守れるか「日本の技」 三味線に迫る危機

守れるか「日本の技」 三味線に迫る危機
歌舞伎をはじめ古くから伝わる伝統芸能の公演が、新型コロナウイルスで相次いで中止や延期になり打撃を受けています。影響は、役者にとどまりません。伝統芸能を裏方として支えてきた職人たちや中小の企業が窮地に陥っています。代々受け継がれ、大切に守られてきた「日本の技」はどうなってしまうのでしょうか。苦悩する三味線メーカーの現状報告です。(経済部記者 長野幸代)

創業135年 三味線の最大手

東京 八王子市にある「東京和楽器」。最大手の三味線メーカーで、業界関係者で知らない人はいないと言われています。国内で生産される三味線の半数以上は、この会社から出荷されています。プロの演奏家が使う三味線も数多く手がけています。
代表は80歳になる大瀧勝弘さん。祖父の力太郎さんが明治18年(1885年)に三味線の胴の部分を作る会社を創業したのが始まりで、135年の歴史があります。大瀧さんも高校を卒業してすぐ会社に入り、三味線一筋の人生を送ってきました。

職人17人が支える工場

工場は3階建て。木材を切ったり削ったりする音が響きわたる中で、17人の職人が黙々と作業していました。
作業場に所狭しとならぶ機械は135台。すべて三味線を作るために開発されたオリジナルの機械です。職人はこの機械を使いこなして三味線を作り、最後に熟練の手作業で仕上げるそうです。
三味線作りはとても複雑です。例えば「棹(さお)」と呼ばれる部分。ここを“磨く”だけで、ざっと20の工程があり、熟練の職人でも3日かかる難しい作業です。職人は一人前になるまで、最低10年の経験が必要と言われています。

“コロナ廃業”の危機

熟練の技術に支えられるこの三味線メーカーが、今、廃業の危機にひんしています。

新型コロナウイルスの感染拡大で、3月ごろから三味線を使う舞台や公演、演奏会が軒並み中止。東京文化財研究所の調査によると、7月20日までに延期・中止された伝統芸能の公演は、確認されたものだけで3363件に上っています。
取引先の小売店も休業したことで、新規の注文や修理の依頼がなくなり、売り上げがほとんどない状態になりました。

代表の大瀧さんは、借金をして従業員を雇い、工場の操業を続けました。しかし、感染収束の見通しが立たず、廃業せざるをえないと考えました。
東京和楽器 大瀧代表
「5月11日に、従業員のみんなに会社をやめる、廃業するという話をしました。若い人たちはびっくりして、自分たちはどうすればいいんですかと聞かれました。生活がかかっているから当然ですよね。でも借金が増えていくことが一番心配で、年齢(80歳)のことを考えると、借金はここで止めなければいけない。税理士さんからも長く商売を続けていくのは難しいとアドバイスがあり、店を閉める決断をしました」

三味線がなくなる…

背景には、需要の縮小もありました。全国邦楽器組合連合会によりますと、1970年には1万4500丁の三味線が生産されていましたが、2017年には1200丁まで減少。ことしは600丁ほどに減るとみられています。需要の縮小で三味線を作るメーカーは、すでに数えるほどしか残っていません。
そうした中で、最大手の廃業を聞き、今のうちに在庫を確保しておこうという駆け込みの注文が相次ぎました。会社は廃業を先延ばしにして、今は追加の注文に対応しています。とはいえ大瀧さんは、注文がずっと続くわけではない、と考えています。
東京和楽器 大瀧代表
「うちしか対応できない修理もあるので、取引先から『頑張ってくれよ』と言われると、とても責任を感じます。でも、注文がなければ頑張りようもない。続けられるのであれば続けたいという気持ちはありますが、どうすればよいか、ずっと悩んでいます」

途切れたら継承は難しい

三味線は、日本の古典芸能や民族芸能に最も広く使われている楽器の1つです。メーカーの廃業は伝統芸能の継承にも影響すると、専門家も心配しています。
東京文化財研究所 前原恵美 無形文化財研究室長
「メーカーから三味線を仕入れ販売する小売店にも、演奏家や愛好家にも影響が及びます。コロナと共存しながら公演の再開を軌道に乗せることも危うくなるのではないかと心配しています。機械を導入し、従業員を抱え、まとまった需要に素早く応じられるメーカーは、これまでの民謡ブームや津軽三味線ブームの際に力を発揮しました。メーカーを失えば、すそ野を広げるチャンスも逃すことになるかもしれません」
三味線や琴など和楽器のメーカーや小売店の団体も危機感を募らせています。
全国邦楽器組合連合会 光安慶太 理事長
「もともと需要が減少していたところに、コロナが追い打ちをかけている。今後、廃業だけでなく倒産する企業も出てくる可能性がある。会社がなくなってしまえば、職人の技術の継承が途切れてしまいます」

なんとか存続を 演奏家たちも動く

廃業せず、なんとか存続してほしいという声は止まりません。
人気の音楽グループ「和楽器バンド」は、8月から所属する事務所やレコード会社とともに、日本の伝統文化をサポートする募金活動を始めました。ライブの収益の一部を寄付し、ライブの会場やインターネットでファンにも募金を呼びかけ、およそ400万円を集めました。
和楽器バンド
「楽器があってこそ自分たちは活動できます。われわれには、なくてはならない人たちです。職人さんの高年齢化や、若者離れに、コロナウイルスの影響が重なって、苦境に立たされる和楽器業界に、なんとか、ふんばっていただきたいと感じています」
日本の伝統文化を支える職人の技を守り伝承することが、新型コロナで一層難しくなっています。舞台裏の苦悩を解決するすべはあるのか。日本の伝統に対する向き合い方を、私たちに問いかけていると思います。
経済部記者
長野 幸代
平成23年入局
岐阜放送局、鹿児島放送局を経て経済部