オーストラリア記者 中国当局の取り調べは「報復か」

オーストラリア記者 中国当局の取り調べは「報復か」
今月初め、中国当局から取り調べを受けた後オーストラリアに帰国したテレビ局の記者がNHKとのインタビューに応じ、自身に対する取り調べは、中国メディアの記者がオーストラリアの情報機関の強制捜査を受けたことへの報復だったのではないかという認識を示しました。
インタビューに応じたのは、オーストラリアの公共放送ABCの北京特派員だったビル・バートルズ記者です。

バートルズ記者によりますと、今月2日の深夜中国の情報機関、国家安全省に所属する7人が北京市内のバートルズ記者の自宅を訪れ、「国家の安全保障上の問題」を理由に出国を禁じると告げたうえで、取り調べに応じるよう求めたということです。

バートルズ記者はオーストラリア大使館に保護を求めた後、6日の夜、出国禁止措置を解除してもらうことを条件に、北京市内のホテルで取り調べを受けました。

取り調べでは、中国で取材した内容について聞かれたほか、中国国営テレビの女性キャスターで先月(8月)中国で拘束されたオーストラリア国籍のチェン・レイ氏についての質問が相次いだということです。

バートルズ記者は同じ時期に中国当局の取り調べを受けた上海駐在の新聞記者とともにオーストラリア政府の支援を受けて今月8日、帰国しました。

しかしその直後、オーストラリア駐在の中国国営メディアの記者がことし6月にオーストラリアの情報機関から強制捜査を受けていたと、中国政府が明らかにしました。

このためバートルズ記者は、自身に対する取り調べについて「中国の記者がオーストラリア当局の標的にされたことへの対抗措置だったのではないか。中国政府は、オーストラリア側による強制捜査には政治的な意図があったととらえているはずだ」と述べて、中国による報復だったのではないかという認識を示しました。

中国とオーストラリアは貿易を中心に関係を発展させてきましたが、ことしに入って新型コロナウイルスの発生源をめぐり意見が対立したことなどから関係が冷え込んでいます。

関係冷え込むきっかけは…

オーストラリアと中国の関係が冷え込むきっかけとなったのは、新型コロナウイルスをめぐるオーストラリアのモリソン首相の発言でした。

ことし4月、新型コロナウイルスが中国 武漢の研究施設から広まった可能性があるとアメリカの一部メディアが報じると、モリソン首相は、ウイルスの発生源などについて「何が起こったのかを調べる独立した調査が必要だ」と発言しました。

その背景には、中国が情報公開に消極的なうえ、WHO=世界保健機関が中国寄りで、透明性のある調査が行われないのではないかという不信感があったとみられます。

これに対して中国政府は、「国際協力を妨害するもので支持は得られない」として強く反発し、その後、オーストラリアに対する対抗措置とみられる動きを相次いで打ち出しました。

5月には、オーストラリアから輸入した牛肉の検疫で違反が見つかったとして、オーストラリア企業4社からの肉製品の輸入を停止しました。その直後には、オーストラリア産の大麦が不当に安く輸入されているとして関税を上乗せする措置をとりました。

さらに6月、「オーストラリアでは中国人やアジア人への差別が広がっている」として、中国政府は、国民にオーストラリアへの渡航を自粛するよう呼びかけました。

これに対してオーストラリア政府も中国政府への対抗姿勢を強めていきます。6月、香港で反政府的な動きを取り締まる「香港国家安全維持法」が施行されると、オーストラリア政府は香港との犯罪人引き渡し条約を一時停止したほか、中国による南シナ海の領有権の主張を「法的根拠がない」と否定する書簡を国連に提出しました。

こうしたオーストラリアの姿勢は、中国と対立するアメリカと歩調を合わせています。

ことし7月にアメリカとオーストラリアの外務・防衛の閣僚が発表した共同声明は、中国への非難を前面に打ち出し、アメリカのポンペイオ国務長官は「中国に対して立ち上がったオーストラリアを称賛したい」と述べて、両国でともに中国に対じしていく姿勢を強調しました。

そして最近では、報道機関をめぐる両国のあつれきが表面化しています。
先月、中国の国営テレビ局の外国語放送で司会を務めていたオーストラリア国籍の女性、チェン・レイ氏が中国当局に拘束されました。また今月には、中国に駐在するオーストラリア人記者2人が、中国当局から一時的に出国を禁じられた上取り調べに応じるよう求められていたことが分かりました。

記者2人が帰国した直後、中国政府は、オーストラリアに駐在する中国国営メディアの中国人記者がことし6月にオーストラリアの情報機関から強制捜査を受けていたと発表。中国政府が3か月遅れて明らかにした背景には、オーストラリア政府も中国の報道機関の記者を捜査しているため一方的ではないとアピールするねらいがあるものとみられます。

このように、新型コロナウイルスへの対応をきっかけに冷え込み始めた両国の関係は改善の兆しがみえない状況が続いています。

オーストラリアと中国の関係は…

オーストラリアは経済関係を基盤に中国との関係を発展させてきました。

2014年、当時のアボット首相と習近平国家主席が会談し、両国関係を「包括的な戦略的パートナーシップ」に引き上げました。2015年にはFTA=自由貿易協定が発効し、オーストラリアから牛肉やワイン、それに石炭などの天然資源の輸出が年々拡大。去年6月までの1年間のオーストラリアの貿易額のうち26.4%を中国が占め、オーストラリアにとって中国は最大の貿易相手国となっています。

人的交流も盛んで、去年1年間にオーストラリアを訪れた外国人のうち観光客・留学生ともに最も多かったのが中国人でした。

一方、政治面では2016年、中国系企業から資金提供を受けていたオーストラリアの議員が南シナ海の問題について中国寄りの発言をしたことが明らかになり、オーストラリアで中国による内政干渉への懸念が高まりました。

ことしに入っても6月、シドニーにある中国総領事館の外交官がニューサウスウェールズ州議会の議員の政策アドバイザーと共謀して内政に干渉しようとした疑いがあるとして当局が捜査を進めています。

ワイン業界にも影響

オーストラリアと中国の関係の冷え込みは、中国向けの輸出が拡大してきたオーストラリアのワイン業界にも影響を及ぼしています。

先月、中国商務省はオーストラリア産ワインについて不当に安く輸入されるダンピングの疑いで関税を上乗せする必要がないか調査を始めました。中国では近年、オーストラリア産ワインが柔らかい口当たりと繊細な味わいで中国料理に合うとして人気が高く、輸出のおよそ40%を中国が占めていただけに、国内のワイン業界からは困惑の声が上がっています。

有数の産地の1つ、ニューサウスウェールズ州ハンターバレーで160年以上続くワイナリーでは輸出するワインの半分が中国市場向けですが、オーナーのブルース・ティレルさん(68)は、今回の調査の影響で今後、中国向けの輸出が減ることを懸念しています。

ティレルさんは、「中国市場を失うかわりに韓国や日本、ベトナムなどアジア向けの販路を拡大させたい」と話していました。

オーストラリア政府はダンピングを否定し、中国側の対応を批判していますが中国政府は調査には政治的な意図はないとしています。

オーストラリアの研究者「人的交流に影響も」

オーストラリアと中国の関係を研究するシドニー工科大学のジェームズ・ローレンスソン教授は、「オーストラリア経済で中国と関係がない分野はほとんどなく、貿易面では相互の利益にかなう関係を築いてきた」としたうえで、中国がこのところオーストラリアに対して打ち出した措置が貿易の縮小につながる可能性があると指摘しました。

しかし、「オーストラリア政府はアメリカか中国のどちらかを選ぶのではなく、国益に沿った政策を続けていく。中国と貿易戦争を始めるのは理にかなうことではない」として、オーストラリアは安全保障の分野ではアメリカと歩調を合わせるものの、米中の貿易戦争のような事態が中国との間で起きる可能性は極めて低いという見方を示しました。

その一方でローレンスソン教授は、両国の研究者の間では今後、相互訪問を控える動きが出てくるだろうとして、「政治的な緊張が人的交流にも影響を及ぼすことになるだろう。人的交流は歴史的に二国間の強みだっただけに、残念なことだ」と話しています。

専門家「中国は痛いところ突かれ強く反応か」

中国の現代政治が専門の東京大学公共政策大学院の高原明生教授は中国とオーストラリアの関係について、「近年例を見ないほど関係が悪化している。新型コロナウイルスの問題でオーストラリア政府がいち早く国際的で独立した調査をすべきだと言い始めたが、中国は、ウイルスの発生国として世界から批判されることを非常に恐れていたので、痛いところを突かれて強く反応、反発した。米中が対立するなか、オーストラリアがアメリカの同盟国として中国をいじめにかかっていると見ているのも大きな原因ではないか」と指摘しました。

また、中国の対応について、沖縄県の尖閣諸島をめぐる対立などがある日本や国境問題を抱えるインドと比較したうえで、「日本にしてもインドにしても、まさに隣国なので何か間違いがあると大きな対立や摩擦が起きる可能性がある一方、オーストラリアは具体的に力と力が接する面がない。いちばん強いアメリカではなく、周りで勝てそうな国を選んでけんかするのが中国のやり方だ。オーストラリアはターゲットにしやすい国と思われているのではないか」と分析しました。

そのうえで今後の見通しについて高原教授は、「どの国にとっても中国は競争と協力の二面性のある関係を持たざるをえない相手だ。オーストラリアにとって経済的に中国は突出して重要なパートナーであり、安全保障や政治では強い反発を示しながら他の面では協力していくという状況がしばらく続くのではないか」という見方を示しました。