話題の万博ロゴマーク~作者が語る“進化の過程”

話題の万博ロゴマーク~作者が語る“進化の過程”
8月下旬に決定した「大阪・関西万博」(2025年開催)の公式ロゴマーク。奇抜なデザインが印象に残ったという人も多いのではないでしょうか。ネットなどで賛否両論、大きな話題となりましたが、このデザインはどのようにして生まれたのか、作者本人に尋ねてみると、そこにはパンチある作品を目指した“進化の過程”がありました。
(大阪放送局記者 甲木智和)

目指すは「なんじゃこりゃ!」

「まだ信じられない感じです。メールやLINEのメッセージの数が異常に多くて、すごいことになってしまったなと。近所の皆さんから『やったね』というお声をいただいて、じわじわと実感が湧いてきています。責任重大とも感じます」
ロゴマークを手がけた大阪にあるデザイン事務所の代表、シマダ タモツさん(55)です。

ロゴマークは、事務所のメンバー6人で作り上げたそうです。目を引くデザインの背景にどんな思いがあるのか、率直に尋ねてみました。
「オリジナリティーであったり、インパクトであったり。岡本太郎さんみたいなパンチのあるものを本当に表現したいなっていうのが最初にありました」
大阪生まれ・大阪育ちのシマダさんが大きな影響を受けたのが、芸術家の故 岡本太郎さんです。特に、半世紀前の昭和45年(1970年)に開かれた前回の大阪万博の象徴、「太陽の塔」に衝撃を受けたそうです。シマダさんは当時5歳でした。
「人混みの間に、にょきっと真ん中の顔がどーんと出てて、『なんじゃこりゃ!』と。もう『なんじゃこれ!』しか言いようがない。
その当時はたぶん岡本太郎さんとも知らずだったと思うんですけれども、相当なインパクトがありましたね」
シマダさんは学生のころ「自分と誕生日が同じ有名人」を調べ、岡本太郎さんと一緒であることを知りました。

18歳でデザインの道に進んでからはずっと岡本太郎さんの存在を意識しながら、個性を重視した作品を手がけてきたといいます。

シマダさんがふだん作業をする机の上にも、しっかりと「太陽の塔」の模型が飾ってありました。

試行錯誤の“進化の過程”

では、あの印象的なロゴマークはどのように誕生したのでしょうか。

今回の取材で、その試行錯誤の過程を見せてもらうことができました。出発点はこちらです。
黒い球体が連なって、1つの円を描いています。「人のつながり」を意識したそうです。

シマダさんは「落書き程度のもの」と話し、整然とした印象もありますが、この時点ですでに、「最終形は左右対称にしない」などのイメージができていたそうです。

ちなみに、勘が働く関西の人からは「JRの大阪環状線をイメージしたのでは」という指摘もありましたが、黒い球体の数は11、駅の数は19で、環状線を意識したものではないそうです。
その後、「個性」や「躍動感」を表現しようと、球体をバラバラにして形や大きさを変えていきます。
今度の万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。「いのち」という言葉からそれを形づくる「細胞」というキーワードにたどりつきました。

目のように見える部分は、1つひとつの細胞の「核」を表しています。「いきもの」の存在感を強調しようと、すべてに配置しました。
「動くようなもの、生きている感、『いのち感』を出したかったんです」
このあと、大阪府の形を意識して…
再び円形に。
さまざまな色の組み合わせを試してみます。
でも、シマダさん、このころちょっと悩んでいたそうです。
「さすがにちょっと僕自身も気持ち悪いなっていうのがあって(笑)。その核をどのようにそぎ落としていくかに一番悩みました。じゃ、核の数をいくつにするか、そこにも意味を持たせたいと考えていました」
ヒントをくれたのは、半世紀前の大阪万博のシンボルマークでした。

5つの大きな模様が桜の花びらのようにあしらわれています。シマダさんは通じる部分があると感じ、核の数を5つに絞ることを決めました。
「当時の万博はすごい活気もありましたし。その当時の思いというか、DNAみたいなところをどこかで引き継いでやっていけたらいいかなっていうのはありました」
そしてできたのが、この完成形です。

反応を楽しむ

このロゴマークが選ばれると、「気持ち悪い」「なんでこれ選んだんだ」「普通にかわいいと思う」などなど、賛否両論がわき起こりました。

さらに、「○○に似ている」「○○を思い出す」と、いろんな人が気づいたことをSNSに投稿するいわば“大喜利”状態になり、波紋がどんどん広がりました。

当のシマダさん、こうした反応を楽しんでいるそうです。
「ありがたいですね。『賛』も『否』も楽しませてもらっているというか、そんなもんがあったんやってこっちが逆に気づかされます。それぞれのカテゴリー、たとえばアニメ好きならアニメ好きならではの、ロゴマークに似ているものが出てくるというのがおもしろくて。本当に感心しています」
やがてシマダさんは、自分から積極的に受け止めを探るようになりました。
「タクシーに乗るときは、運転手さんに『あのマークに決まりましたね』ってうまく話を持っていくんですよ。すると『ああ、あのなんかもう虫みたいなやっちゃろ?』とか返ってきて。その意見がすごいおもしろいんですよ。『そうですよね、よくわかりませんよね』とか言いながら、正体は明かさず、ちょっと1人で楽しんでいます」

5年後を元気のきっかけに

シマダさんは今55歳。万博を迎えるころには60歳になります。前回の大阪万博を体感し、記憶している最も若い世代といえるかもしれません。

人生で2度目となる大阪での万博。シマダさんは、みんなを元気づけるきっかけにしたいと考えています。
「万博の開催が決まって年齢を計算したら『うわー、60歳やんけ』っていうのも自分の中であったんですよ。でも、このタイミングで大阪で万博があることの興奮というか、本当にできてうれしいなと。ロゴマークが『大阪ここにあり!』みたいな、みんなを活気づけるための起爆剤として、どんどん広がっていけばおもろいんちゃうかなと思います」
大阪・関西万博に向けては万博担当大臣も新たに設けられ、これからさまざまな動きが活発化すると見られます。

ロゴマークに込められたうごめく生命の力を借りながら、次の50年後にも影響を与えられるパンチある万博が実現するよう期待したいと思います。