不文律見直し 宝塚音楽学校に聞いてみた

不文律見直し 宝塚音楽学校に聞いてみた
未来のタカラジェンヌを養成する宝塚音楽学校。指導方法の見直しのニュースが反響を呼んでいます。文章化されてなく生徒から生徒へ受け継がれてきたいわば不文律の指導方法。見直しはどのように行われたのか宝塚音楽学校に聞きました。
(神戸局・堀内新、ネットワーク報道部・田隈佑紀、國仲真一郎)

生徒間で受け継がれる指導方法

宝塚音楽学校は2年制、各学年に40人が在籍する未来のタカラジェンヌを育てるための学校です。ニュースは、次のような指導方法が、下級生に負担が生じているなどとして見直されたと伝えました。
・本科生(上級生)が予科生(下級生)を選び、
 1年間、1対1で指導する仕組み
・生活記録や掃除の状況などを、予科生がノートに書き、
 本科生に提出させることが過度になっていたこと
・上級生が乗っているかもしれない阪急電車へのあいさつ
・上級生の前では眉間にしわを寄せて口角を下げる
 「予科顔」という表情をすること。
こうした指導方法は生徒の間で受け継がれてきた「不文律」だったとされています。

“少し遅いくらい” “品格がなくなる”

見直しについてネット上の意見はさまざまです。
「少し遅いくらいやけど、社会の変化とともに伝統を見直す勇気が伝統になれば」、
「閉鎖的な社会だと私的制裁や明文化されてないルールがあるよね」、
「今の基準でいえばパワハラの温床だよ」
といった意見。

一方・・・。
「伝統を無くしたら宝塚という品格が無くなる」、
「変えなければいけない悪しき伝統でなく、引き継ぎすべき良き伝統まで…」、
「あの規則が『清く正しく美しく』を象徴しているのだと思ってました」
など、
不文律にもとづく指導が宝塚を作ってきたのだという意見も特にファンの間には多く見られました。

反響を呼ぶ不文律の見直し。
どのように行われたのか、宝塚音楽学校に話を聞いてみました。

見直しは徐々に

「今回の見直しは一度に行われたのではなく、数年かけて徐々に行ってきたものです」。
宝塚音楽学校に話を聞くと、広報担当者は見直しは徐々に進めてきたことを強調しました。
学校によると毎年の学年末、新しく入学してくる生徒を指導することになる“新・本科生”が全員で学校側と協議するそうです。そして1年間受けてきた指導方法に過度なところはないか、自分たちが指導するに当たって足りていない部分は何かなど、後輩への指導方法の見直しを話し合います。

指導の見直しはこうした協議などを通して少しずつ行われてきたのです。

また予科生の指導を本科生が行うことについて広報担当者は、舞台に立つための学びの場という宝塚音楽学校の特殊性があると言います。
宝塚音楽学校 広報担当者
「私たちは宝塚歌劇団で舞台人となるためだけの学校です。ここで過ごす2年間は『修行』ですし、『舞台人としての心構え』がすべてに優先されます。それは学校側がああしなさい、こうしなさいと言って育つものではなく、上級生から下級生へと伝達されるものだと考えています」
こうしたこともあって、宝塚音楽学校には校則も生徒手帳も存在していません。

認識が変わってきたものも

宝塚音楽学校の「不文律」は、いつ、どこでできあがったのか?。ニュースでも大きな反響を呼んだ「阪急電車へのあいさつ」についてまず聞いてみました。
学校側は、確実な経緯は調査中だと前置きしたうえで
「通学する生徒は阪急電車を使うことが多く、いつも見守ってくれている車掌さんたちへの感謝の意を示すためだったのではないか」と、話しています。

それが時代を経るにつれて趣旨が変わり、今では生徒の間でも「先輩が乗っているかもしれないから」と認識されていたということです。

これ以外についても「学校として決めたものではなく、いつ、どこで生まれたかは分からない」ということでした。

「1対1」から「集団」へ

1対1の関係性と「不文律」。
それが下級生への負担につながったのではと聞くと「生徒間でのことが見えなくなっていた部分もあったと反省している」と話しました。

そしてこれまでの見直しで、「正しいかどうか判断する人が1人しかいなくなる(広報担当者)」1対1の指導を、より透明化・客観化できるようグループ単位での指導に変更したほか、電車へのあいさつなどもほとんど見られなくなったとしています。
一方、学校にはいま「なぜ伝統をつぶすのか」という、見直しに反対する声も相次いで寄せられています。学校側は「見直しは長年にわたって行ってきたもので、いまの生徒たちが関係しているわけではない」としたうえで、今後について次のように話しました。
宝塚音楽学校 広報担当者
「舞台人としての指導をすることに変わりはありません。団体として1つの舞台を作り上げるという性質から、協調性、あるいは上の方針に従うという要素はなくすことはできず、制約なしに自由気ままな学校生活ということにはなりません。ただ、時代が変わっていることも踏まえながら、是々非々で、改善を進めていきたいと考えています」