「我慢、我慢、そして我慢」ニューヨーク ロックダウンの代償

「我慢、我慢、そして我慢」ニューヨーク ロックダウンの代償
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この動画は、ニューヨークの「かつての姿」と、今を比べられるよう作ってみました。途中にある写真は、ことし3月以降の“ロックダウン”下のニューヨークで筆者が撮ったものです(メディアは通勤などの外出は認められていました)。
新型コロナウイルスの感染拡大が、世界で最も深刻なアメリカ。中でも、当時いちばんひどかったのがニューヨークです。3月22日から、住民に原則自宅での待機を求めるなど、3か月近くにわたってほぼすべての経済活動を強制的に停止し、その後の感染爆発を何とか食い止めました。しかし、ロックダウンから半年がたち、周りを見れば、その代償がとても大きいことに気付きます。(アメリカ総局記者 野口修司)

『我慢、我慢、そして我慢』

本来であれば「国連総会ウイーク」で各国首脳が集まり、街には警備も含めて人があふれる9月後半のニューヨークですが、ことしは閑散としています。

ロックダウンのさなかに比べると人は戻ってきましたが、それでも筆者の感覚では「半分くらい」。車の数も、まだまだです。

セントラルパークのすぐ南に、世界的に有名なカーネギーホールがあります。1891年創設のこの音楽堂の前をよく通るのですが、ある日、ポスターが目にとまりました。そこには、赤く大きな字で、同じ単語が3つ書いてあります。
『Patience Patience Patience(我慢、我慢、そして我慢)』と。

ロックダウンによって、ニューヨークから観光客は消えました。ブロードウェイには、ミュージカル劇場が40ほどあるのですが、すべて、ことしいっぱいの公演休止が決まっています。

カーネギーホールもそう。天井の高い、美しいホールで、さすがの音響を楽しむには、当面、辛抱が必要だ、という訳です。

ご存じの方もいるかもしれませんが、この呼びかけは、カーネギーホールにまつわる、こんな「小ばなし(ジョーク)」が下敷きになっています。
ある日、ホールのすぐ近くで、バイオリニスト(ピアニストとも)が声をかけられます。声をかけた人は、『How do you get to Carnegie Hall?』と、ホールまでの道を尋ねたのですが、バイオリニストは真顔でこう答えます。

『Practice Practice Practice(練習、練習、練習です)』

バイオリニストは、道順ではなく、「どうしたら、あの舞台に立てるのか」と聞かれたと思ったというのです。

足取り鈍いニューヨーク経済

全米の8月の失業率は、8.4%でした。

それに比べてニューヨーク州は12.5%、ニューヨーク市にいたっては16%と、かなりの高止まりです。州全体で、120万人近い人が職を失っている状況です。

なぜもこう、ニューヨークの景気回復は足取りが鈍いのか。それは、言ってみれば「トラウマ」です。
3月22日のロックダウンの直後も感染者数は増え続けました。1日の死者の数は、ピークの4月9日で799人。2分足らずに1人が亡くなる計算です。筆者の自宅近くにある病院にも救急車が頻繁に出入りし、駐車場には遺体を一時的に安置するコンテナも運び込まれていました。

自由で気ままとも言われるニューヨーカーたちは、今も、ほぼ100%マスクをしています。それは間違いなく、命の危機を感じた、あの3~5月の経験からです。
さらに、経済活動の再開を始めようとした6月以降、ニューヨーク以外の南部や西部の州で感染が再拡大しました。

このため、再びロックダウンという措置にならないためにも、経済活動の再開の段階を「先に進められない」という状況が、事実上、ここ3か月続いているのです。

苦しむミュージシャンたち

ニューヨークと言えば、文化・芸術は、金融と並ぶ主要産業と言っていいと思います。世界に“最先端”を発信し続けてきたこの分野でも、今、仕事を失う事態に直面する人が多くいます。
今回取材した、トランペッターのベニー・ベナックさん(29歳)は、ニューヨークを拠点に活動するプロのミュージシャンです。

祖父の代からトランペットを操り、コロナ禍以前には、ほぼ毎日、ライブハウスで演奏していました。その予定が突然、すべてキャンセルされたのが、2月の半ば。中国・上海公演も控えていたそうですが、中止に。

バンド仲間たちと励まし合ったのは、
「今はしかたがない。稼ぎ時の夏まで、なんとか食いつなごう」

しかし、事態は長期化し、経済活動の再開が始まっても、文化・芸術分野は解禁されません。失業保険を申請し、手持ちのトランペットも2つ売ったそうです。
ベニー・ベナックさん
「生活していくためには、しかたなかったよ」

復活を信じて

ニューヨークを出て行く仲間もいた中で、ベナックさんは、残った仲間たちと、8月からコーヒーショップなどの店先で野外ライブを始めるようになりました。

集まった人たちからのチップと、店からのささやかなお礼と、決して大きな収入になるわけではありませんが、「ライブの新しい形」を探しながら続けたいと言います。
ベニー・ベナックさん
「仲間と話をすると、『この冬はどうなっているだろうか』とか、来年の心配をしたりとか、暗い話になることもあるんだ。正直、1日1日、必死に生きているからね。でも、ジャズハウスのライブのようにいかないけど、工夫しながらやっていかないと。なんと言っても演奏するのは楽しいし、長い目で見れば、ここニューヨークは必ず復活するからね」
ベナックさん、毎年夏には日本でも公演していたそうです。日本のファンにも会いたいなぁ、と話していました。

「両立」の難しさ

「経済活動の再開」と「感染拡大の抑止」の両立が、どれだけ難しいか、ニューヨークを見ていると、日々実感します。そして、何より感染抑止を優先させてきたニューヨークにとっての、代償の大きさも。
クオモ州知事は、レストランの屋内での営業を、受け入れ可能な客数の「25%分」に限って9月30日から許可すると表明し、ようやく次の一歩を踏み出そうとしています。

一方で、公立学校の対面授業は再開予定が何度も延期され、毎年、世界から100万人が集まる、恒例のタイムズスクエアでの年越しカウントダウンも、「バーチャル開催」が発表されました。

もう5か月近く前になりますが、コロナ禍のさなかの決算発表で、ボーイングのマレンバーグCEOが、航空事業について、こう話していました。
「2019年の水準に戻るまで2~3年。そこから再び成長するには、さらに数年かかるのではないか」

ロックダウンから半年がたつ今、改めて、そうした見立てを思い出します。

音楽を楽しめる日常はいつに

冒頭のカーネギーホール。筆者は、ロックダウン直前のことし3月初めに、有名なチェリストの演奏を聞きに行く機会に恵まれました。決して詳しくはないのですが、穏やかな、心地よい時間でした。

ニューヨーカーや世界からの観光客が、その時間を再び楽しめる日常はいつ来るのか。

「我慢、我慢、そして我慢」が必要な日々は、少し続くのかもしれません。
アメリカ総局記者
野口 修司
平成4年入局
政治部、経済部、ロンドン支局などをへて現職