キリンの「はぐみ」足の障害も装具の支えで

キリンの「はぐみ」足の障害も装具の支えで
広島市の動物園でことし4月に生まれたメスのアミメキリンの「はぐみ」。
生まれた時から足に障害があり、自力で立つことができませんでした。
いつかほかのキリンのように自由に歩いたり走ったりできるようになってほしい。動物園の思いに応えたのは、人の義足などを手がけている義肢装具士の男性でした。
(広島放送局記者 秦康恵)

“生きていけないかも…”

はぐみが生まれたのは、ことし4月9日。
朝、飼育担当者がキリン舎を確認したところ、頭だけを起こして座っているはぐみを見つけました。
キリンは本来であれば、生まれてから遅くとも1時間から2時間ほどで立てるようになります。はぐみの体はすでに乾いていて、だいぶ時間がたっているはずなのに。
飼育担当の堂面志帆さんは違和感を感じました。
飼育担当 堂面志帆さん
「よく見ると足が変な方向に曲がっている状態でした。自分もすごくショックを受けて、正直初めて見たときはこの子はもうこの先、生きていくことはできないかもしれないという気持ちでした」

なんとかして立たせたい

はぐみは、両方の後ろ足の足先の「腱(けん)」が伸びきって、本来は曲がらない方向に曲がっていました。わかりやすく人間にたとえるならば、ひざから下が前側に折れ曲がっているような状態です。
立てないままでは、高さ2メートルほどのところにある母親のお乳を飲むこともできません。動物園では足が曲がらないようにするため、その日のうちにギプスで固定しました。
頑張って立とうとしては転んでしまうことを繰り返すはぐみ。飼育担当者や獣医師が牛のお乳などを与えながら待つこと3日。
はぐみは自力で立ち、母親のお乳を飲めるようになりました。

ギプスではない別の方法

ギプスをつけたはぐみは、ぎこちないながらも徐々に歩けるようになっていきました。しかし、ギプスで固定したままでは関節や筋肉を動かせません。
それに体重が増えるにつれてギプスが折れたり壊れたりすることが増えていました。
動物園では自然に近い状態で歩けるようにするためにはギプスではない、別の方法が必要だと考えました。
飼育担当 堂面志帆さん
「『腱(けん)』は実際に使っていくことで発達していく、強くなっていくものなので、しっかり自分の体重をかけつつ足が前側に折れないようにするもの、ギプスではなく何かサポーターになるようなものが必要だと思いました」

義肢装具士の挑戦

そこで動物園が頼ったのが、広島国際大学の講師で、義肢装具士の山田哲生さんでした。
山田さんは人の義足や装具を作るプロ。これまで1度だけ犬の義足を作ったことがありましたが、当然ながらキリンの装具は初めてです。何度も動物園に足を運び、キリンの歩く姿や本来の足の角度を観察しました。
義肢装具士の山田哲生さん
「キリンってはっきりいって体重も何キロくらいあるのかわからないし、どこに神経があってどこに血管が通っていてという資料もなくて、手探りな状態でした」

試行錯誤の装具作り

5月下旬。はぐみに麻酔をかけ、装具を作るための型を取りました。
その型をもとに、山田さんは人の義足とほぼ同じ素材を使い、はぐみの足を前後から挟むような装具を作りました。
そして6月7日。麻酔をしたはぐみの右足に装具をつけてみました。
足が正常な向きになるよう装具でサポートしながら、必要な関節や筋肉を動かすことができることを確認します。
麻酔から覚めたはぐみは、自分の足でしっかり立ち上がることができました。
「はぐみ、かっこいいよ」
動物園のスタッフや山田さんの間に喜びが広がりました。
しかし、はぐみが痛がったため、この装具はすぐに外すことになりました。
義肢装具士 山田哲生さん
「1作目の装具では、足の後ろの一部分を抑えているので、それが嫌だったみたいです。子どもと一緒で、どこが痛いとか悪いとか教えてくれない。ただつけるのを嫌がるだけ」
それから山田さんは、はぐみが嫌がらないよう装具の形を変えて2作目を作りました。はぐみは嫌がりませんでしたが、今度は強度に不安が出てきました。
そこで、2作目の完成からわずか1週間で、重さに耐えられるよう強度を増した3作目を作りました。
最初に装具をつけてからおよそ1か月半。
3作目の装具をつけたはぐみは、外に出て歩きまわれるようになっていました。
飼育担当 堂面志帆さん
「足を使い始めたことでいままで以上によく動くようになりましたし、動くようになったおかげかよく食べるようになりました。それに伴ってはぐみの足がすごく発達して太くなってきた」

成長に対応できる装具を

どんどん大きくなるはぐみ。生まれた時57キロだった体重は、推定で150キロになっていました。
今度は、はぐみの成長に対応できる装具が必要になりました。
山田さんは4作目を作るにあたり、3作目よりさらに強度を増したうえ、成長のスピードに対応できるよう大きさにゆとりを持たせて作りました。

4作目 新たな試み

8月中旬。完成した4作目の装具を持って山田さんが動物園に向かいました。
「かっこいい!」「ベルトも増やしてくれたんですね!」
動物園の人たちも喜んでくれました。
実は、動物園では今回初めてはぐみに麻酔をかけずに装具の交換をしようとしていました。
飼育担当 堂面志帆さん
「麻酔で強制的に眠っている間に装具を交換する方が足にとっては安全ですが、キリン本体にとってはものすごく危険。毎回、麻酔をかけるたび、もしかしたら、きょう死なせてしまうかもしれないという恐怖と闘っていました」
キリンは、牛と同じ反すう動物です。麻酔をしている間に胃の中のものが逆流して誤嚥性肺炎を起こす可能性があります。
そうならないよう、麻酔がかかっている間は誰かが必ず、はぐみの頭を持ちあげていました。さらに、麻酔をかけるときも麻酔から目覚めるときもふらつくため、頭をぶつけてしまうおそれもあるのです。
はぐみの体が大きくなるにつれ、人が支えることが難しくなってきていました。
このため動物園では、麻酔なしでも交換できるよう、ふだんからはぐみの足を触って、触られることに慣れさせていました。
そのかいあって、この日、右足はスムーズに交換できました。しかし、左足は交換できませんでした。
飼育担当 堂面志帆さん
「左足に痛みがあるようで、もう嫌だ!ってなっています。新しい装具で、緊張もしているようなので、ちょっと時間をおきます」
動物園でははぐみが落ち着くのを待って、翌日、再挑戦。左足にも装具をつけることができました。

ときおり走る姿も

およそ1か月後の9月10日。広い運動場を軽やかな足取りで歩くはぐみの姿がありました。母親のメグミと一緒です。
新しい装具にすっかり慣れ、メグミを追いかけて、ときおり走る姿も見らるようになっていました。
もっと長い時間運動することで、はぐみの足が成長して、のびきった「腱(けん)」の長さに骨の長さが追いつけば、将来、装具を外すことができるかもしれません。
飼育担当 堂面志帆さん
「本当に山田さんには感謝の気持ちでいっぱいです。できることなら走り回っているのをお客さんの前でもたくさん見せて、勇気というか元気を与えてくれる子になってくれたらうれしいなと思います」
義肢装具士 山田哲生さん
「このままうまく成長して装具が外れてくれるのが、いちばんだと思います。5作目の装具は作らなくていいかもしれません。これからも、はぐみの成長を見守っていきます」

すくすく育って

たくさんの人の手によって育まれ、これからもすくすく育ってほしいという思いを込めて名付けられたはぐみ。その名のとおり、たくさんの人に支えられて歩けるようになりました。

「この先、生きていけないかもしれない」

そう心配されたはぐみが、生きて一歩ずつ歩みを進めている。その姿が私たちに多くのことを教えてくれているような気がします。
広島放送局 記者
秦康恵