「この先何年かかっても」息子捜し続ける父 御嶽山噴火から6年

「この先何年かかっても」息子捜し続ける父 御嶽山噴火から6年
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死者・行方不明者63人を出した御嶽山の噴火から27日で6年です。ことしは長野県内の2つの山頂に登れるようになりましたが、多くの人が犠牲になった山頂付近の登山道はいまも規制が続いています。その規制エリアに先月、行方不明となっている男性の父親が特別な許可を得て入りました。

突然 息子が行方不明に

長野と岐阜の県境にある御嶽山では6年前の平成26年9月27日に突然噴火が発生しました。

紅葉シーズン中の土曜日の昼どきだったため、山頂付近には大勢の登山客がいて、58人が死亡、いまも5人の行方がわからないままです。
噴火で息子が行方不明になった愛知県刈谷市の野村敏明さんは当時19歳の大学生だった息子、亮太さんの帰りを待ちわびています。
幼いころから運動が好きでサッカーに打ち込んでいた亮太さん。

高校ではサッカー部のキャプテンも務めました。

野村さんにとっても、亮太さんとテニスをしたり富士山に登ったりするなど一緒に体を動かしたことが大切な思い出で「まじめで優しくて責任感が強い子でした。噴火当日に家を出る前『山なめちゃいかんよ』と声をかけたのが最後でした」と振り返ります。

“息子が不明”の登山道で捜したい

噴火当時、亮太さんは長野県にある王滝村側と木曽町側の2つの山頂をつなぐ「八丁ダルミ」と呼ばれる登山道を歩いていました。

そこで写真を撮ってもらったあと噴煙に巻き込まれ姿が見えなくなったといいます。
「八丁ダルミ」ではこれまでにリュックやストック、それにスマートフォンなど亮太さんの持ち物が次々と見つかっています。

いまも立ち入り規制が続いていますが、野村さんは、その登山道でみずから亮太さんを捜したいと考え続けてきました。

そして、噴火後初めて王滝村側の山頂の立ち入り規制が解除されたことし、野村さんは山頂の先にある「八丁ダルミ」での捜索を村に要望し、特別に許可がおりたのです。

初の「八丁ダルミ」へ 野村さん「最も近づけた時間だった」

先月7日から2日間の日程で亮太さんのおじで当時一緒に登っていた正則さんと御嶽山を訪れ「八丁ダルミ」を目指して登山を始めました。

しかし、いずれも天候に恵まれず捜索は中止と判断。

野村さんは「八丁ダルミ」に向かって亮太さんに再び捜索に行くことを約束しました。

そして朝から青空が広がった先月29日、山頂を訪れた野村さんたちはついに「八丁ダルミ」に足を踏み入れることができたのです。

およそ4時間の捜索で新たな手がかりを見つけることはできませんでしたが、亮太さんの写真が撮られた場所に花を供えたほか、持ち物が見つかった場所をたどって足取りを確認することもできました。

野村さんは「そこに亮太がいたことを改めて実感できた」と話し、この6年間で最も亮太さんに近づくことができた時間になりました。

「何年かかっても諦めたくない」

「もう1回出直して捜索に来るよ」と、亮太さんに語りかけたという野村さん。

「この先何年かかっても見つかるまで諦めたくないです」と思いを強くしていました。

野村さんは、今後、より広い範囲を捜索できるようふもとの町や村に要望を続けていくことにしています。