アフガニスタン政府とタリバンが協議開始 停戦実現できるか

アフガニスタン政府とタリバンが協議開始 停戦実現できるか
2001年のアメリカ同時多発テロをきっかけに戦闘が続くアフガニスタンの和平に向けて、政府と反政府武装勢力タリバンによる初めての協議が中東のカタールで始まり、停戦の実現などに向けて合意できるかどうかが焦点となります。
カタールの首都ドーハで、12日、アフガニスタン政府と反政府武装勢力タリバンの双方の代表団が集まり、和平の実現に向けて初めての協議が始まりました。

協議は、ことし2月のアメリカとタリバンによる和平合意を受けて実現したもので、協議を前に開かれた式典には、アメリカからポンペイオ国務長官らが出席しました。

この中で、ポンペイオ長官は「多くの困難と犠牲を払いながらこの日を迎えることができた。この先も道のりは平たんではないが、この機会を生かせば和平は訪れるだろう」と述べ、和平の実現に期待を示しました。

アフガニスタンでは、2001年の同時多発テロをきっかけに、軍事作戦を続けるアメリカが和平合意を受けて軍の撤退を進める一方で、アフガニスタン政府とタリバンによる戦闘が、各地で続いています。

こうした中、協議では戦闘の終結を目指して議論が交わされるほか、新たな政治体制などについても話し合うとみられていて、停戦の実現などに向けて双方が歩み寄り、合意できるかどうかが焦点となります。

タリバン 結成から米との和平合意までの経緯

タリバンは、旧ソビエト軍撤退後の内戦で国内が疲弊していたさなかの1994年にアフガニスタン南部で結成されました。

タリバンとはイスラム教を学ぶ「神学生」という意味で、隣国パキスタンのイスラム神学校で教育を受けた学生たちが「真のイスラム国家の樹立」を掲げて結成しました。

勢力を急速に拡大しながら、2年後の1996年には首都カブールを制圧して政権を樹立し、国土のほとんどを支配下に置きました。

イスラム教を極端に厳しく解釈した政策をとり、女性の就労や教育を制限したほか、2001年には「偶像崇拝はイスラム教の教えに反する」として、世界的な仏教遺跡であるバーミヤンの大仏を爆破し、国際的な批判を浴びました。

2001年のアメリカ同時多発テロ事件では、首謀者である国際テロ組織アルカイダのオサマ・ビンラディン容疑者の身柄の引き渡しを拒否したため、アメリカ軍などがアフガニスタンへの軍事作戦に踏み切り、タリバン政権は崩壊しました。

しかし、政権崩壊後、タリバンの一部の勢力は拠点のあった南部カンダハルを中心に態勢を立て直したり、隣国パキスタンとの国境地帯に潜伏したりして、戦闘能力を増強しました。

そして、2014年にアフガニスタンに駐留する国際部隊の大部分が撤退したのをきっかけに、その隙を突くように勢力を盛り返し、テロや襲撃を繰り返すようになりました。

その一方で、タリバンは2013年に、中東カタールの首都ドーハに対外的な窓口となる事務所を開設し、アフガニスタンの和平に向けて、当時のアメリカのオバマ政権と水面下で接触を続けたほか、2018年からはトランプ政権と和平交渉に向けた協議を行い、ことし2月、アフガニスタンに駐留するアメリカ軍の完全撤退を含む和平合意に署名しました。

カブール市民 期待と不安の声

アフガニスタン政府と反政府武装勢力タリバンが和平に向けた協議を始めたことについて、首都カブールの市民からは期待と不安の声が聞かれました。

このうち、30代の自営業の男性は「和平協議を歓迎します。戦闘が続く中、多くの人たちが職を失い、若い人たちを中心に海外へと避難しています。こうした状況を一刻も早く変えるためにも、協議がうまく進むことを願っています」と話していました。

また、20代の会社員の男性は「私たちは長い間、紛争と暴力によって犠牲を強いられ、国は大きな打撃を受けてきた。今こそ、政府とタリバンが団結して、流血の事態を食い止め、和平を実現してもらいたい」と話していました。

一方、女性からはタリバンの復権を懸念する声が多く聞かれました。

このうち、30代の女性は「和平協議には女性の参加が少なく、協議の行方を懸念しています。タリバンはかつて女性の就職や教育を受ける権利を制限しました。将来、政権を握ることで、再び権利が侵害されないかとても心配です」と話していました。