よみがえる福島の漁業 震災と原発事故から9年半

よみがえる福島の漁業 震災と原発事故から9年半
「福島の海」と聞いてどんなことを思い浮かべますか?「原発事故で放射性物質が流れ出した」とか「魚も汚染されている」とか。漁を再開したことは知っていても「風評で売れていない」などと思っていませんか。どれも本当のことでしたが、原発事故から9年半たって現状は大きく変わってきています。福島の海はどこまでよみがえり、いま何が課題になっているのでしょうか。(福島放送局記者 後藤駿介 ディレクター 立山遼)

“試験操業”のいま

親潮と黒潮がぶつかる福島県沖はプランクトンが豊富で、「常磐もの」と呼ばれる良質なヒラメやカレイなどが高値で取り引きされてきました。

しかし、原発事故のあと、魚の出荷制限や風評被害が続いてきた中で、いまも流通量を調整しながら出荷先での評価を調べる「試験操業」が行われています。

市場で売れ残りや値崩れが起きないか慎重に見極める必要があるとして、漁業者みずからが漁の日数や海域などを抑えている状況が続いているのです。
そのため、去年の沿岸漁業の水揚げ量は震災前の14%ほどと、正直、復興というには程遠いのが現状です。
ただ、市場に目を向けると、状況は変わりつつあります。

福島県の業者から東京都中央卸売市場に出荷されたヒラメ(鮮魚)の価格は、震災後大きく下落していましたが、昨年は1300円台とついに全国平均に肩を並べました。風評がなくなったとまでは言えませんが、大きな一歩と言えます。

漁港や漁船などハード面の復旧も着実に進み、去年にはすべての港で水揚げが再開されました。ことし2月にはすべての魚種で安全性が確認され、出荷制限も解除されています。

いつまでもモタモタしていられない

そうした中、ことし9月。相馬市にある漁協で、新たな取り組みが始まりました。主力の底引き網漁で、1隻当たりの水揚げを、5年間で震災前の6割まで戻すという計画がスタートしたのです。

これまで制限していた操業海域を広げ、1回の漁で網をひく回数もおよそ2倍に増やす計画です。

底引き網漁船の船主のリーダー・高橋通さんは、この計画には、福島の魚を売ること以外にも重要な意味があると考えています。

それは、“若手に経験を積ませること”です。
相馬市の漁協では、原発事故後の厳しい状況の中でも、底引き網漁だけで20人ほどの地元の若者が後継者として加わっています。しかし制限が続く漁の中では、技術ややりがいを伝えていくことが難しいという危機感があるといいます。
相馬双葉漁協 高橋さん
「どの船を見ても10代から30代の乗組員が乗っている。この人たちの希望を持たせたい。試験操業っていう形を取り崩していかないと前に進んでいかない。震災と原発事故から10年目を迎えていつまでもモタモタしていられない」

「買いたい」という声

漁業者の水揚げ増加を後押ししているのは、流通業の回復です。原発事故後、途切れてしまった全国の出荷先への“販路”を地道に広げてきました。
浪江町の仲買業者「柴栄水産」の柴孝一社長は、ことし4月に営業を再開させました。津波で流された加工場を再建し、最新の設備を導入して、売り込みに力を入れています。

再開当初は、福島の魚が本当に売れるのかと、風評の影響を心配していた柴さんですが、首都圏などの取引先からは、鮮度などが評価され、「買いたい」という声が予想より多く寄せられていると言います。

柴さんは、さらに販路を拡大させるためにも、漁業者にもっと水揚げを増やしてほしいと期待しています。
柴栄水産 柴孝一社長
「取引先の風評被害の不安もあったんですけど、それは今のところあまり感じない。よい品物を続けて出荷していけば認められていくし、水揚げを増やしていけば自然と売り上げは増えるはず。震災前の8割くらいまでは増やしたいので、もっと水揚げを増やしてほしい」

トリチウム含む水の処分に懸念

漁業者と流通業者の両輪で取り組んできた福島県の漁業の再建ですが、いま、一つの大きな懸念を抱えています。
それは、東京電力福島第一原子力発電所にたまり続けるトリチウムなどの放射性物質を含む水の問題です。汚染水を処理したあとに残るこの水について、東京電力は2年後には保管するためのタンクが満杯になるとしていて、いずれ処分が必要になるとしています。

ことし2月、国の小委員会は、この水の処分方法について、「基準を下回る形で海洋か大気中に放出する方法が現実的で、このうち海のほうがより確実に実施できる」と報告書をまとめました。国の基準以下であれば、環境や健康への影響はほとんどなく、全国の原発でも海に放出しているとしています。

しかし、漁業者は海洋放出に反対の立場を示しています。

相馬双葉漁協の立谷寛治組合長は、海洋放出されれば、新たな風評被害につながり、水揚げを増やす取り組みも水の泡になるのではという強い危機感を持っています。
相馬双葉漁協 立谷寛治組合長
「福島県の魚も大丈夫、おいしく食べていますと言われるようになった今になって海洋放出ということになれば福島の漁業はどうなるのか。これまでやってきたことがすべて崩れてしまう。国の施策と言われても絶対容認はできない」

賠償ではなくかつての漁を

東京電力は、ことし3月、対策を講じても風評被害が出た場合は、賠償に応じる考えを示しています。
実は、福島の漁業者は水揚げが限られる中、足りない分の収入を東京電力の賠償金で補っているのが現状です。ただ、それは決して彼らが望んでいる状況ではありません。

多くの漁業者が願っているのは、震災前のように大漁を目指して海に出て、自分の力で稼ぐ、そんな当たり前の漁業の姿が戻ることです。
相馬双葉漁協 立谷寛治組合長
「われわれとしては賠償にとらわれず、なるたけ自分らの力で生活を取り戻したい。早く自分の力で生活できる、とった魚で生活できる。そういう風になっていければいいなといちばん思っている」
東日本大震災からまもなく10年。荒波に立ち向かう日々が続きます。
福島放送局記者
後藤 駿介
平成28年入局
警察担当を経て、南相馬支局で震災・原発事故からの復興を取材
福島放送局ディレクター
立山 遼
平成29年入局
漁業の復興や震災・原発事故被災地の現状を取材