そのハンコ ほんとに必要?

そのハンコ ほんとに必要?
「ハンコをやめろ」。
新内閣の河野行政改革担当大臣が打ち出したメッセージがネット上で反響を呼んでいます。日本社会に根づいた「ハンコ文化」は変わるのか。みなさんの会社や組織ではどうでしょうか?国の狙いや背景を取材しました。
(ネットワーク報道部記者/目見田健・小倉真依)

押印廃止令?

「正当な理由がない行政手続きについては『ハンコをやめろ』ということを押し通そうと思う」。
デジタル化を集中的に進める方針を打ち出した新内閣の閣僚、河野行政改革担当大臣は9月25日の記者会見で、こう言い放ちました。

すべての中央省庁に行政手続きでの押印の必要性を検討し、可能な限り不要とするよう求めたのです。

ネット上では、印鑑の必要性や日本の「ハンコ文化」をめぐって、さまざまな議論を呼んでいます。
「仕事にムダな印鑑はたくさんあります。ムダは早くなくなればいいと思います」

「ずっと違和感を持っていました。本当にその印鑑は必要なんだろうか」

「ハンコが悪い訳じゃない。申請から承認まで時間がかかるから問題になる。今の印鑑から電子印鑑に変えても仕事の仕組みを変えない限り何も変わりません」

「印鑑の使用を無くすのは、伝統・文化の破壊につながるのではないかと危惧しております」
こんな皮肉めいた投稿も。
「上司の機嫌の良いタイミングを見計らって出張申請のハンコをもらったり、半日かけて縦社会組織のスタンプラリーを完成させたりする古き良き日本文化の火を絶やしてはいけない」

“メリットしかない”

コロナ禍でリモートワークが広がる中、その“障害”になっていると指摘された「ハンコ文化」。民間ではすでに動き出している企業もあります。
「決めました。印鑑を廃止します」。
ことし4月、東京・渋谷のIT企業「GMOインターネット」の代表はツイッターで、こう宣言しました。

新型コロナウイルスの影響で、この会社では約4800人の国内の社員全員が、原則週に1~3日程度、在宅勤務を行っています。
会社の担当者は、印鑑廃止の背景を次のように話してくれました。
「社員が在宅勤務となる中、ハンコを押すためだけに出社することがあり業務に悪影響を与えていることがわかったのです」
会社ではハンコの代わりに電子決裁を社外取引で導入しました。
担当者は「会社の決裁の流れを整理する必要があって導入するまでのハードルはありますが、導入してしまえばメリットしかありません」と話しています。

「ハンコ決済」をもらうためだけに通勤する必要がなくなったほか、上司が出張などでの不在時に発生していた「ハンコ待ち」も解消され、業務の効率化、ペーパーレス化にもつながっているということです。

“印鑑廃止 広がれば”

一方で、課題も。
GMOインターネット担当者
「こちらが電子契約のシステムを導入していても取引の相手先にそのシステムがなかったり、『紙じゃないとだめ』と言われると仕事が進みません。また、印鑑が必要な行政手続きがあれば、結局、押印のために出社しないといけなくなるので効率化のネックになってしまいます。取引先企業や行政の理解が必要で、世論の高まりを背景に印鑑廃止の流れが広がればと思います」

国はどう動くか?

“押印廃止令”とも言えるメッセージを打ち出した河野大臣発言の背景や狙いについて、内閣府の担当者に話を聞きました。
「新型コロナウイルスの影響が大きいです。企業でテレワークが推進される中、行政機関に提出する書類に押印する必要があるために、あるいは、役所の窓口に出向く必要があるため、テレワークができないといった声が経済団体から寄せられていたのです」
例えば行政機関に提出する就労証明書や給与支払い証明書などには、会社のハンコを押す必要があるということで、経済団体は国に抜本的な見直しを求めたのです。

押印必要な行政手続き 11000種類!

内閣府によると、押印が必要な行政手続きは、約1万1000種類にものぼり、法令で押印を求める手続きも少なくありません。

内閣府は年間の利用が1万件を超える登記や確定申告などの手続きについて、押印を廃止するか存続するかを検討し、廃止できない理由も含めて9月中に回答するようすべての中央省庁に求めています。
内閣府の担当者
「どうしても押印が必要な手続き以外は、速やかに廃止されるよう取り組んでいきたい」

ハンコ文化は不滅?

「河野大臣の発言には衝撃を受けていて業界は騒然としています」。
こう語るのは、ハンコの販売店などでつくる業界団体、「全日本印章業協会」の福島恵一副会長です。福島さんは政府の動きを冷ややかに見ています。
「そもそも、書類にハンコを押すという制度・流れは行政が作ったものでしょう。何でこう振り回されないといけないのか、という思いもあります」
協会によると、昔ながらの“町のハンコ屋さん”は高齢化や後継者不足などで毎年、全国で30店前後が廃業しているということです。さらに、コロナ禍が経営難に拍車をかけているといいます。

一方、福島さんは、長い歴史を持つ日本の「ハンコ文化」は書類に一種のお墨付きや重みを与える存在になっていて、押印を必要とする書類が絶えることはないと考えています。
「例えば、賞状や卒業証書に押印がなければ『これ本物?』と考えてしまうと思います。また婚姻届や金銭の絡む契約もデジタル決済のシステムに不正が生まれる余地が完全になくならない限り印鑑は必要とされると思います。必要に応じて自然に生まれて根づいたのが日本の『ハンコ文化』です。その文化が次第に必要とされなくなっていくとすれば、悲しさもありますね」
冒頭で紹介した河野大臣も、みずからのツイッターで次のように投稿しています。

「行政の手続きにハンコをやめようと言っているのであって、ハンコ文化は好きです」。

目的は業務効率化

専門家は、「ハンコ文化」の存廃は本質的な議論ではないと指摘します。

情報社会学が専門で、行政のデジタル化の動きに詳しい武蔵大学の庄司昌彦教授に話を聞きました。
「行政の手続き以外にも、申請書、見積書、報告書などハンコを押す文化は日常に根づいている。デジタル化がなかなか進んでこなかったが、新型コロナウイルスの影響で人に会うことや出勤がリスクになったことで、ハンコを押す行動を変えるきっかけになるのではないか」
その上で庄司教授は、本質論は印鑑の手続きそのものではなく、効率的な業務運営を妨げる慣例や風習を見直すことだと指摘します。
「押印してもらうために出勤しなくてはいけないとか、上司を待たなくてはいけないなど、実際に不便が生じたり負荷がかかったりしている。ハンコ自体をなくすことが目的ではなく、本当にハンコを押す手続きが必要なのか、メール上で手続きできないのか、そうした業務の見直しをしていくことこそが大切だと思います」