なぜ? 中国で「食べ残し」禁止令

なぜ? 中国で「食べ残し」禁止令
中国の習近平国家主席が8月、全国民に向けて、ある「重要指示」を出しました。何に関する指示でしょうか。税制に関する指示?それとも金融問題?あるいは外交問題?実はそのどれでもなく、答えは“食べ残し”に関する指示でした。いったいどういうことなのでしょうか。(中国総局記者 大山吉弘)

きっかけは、習主席の“号令”

「光盤行動」
中国語で“皿の上の食べ物を残さずきれいに食べ尽くす行動”という意味の標語です。このところ北京でよく目にします。

きっかけは、習近平国家主席が、8月11日、国営メディアを通じて発した「重要指示」です。
「飲食の浪費現象は深刻で心が痛む!」
「皿の上の1粒1粒が、人々の苦労のたまものだと、
 誰が知っていることか(誰知盤中餐、粒粒皆辛苦)」
売れ残りや食べ残しなどによって食品が廃棄される「食品ロス」を断固阻止せよと、唐の詩人(李紳)の漢詩も引用しながら、国民に号令をかけたのです。

3000万~5000万人分の食料がむだに?

テーブルを囲んで大皿の料理を取り分けて食べるのが一般的な中国。メンツを大事にする中国の人たちは、ホストが客を丁重にもてなすことを示すため、会食の料理を多めに注文することが多くあります。結婚式の宴席などでは、食べきれない量の料理でもてなすのが当たり前。このため食べ残しが大量に出てしまいます。

中国科学院などが行った調査では、中国の都市部の飲食店で1年間に出る残飯の量は1700万から1800万トン。実に3000万から5000万人の1年分の食料に相当するというのです。

なぜいま 食品ロス阻止なのか?

実は、中国で食品ロスがクローズアップされるのは今回だけではありません。7年前の2013年にも習主席は同じような指示を出し、国民に浪費を戒めるよう求めましたが、十分に徹底されませんでした。

とはいえ、その後、中国で食料不足が起きたわけではありません。統計を見ても、主食であるコメ、小麦、トウモロコシの自給率は去年も98%。中国政府も、目下、食料の供給に問題はないと、繰り返し説明しています。

では、なぜ、いま改めて指示を出すのか。

その鍵は新型コロナウイルスです。感染拡大をきっかけに、中国が、食料安全保障への危機意識を高めていることが背景にあるとみられます。

コロナで予測不能に

中国は、主食の穀物は基本的に自給を達成しているとしているものの、輸入に頼らざるをえない農産物もあります。

その代表が、大豆です。実に消費の85%を輸入に頼っています。主な輸入国は、ブラジル、アメリカ、アルゼンチン。いずれの国も新型コロナウイルスの感染拡大の影響が深刻です。

また、このうち、アメリカとの関係は、「国交樹立以来、最悪の状況」(王毅外相)です。今のところ、輸入に実際の影響が出たとされてはいませんが、もしこれらの国々からの輸入がなくなれば中国の食料事情への影響は甚大です。
中国の食料問題に詳しい、中国人民大学の鄭風田教授は、「新型コロナウイルスの感染拡大以降、世界的な食料供給に『不確実性』が高まった。だから、中国政府としては、予測不能な将来に備えるためにも、農産物の生産を高める一方で、食料の浪費を防ごうとしている」と説明しています。

各地で対策も

習主席の“号令”を受けて、中国各地では、さまざまな対応が行われています。
新型コロナウイルスの感染拡大で需要が増えた「出前」。私たちが取材した北京ダックが自慢の店では、食べ残すことがないようにと、通常の半分のサイズにしたメニューが人気を集めていました。

サイズが半分になる分、価格は安くなるものの、人気となってリピーターが増えるなどしたため、利益は逆に以前より2割ほど増えたといいます。
このほか、店員が客に対して食べきれるだけ注文するよう個別に確認する店や、きれいに食べた人には食事の割引券を提供する店なども出ています。さらに、監視員を設置して巡回指導を行う役所の中の食堂や、客の人数より少ない料理しか注文ができないようにした地域の対策などが国営メディアで盛んに報じられています。

また、中国の動画共有サイトで人気を集めていた大食いを自慢する映像が、浪費を助長するものだとして、一部は削除されるといった事態まで起きました。

浪費は撲滅されるのか

ただ、これで実際に食べ残しがすぐに減るかは不透明です。

先ほど紹介した鄭教授も、「中国人は人をもてなすのが好きで、客が来ればテーブルいっぱいに料理を並べてしまう。これは習慣の問題であり、変えるにはとても長い時間がかかる」と指摘。キャンペーンとして呼びかけるだけでなく、法律など、より強制力を伴った対策をとるべきだとしています。
実際、中国の立法機関である全人代=全国人民代表大会は、食品ロスを防ぐための法整備の検討を始めたと伝えられています。

中国では、この夏、長江流域を中心にした豪雨災害で農業被害が出ているうえ、バッタの大量発生による被害も伝えられていて、食料安全保障をめぐるリスク要因は増えています。
「民は食をもって天となす(民以食為天)」
中国の人にとって食事がいかに大事かということを表すことばです。

今後、中国でもし深刻な食料不足が起きれば、共産党政権の統治を揺るがす事態に発展するかもしれません。習主席が今回のキャンペーンを始めた背景には、そうした事態を避けようと、食品ロスを防ぎ、自国の食料をよりしっかりと確保することで、外国への依存を減らしていこうというねらいがあるのでしょう。

14億の人口を抱える中国の食料問題は、世界の食料問題に直結し、当然、日本も無縁ではいられません。中国の人々の食の問題を、引き続き、北京から取材していきたいと思います。
中国総局記者

大山 吉弘

平成7年入局
政治部、国際部などを経て
去年から中国総局