壊も含めていつか破たんするだろうなと、多分みんな思っているんじゃ、心の内ではわかっているんじゃないかなと思うんです。それを今、新型コロナでいろんなことがストップしたときに問われているんじゃないかなと思いますね。本当にいまのままでいいのかと。だから今後は新型コロナ抜きの世界は描けない。それは僕に限らず、小説家は皆そういう枠にとらわれて仕事をしていかなきゃいけないと思います」
「年をとるからこそ、見える世界がある」。
最後に、これから年を重ねていく若者たちへのアドバイスをお願いしました。
「作家である自分と個人の自分というのは切り離せない。だから、その時の自分がどう生きているかということが、作品に如実に反映されると思う。“それを書いた時は、そういう俺だったよ”というだけの話。未来はどうなるかなんて分かんないから、自分でこうなるだろうと思ったことなんか簡単に覆るよ。だから、自分の可能性を狭めない方がいいよ、というぐらいのことは言いたいね」
馳さんが毎朝、楽しみにしているのが、愛犬との散歩です。笑顔でふれ合う姿は『少年と犬』の中で犬に心が救われてゆく登場人物たちと重なりました。

金髪でサングラスの“こわもて”から、柔和な愛犬家へ。時にはこだわりを捨てて自然に流されてみる。「年をとるって、悪くない」。そう思える取材でした。
札幌放送局記者 福田陽平
平成元年生まれ。
平成25年入局。
岡山局を経て札幌局。
アイヌを主人公にした川越宗一さんの「熱源」も直木賞受賞の時に取材。