無派閥でなぜ、総理になれたのか

無派閥でなぜ、総理になれたのか
第99代総理大臣に就任した菅義偉。
自民党で、無派閥の議員が総理・総裁に選ばれたのは、菅が事実上、初めてだ。
派閥政治を否定してきた菅を勝利に導いた背景には、「安倍一強」と呼ばれた政治情勢のもとで、なりを潜めていた派閥の存在があった。
(関口裕也、及川佑子、後藤匡)

はじまりは中国料理店

通常国会が閉会した6月17日。東京・港区の高級中国料理店に、官房長官の菅、自民党幹事長の二階俊博、幹事長代理の林幹雄、国会対策委員長の森山裕の4人が姿を見せた。
会合の目的は国会対応の慰労が主だったが、話題は「ポスト安倍」に及んだ。

食事が一段落したところで、二階が菅に水を向けた。
「安倍総理が4選するのが1番だが、仮に今の3期目で辞めることになった場合は、次は菅さん、あんたがやるべきだ」
この言葉に菅は返答せず、黙って聞いていたという。

「まんざらでもないのではないか」
二階はそう受け止めた。周辺は、二階がこの日をきっかけに、菅を「ポスト安倍」の有力候補として意識するようになったと指摘する。
それを裏付けるように、菅と二階はその後も頻繁に会合を重ねていく。少なくとも、6月、7月、8月と月に1回のペースで夜の会食をともにしている。ともに国会議員の秘書を務め、地方議員出身のたたき上げ。共通点の多い2人はかねてから親密な関係で知られていたが、その接近ぶりは永田町の住人に強く印象づけられるようになっていった。

辞任表明、そして二階が動く

そして8月28日。体調不安説がささやかれていた総理大臣の安倍晋三が、辞任を表明。歴代最長の安定政権が突如、終えんを迎え、自民党はおよそ8年ぶりとなる政局に突入した。

その日のうちに、政務調査会長の岸田文雄、元幹事長の石破茂が総裁選挙への立候補に意欲を示し、「ポスト安倍」と目された議員らからも発言が相次いだ。
しかし菅は沈黙を守った。党内からは、安倍の辞任表明直後から、菅に対する期待が高まっていたが、当の本人は総裁選挙について、みずからの考えを語ることはなかった。

一方、二階の動きは早かった。翌29日には、衆議院議長の大島理森と会談。都内のホテルで昼食をともにした。その後も、森山や林とも別のホテルに集まり、党内情勢の分析を続けていた。

流れを決めた4者会談

そうした中、事態が大きく動く。森山の携帯電話が鳴った。着信の相手は菅だった。
「今夜、幹事長に会えないか」

菅からのメッセージは林、そして二階へと伝わり、即座に4人の会談がセットされた。
6月の中国料理店と同じメンバーだ。
午後8時。場所は、赤坂の議員宿舎2階の応接室。出席者の林に、その時の話を聞いた。
「菅さんから、森山さんを通じて『幹事長に会いたい』と電話があったので、即座に『OKだ』と返事をしました。理由の説明はなかったけどピンときますよ、それはね。時期が時期だけに。私は『腹を決めたのかな』と感じましたね」
備え付けの冷蔵庫にあったペットボトルのお茶を飲みながら、やりとりが行われた。林によると、次のような言葉が交わされたという。

菅「今度の総裁選に出馬しようかと思いますが、よろしくお願いします。1日に、総裁選の段取りが決まるので、その後に出馬声明をしたい」
二階「しっかり頑張れ。応援するぞ」

会談は、およそ20分。「菅政権」誕生の流れを決定づけた瞬間だった。

菅は総裁就任直後のNHKのインタビューで、この会談について次のように語った。
「背中を押してくれたという感じですかね。やっぱりやらなきゃだめかなと。逃げられないなと」
背中を押した二階について話を向けると、笑顔を見せた。
「二階幹事長は私のことをものすごくかわいがってくれたというか。同じ地方議員出身で、2人とも国会議員の秘書でしたから、そういう意味では親近感がありましたね」

4人の会談から一夜明けた30日。二階はさっそく派閥の幹部と対応を協議した。この時点で二階派は菅支持でほぼ固まり、元官房長官の河村建夫は記者団に「空気が生まれつつある」と示唆した。

二階派が打ち出した「空気」は急速に党内に広がり、菅への期待が加速度的に高まっていった。翌31日には、無派閥の議員グループなどが菅に立候補を要請した。そして二階派は菅支持を正式に決定。党内の派閥で最も早い決定だった。

二階の狙いは

二階が他派閥に先駆けて、菅支持を決めた狙いは何か。
林はこう語る。
「この1年の間に必ず衆議院の選挙がある。過去3回、衆参の選挙をリードした幹事長ですから、当然、そういった意味での陣頭指揮にあたるのは、二階幹事長しかいないだろう」
「安倍一強」と言われた政治状況にあっても、老練な政治手腕を見せる二階に、安倍も一目置いていた。政権が変わっても党運営の要の幹事長ポストを維持し、影響力を示したい。二階派の思惑がにじみ出ていた。

悩める麻生

二階の素早い動きを、ほかの派閥幹部らはどのように見ていたか。

安倍の盟友で副総理兼財務大臣の麻生太郎は、悩んでいた。
側近の松本純は、安倍が辞任を表明したあとの麻生の心中を次のように語った。
「迷っていたと思いますね。誰がこの緊急時に対応するのに最もふさわしいか。それを担うのは誰かと悩んでいたと思います」
麻生にはかねてから「ポスト安倍」を考える上で、念頭にあった人物がいた。政務調査会長の岸田文雄だ。8月上旬、麻生と岸田は、都内のフランス料理屋で会談。松本によればこの時も、麻生は岸田への評価をにじませていたという。
「私も同席しましたが、非常に雰囲気は明るくて、ざっくばらんにさまざまな議論をしている様子でした。麻生さんは岸田さんを大変、評価していたと思います」

ここにも二階の影が

しかし安倍が辞任を表明した28日、麻生派幹部の会合では岸田支持を打ち出すことはなかった。元をたどれば同じ派閥の系譜(宏池会)にある岸田に対し、「将来の総理候補」として期待を寄せる一方、不安も抱いていた。
きっかけの1つが、新型コロナ対策での現金給付だ。
政策責任者として政府与党の調整にあたった岸田は、収入が減少した世帯への現金給付を30万円まで積み増す形でとりまとめ、閣議決定に持ち込んだ。ところが、これに二階が異論を唱えたのを契機に、公明党が連立政権からの離脱もちらつかせ、10万円を一律に給付するよう要求。結局、一度閣議決定した補正予算案を変更するという前代未聞の事態となった。

この混乱ぶりを見た麻生は、岸田の「有事の宰相」としての器に疑念を持ったという。

雪崩うつ派閥

もう1つは岸田のふるまいだ。

28日に都内のホテルで開かれた岸田派の会合には、かつて派閥を率いた古賀誠の姿があった。同じ福岡県選出の議員として長年、古賀としのぎを削ってきた麻生は、これを問題視したのだ。岸田が総裁選挙に立候補するなら、自身に真っ先に支援を求めるべきところ、先んじて古賀に話を向けたことに、麻生は不快感を抱いた。

その2日後の30日。岸田は麻生の事務所を訪れ、総裁選挙への協力を求めた。対する麻生は厳しい条件を突きつけた。
「安倍総理が支援するなら自分も支援できる。総理の意向を確認して欲しい」
すでに党内で菅への期待感が高まっていた中、麻生が提示したこの条件は、岸田にとって低くないハードルだ。しかも麻生は、かねてから安倍と岸田の人物評を交わしており、結果はある程度、想定していた。

それでも岸田は、翌31日、麻生の言葉を受けて総理大臣官邸に足を運び、安倍を訪ねた。しかし支援を取り付けることはできなかった。麻生の支援を背景に、安倍総理からの後継指名に活路を見いだそうとしてきた、岸田の戦略は崩れた。
この日、麻生は派閥幹部に対し、菅への支持でとりまとめるよう指示。これに呼応するように、安倍の出身派閥で党内最大の細田派も、幹部が菅への支持を決めた。竹下派、石原派も続いた。党内の7つの派閥のうち、5つが菅支持でまとまり、派閥に所属する議員を足し上げれば、すでに全体の3分の2を上回る規模となった。安倍の辞任表明からわずか5日後、総裁選挙の告示を前に、大勢は決した。

われこそは「主流派」

無派閥の菅が、主要派閥に推される形で地滑り的な勝利を収めた異例の総裁選挙。自民党の総裁が無派閥から選ばれるのは事実上、菅が初めてだ。どうして各派閥は、菅支持に雪崩を打ったのか。

衆議院選挙が中選挙区制度だった時代には、各派閥は領袖を総理・総裁に担ぎ上げるためにしのぎを削った。しかし小選挙区制度の導入とともに、総裁・執行部に権限が集中。いかに閣僚や党役員のポストを確保できるかが派閥の存在意義の1つとなっていると指摘されている。
各派閥にとっては、党内主流派であることの重要性が増している。「安倍1強」が続いた中でも、党内主流派と見なされれば、いわゆる閣僚待機組の入閣も認められ処遇されてきた。非主流派とみなされ、人事で冷遇されるのを避けたいという思惑が強まっているのも事実だ。

案の定、菅を支持した各派閥幹部からは、当然のようにポスト獲得を期待する声が聞かれた。一方の菅は、「人事は適材適所」と繰り返し、改革意欲のある人材を登用する考えを強調した。果たして、結果はどうだったか。

役員人事は論功行賞か

党の執行部人事では、二階派の狙い通り、二階が幹事長を続投することに。菅支持の5派閥から1人ずつを起用。派閥への配慮がうかがえる陣容となった。
党役員の就任会見で、記者団から「論功行賞の人事ではないか」と質問が出たのに対し、二階は「つゆとも思っていない」と強く否定した。

派閥均衡の閣僚人事も

一方の閣僚人事。各派ともに閣僚数はほとんど変わらず、総裁選挙を争った岸田派や石破派からも起用するなど党内融和を図った格好だ。「派閥均衡型」の人事と言えるだろう。
しかし一部の派閥からは、早くも不満の声も聞こえてくる。

最大派閥の細田派内では「最大派閥なのに幹事長も官房長官も取れなかった」
別の派閥からは「二階派は、幹事長だけでなく重要閣僚の総務大臣も押し込んだ。二階派優遇だ」

さらに岸田派、石破派からは、閣僚経験者を再入閣させたことで、「入閣待機組の不満が膨らんでいる」という指摘がある。

派閥の呪縛は

無派閥である以上、菅の党内基盤は決して強いとは言えない。それだけに菅が政策を実現していく上では、派閥の協力を得ていくことが不可欠だ。

今回の人事をみても、各派閥への配慮に腐心したことがうかがえる。ただその配慮が過ぎれば、政策を思うように進められないというジレンマも抱えることになる。“無派閥”総理は、派閥の呪縛にとらわれることなく政権運営を進められるのか、手腕が問われることになる。

「安倍一強」「政高党低」と言われた政治情勢は、菅政権の誕生でどう変質するのか。かつての「派閥政治」が息を吹き返すのか。権力をめぐる興亡は続く。
(文中敬称略)
政治部記者
関口 裕也
2010年入局。福島局、横浜局を経て政治部へ。自民党二階派を担当。
政治部記者
及川 佑子
2007年入局。金沢局、札幌局、テレビニュース部を経て政治部。自民党石原派、森山国対委員長を担当。
政治部記者
後藤 匡
2010年入局。松江局、経済部を経て政治部。現在は自民党麻生派を担当。