家電の「ピー」が聞こえない ~今も解決しないのはなぜ?

家電の「ピー」が聞こえない ~今も解決しないのはなぜ?
今どきの暮らし、玄関からは「ピンポン」、台所から「ピーピー」、体温計が「ピピッ」…あちこちで電子音が知らせてくれます。でも、年齢を重ねて耳が遠くなったお年寄りや病気の人にとっては聞きづらい音もあり、ネット上ではそんな悩みの投稿が共感を集めています。新しいようでいて、でも以前からありそうなこの問題、どうして解決しないのでしょうか。
(ネットワーク報道部記者・斉藤直哉、高杉北斗、
 SNSリサーチ・長野希美、李宰豪)

「家電の音が聞こえない」共感集まる

今月、SNSに投稿されたこんなメッセージが話題になりました。
「母親が高齢になり、『ピー、ピー』っといった高音は聞こえにくいらしく、冷蔵庫の開きっぱなしの注意喚起音やファンヒーターの時間延長お知らせ音やらがなりっぱなしでも、全く気がつかない。
これから家電メーカーさんには、歳をとると聞こえにくい音とかにも関心を持って商品開発して欲しいなぁ」
リツイートは3万以上にのぼり、同じような経験をしている人から共感する声が相次ぎました。
「うちの母も洗濯機の終了を知らせる音が聞こえないと言っていました」

「うちの両親も電子体温計のピピ音に気付かずずっと挟んでいる。
ヤマカンで出して見てる」

「実は電子レンジのチンや、お湯が沸いた音も、火のついてる音も、洗濯機が終わった音も全部聞こえないので、毎回気にしてチェックしたりするのが結構大変」

「子どもたちが家にいる時は教えてくれるけど、将来は心配だな。
インターホンも聞こえない時もあり再配達してもらって申し訳ない気持ちでいっぱいです」
元の投稿をした岐阜県に住む50代男性に話を聞くことができました。
70代の両親と3人暮らしで、77歳の母親は特にここ2年ほど、家電製品から出る高い音が聞き取りにくくなったそうです。

冷蔵庫の閉め忘れを知らせる音が鳴ったとき、父親は聞こえるため、「鳴っとるのに聞こえんのか!」とどなることがあり、母親のいじけたような姿を目にしました。ところが、今度は自分が「鳴っとるよ、ちゃんと閉めんと」と、父親と同じように強い口調であたってしまい、そんな自分に嫌気がさしたのが投稿のきっかけだったそうです。
元の投稿をした50代男性
「自己嫌悪の気持ちと、なんとかならないかなという思いからつぶやきました。改善を求める声がたくさん寄せられてうれしいです」

どうして耳が遠くなる?

一般的に、年齢を重ねるごとに耳が遠くなりますが、年齢や性別ごとにどんな音が聞こえにくくなるのか、傾向を示したグラフがあります。
ISO=国際標準化機構がまとめたデータです。

影響が出てくるのはおおむね40代から。周波数が高い音、つまり「高音」から聞こえにくくなる傾向があります。そして、男性のほうが女性よりも大きな影響を受ける傾向がうかがえます。

耳が遠くなる原因は何なのでしょうか。

慶應義塾大学医学部(耳鼻咽喉科)の藤岡正人専任講師に聞きました。
「詳しい原因はまだ解明されていませんが、音を電気信号に変えて神経に伝える『有毛細胞』が加齢とともに損傷を受けるとされています。そして、高い音を聞き取る細胞ほどダメージを受けやすいと考えられているのです」
年齢だけでなく、大きな音を聞き続けることや、喫煙などの習慣によっても細胞が損傷を受けるおそれがあると考えられるそうです。

そのうえで、聞こえ方には個人差があると指摘します。
慶應義塾大学医学部(耳鼻咽喉科) 藤岡正人専任講師
「症状の進み方は人それぞれですし、メニエール病などの患者では低い音が聞こえなくなることがあります。耳は細胞が損傷を受けやすい“消耗品”のような側面もあるので、若い人もぜひ大事にしてほしい」

若い難聴の人も

若い人にも難聴の人はいます。

さきほどの冷蔵庫の音が聞こえない母親についての投稿を見てコメントしていた兵庫県の30代女性は、幼いころ、音を伝える骨の働きが弱い「伝音性難聴」と診断されました。

外出するときは両耳に補聴器をつけていますが、それでも体温計の「ピピ」という高い音は聞こえず、病院で検温するときは、周りの人に「音が鳴ったら教えてください」とお願いしているそうです。
兵庫県の30代女性
「『ピー』という高音が聞こえないのは私にとって日常のことだったので、あの投稿にははっとさせられました。聞こえにくさは見えないものなので、ことばにすることが大切だと思いました」
聴覚障害者を支援している「全日本難聴者・中途失聴者団体連合会」によりますと、家電製品の音に関する相談は数多く寄せられ、冷蔵庫や体温計のほか、浴室の自動給湯器や玄関のインターホンの音、さらに電話の呼び出し音についても聞こえないという声があるそうです。

どの音か区別がつかない

さらに、「音は聞こえても、何の音か区別がつかず困っている」という人もいます。

目が不自由な人は音を頼りに生活することがありますが、「日本視覚障害者団体連合」の逢坂忠事業部長によりますと、複数の家電で似た音が使われていて、どの製品の音なのか区別がつきにくいという声が寄せられています。

このため、福祉用品や機器を開発する団体に配慮を要望したこともあるそうです。
日本視覚障害者団体連合 逢坂忠事業部長
「目が見えない人にとっては音が頼りのことも多いです。一人で自立して生活している人も多いので、誰にも聞こえやすく、しかも意味を理解しやすい音にしてもらいたい」

対策はとられていた

家電製品の音への要望は多いように感じますが、対策はどうなっているのでしょうか。

人間工学や聴覚心理学が専門の早稲田大学の倉片憲治教授に聞きました。
早稲田大学 倉片憲治教授
「お年寄りにとって家電の音が聞こえにくいという問題は実は30年以上前から指摘され、対策が議論されてきました」
倉片教授によりますと、1990年代の初めごろ家電のハイテク化・高機能化が進み、音を鳴らす部品もベルなどに取って代わり小型の電子装置が主流になりました。

これに伴って、高齢のユーザーから音が聞こえないという声がメーカーに寄せられたということです。

ベルなどのアナログの音は低音から高音まで周波数の幅がある音が出ますが、電子音は特定の周波数だけが出るため、高い音に設定していると人によってはほとんど聞こえなくなります。

このため、大手家電メーカーなどでつくる業界団体が議論を重ね、平成14年には、JIS=日本工業規格(現在の日本産業規格)の高齢者に配慮した製品の基準として、「家電の通知音は2500ヘルツ以上の高い音を使わないこと」や、「通知する種類に合わせて音のパターンを変えること」などが定められたということです。

その後も業界団体が高齢者・障害者向けの製品の指針をまとめています。

実際に配慮された商品が販売されています。
医療機器大手の「テルモ」は、検温が終わったとき、童謡の「メリーさんのひつじ」が流れる体温計を販売しています。

担当者によりますと、この曲は幅広い音程が含まれるため、多くの人が聞き取りやすいということです。

別のメーカーも光や振動で知らせる体温計を販売しています。

大手電機メーカー「シャープ」は、冷蔵庫を閉め忘れた際、音だけでなく中の電灯が点滅して知らせる商品を開発しました。

また、一部の店舗では、希望に応じて、音を低く設定した冷蔵庫も販売しているということです。

今も多くの人が困っているのはなぜ?

それでもなお、困っている人が多いのはどうしてでしょうか。

早稲田大学の倉片教授は、まず前提として、
▼家電からの音は置かれている場所や周囲の環境によって聞こえ方が大きく異なること、
▼聞こえ方には個人差があり、JISや業界の指針を満たしてもすべての人が満足するのは難しいことを指摘します。

そのうえで、
▼JISや指針はあくまでも目安で、順守が義務づけられているわけではないこと、
▼工夫して商品開発するには費用がかかる一方、必ずしも売り上げにつながらないことを挙げています。
早稲田大学 倉片憲治教授
「この数十年で高齢化が大きく進んだことも背景にあると思います。さらに、いわゆる白物家電をつくるメーカーが多様化し、新興メーカーや海外メーカーが製造した、JISや指針を満たさない製品も普及しているのではないでしょうか」
大手家電メーカーの担当者にも聞いてみました。
大手メーカー
「音を低くすると、聞こえている人にとっては音量が小さく感じられ、かえって聞きづらくなる。こうした技術的な課題もある」

別の大手メーカー
「ユーザーの声は商品開発の参考にするが、冷蔵庫の音についての指摘は年に1、2件。開発現場を動かすような大きな動きにはなっていない」

誰もが使いやすくするには

高齢化が一段と進み、多様な人が活躍できるダイバーシティーの実現が求められるこの時代。

一人ひとりが安心して暮らせるようにするには、どうすればいいのでしょうか。

専門家は、ユーザーの声をメーカー側にきちんと伝えていくことが大事だと指摘します。
早稲田大学 倉片憲治教授
「電子音が使われ始めた1990年代もメーカーは聞こえない人がいることをあまり知らず、ユーザーからの指摘を受けて対策が始まりました。今、音が聞こえない人、困っている人は、ぜひその声をメーカーに届けてほしい。改善を望む一つひとつの声が、お年寄りや病気の人、障害者にとっても使いやすいユニバーサルデザインの実現につながっていくと考えます」
9月21日は敬老の日。

お年寄りが何かを諦め、我慢しなければならないのではなく、「長生きしてよかった」と実感できる社会にしていきたいですね。