“停電に奪われた命” ~千葉・台風15号の教訓は生きるのか~

“停電に奪われた命” ~千葉・台風15号の教訓は生きるのか~
停電によって、人の命が奪われてしまう。そんな信じがたいことが起きたのが、ちょうど1年前の去年9月9日、記録的な暴風が千葉県を襲った台風15号でした。現代社会の弱点をつくような“新たな災害”とも言える大規模な停電に、備える方法はあるのか。全国で台風による停電の発生が課題になる中、台風15号を教訓に対策が進む千葉県各地の現場を、訪ね歩きました。(社会部記者 佐野豊)

停電下で亡くなった女性 いったい何が…

渡邉典子さんです。台風15号が千葉県を襲った3日後、停電が続く中で、熱中症の疑いで亡くなりました。82歳でした。

なぜ、渡邉さんは亡くならなければならなかったのか。入所していた千葉県君津市の特別養護老人ホーム「夢の郷」が取材に応じ、詳細を語ってくれました。取材でわかったことは、「複数の施設の停電」で、渡邉さんの命が奪われていたことでした。

終わらない停電 病院でも治療できず…

台風15号が千葉県を直撃した去年9月9日の午前3時、施設は停電と断水に襲われました。ただ、施設では、すぐに復旧すると考えたと言います。停電が始まった翌日の10日、東京電力が「10日のうちに99%の地域で復旧する」と見通しを発表したからです。
気温が30度を超え、エアコンも使えない中で、なんとか電気の復旧まで乗り切ろうと、冷たい湧き水を含ませたタオルを入所者の首に巻くなど必死の対応を行いました。しかし、東京電力の説明に反し、一向に停電は復旧しませんでした。

渡邉さんが高熱を出し、ぐったりとした状態で見つかったのは、翌11日の朝。すぐに救急車を呼び、搬送されましたが「停電中で十分な治療をできない」として5か所の病院に断られてしまったのです。

入院できたのは最初の搬送から6時間後。渡邉さんはその後、症状が回復しないまま、亡くなってしまいました。
「夢の郷」の理事長の天笠寛さんは、当時のことを悔やみます。
天笠寛さん
「停電で、まさかここまで大変になるとは最初は感じることができていませんでした。お亡くなりになったと聞いて、大変なことになったと感じました」

「電力トリアージ」 見えてきた希望?

あれから1年。渡邉さんのような犠牲を出さないためには、どうすればいいのか。取材する中で注目したのが、千葉県が進めている「電力トリアージ」です。
「電力トリアージ」に必要なのは、電源車。停電した病院や福祉施設などに電気を供給する車で、東京電力など電力会社が所有し、県や自治体などの要請に基づいて派遣されます。

しかし、台風15号の当時の混乱の中で、命に関わる施設への派遣が遅れました。「夢の郷」に電源車が到着したのも、渡邉さんが亡くなった翌日でした。

こうした教訓から始まった、千葉県の「電力トリアージ」。

必要な施設に、速やかに電源車を届けようと、配備する施設の優先順位をつけました。優先順位は、次の4段階です。
▽特A=人工呼吸器などを使用する人がいる施設
▽A =非常用発電機の稼働時間(燃料満タン時)が1日未満の施設など
▽B =非常用発電機の稼働時間(燃料満タン時)が1日~3日未満の施設など
▽C =その他の施設

調査を進めた結果、すべての調査は終わっていませんが、特Aがおよそ170か所でした。

台風15号で千葉県内に配備された電源車は300台余り。特Aの施設にこの台数を優先的に回せば、電源がまかなえる可能性があることがわかりました。

「電力トリアージ」の課題 助けられない施設も…

しかし、課題もあります。
この区分では、渡邉さんの入所していた「夢の郷」は、Aに当たるとみられます。つまり、Aの施設も、人命のリスクがありますが、およそ2000か所にものぼったのです。配備が予想される電源車だけではとても足りず、実際には難しい判断が迫られることが予想されるのです。

調査を進めて限界が見えてきた、「電力トリアージ」の課題。千葉県は、電源車だけで、すべての施設に対応するには、限界があると考えています。
千葉県 久本修課長
「電源車の数には限りがある。停電が千葉県全域で長期化した場合、圧倒的に足りない。電源車が来ないことを念頭にそれぞれの施設で停電対策を進めることが重要だ」

停電を防ぐ対策 「予防伐採」とは

それでは、そもそも停電が起きないようにできないのか?
そのような疑問から対策を調べてみると、千葉県南部のいすみ市が、他の自治体に先駆けた取り組みを進めていました。
「予防伐採」です。
「予防伐採」は、台風15号の停電の大きな原因だった「倒木」の対策で、電線の近くの木を、停電の予防のためにあらかじめ伐採しておくものです。

鉄塔や電柱の倒壊は映像が派手で印象に残りやすいのですが、実は、千葉県内で1750か所にのぼった電柱の被害のうち、1300か所余りは、「倒木」によるものでした。(一部倒壊住宅によるものを含む)
この倒木の原因をあらかじめ取り除いてしまうのですから、停電対策として、大きな効果を発揮することが期待されます。

ことし、いすみ市は、病院や高齢者施設など、命に関わる施設に通じる送電ルートにある19か所を抽出し、「予防伐採」を進めています。

「予防伐採」の課題 荒れ果てる山林

なぜ、予防伐採が必要なのか。

いすみ市で40年近く林業に携わってきた平野照夫さんに山林を案内してもらうと、その一端が見えてきました。
現地に着くと、まず目に入ってきたのは根から折れたり、幹の途中から折れたりした無数の杉の木。1本1本は細め、しかし間隔は狭く、混み合っている印象です。この、ほとんど管理されていない山林こそが、倒木による停電のリスクとなっているというのです。
平野照夫さん
「昭和の時代に植林された木が、間伐されなくなったんです。だから背だけが高くなっている。間伐しないと根が弱くなる、強い風が来たら倒れやすくなっている。そうした私有林が多い。そういうところだらけといってもいい」

「予防伐採」の課題 膨大な費用負担が…

管理されていない山林が年々増える現状に対し、いすみ市のように「予防伐採」に踏み切れる自治体は、まだ少ないのが現状です。膨大な費用負担に加え、自治体からは、「予防伐採」の補助制度が使いにくいという声が出ているからです。

国は、電線や電柱の近くの森林の間伐を自治体が行う場合に補助を出していますが、伐採した場所に再び植林をすることが条件になっているなど、「予防伐採」には使いにくくなっているというのです。

さらに、電線や電柱を管理する東京電力も、日ごろから電線に触れそうな森林を伐採する「保守伐採」と呼ばれる作業は行っています。ただ、原則、倒木の被害を防ぐための伐採は行っておらず、自治体などの「予防伐採」の費用を負担しないというのが基本的な考え方です。
そんな中、「予防伐採」に踏み切った千葉県いすみ市。台風シーズンまでに危険性の高いところだけでもと、全額を負担して行うことになりました。

予算は、19か所で3000万円。太田洋市長に取材すると、「市の財源だけでまかない続けるのは限界がある」と、財政負担に対する苦しい胸の内を明かしました。
いすみ市 太田洋市長
「国・県・市町村・東京電力をいれた4者の協力のもと、スムーズに予防伐採が行えるように補助制度、支援制度をぜひ加えて、財源措置をとってほしい。生活インフラを守ることは共通のテーマだから、いすみ市だけがやるのではなくて広域的連携を進め、みんなで進めていくのが重要だ」

施設は「助けは来ない」前提に対策も

台風15号から1年たってもなかなか対策が進まない中、入所者が犠牲になった君津市の特別養護老人ホーム「夢の郷」は、自力での対策を始めています。
まず、施設が購入を決めたのは大型の非常用発電機。燃料を満タンにしておけば、3日間、施設の運営に支障がないレベルの電力を供給することができるものです。

国の補助金を利用しても費用の負担は4000万円以上にのぼりました。
燃料の確保に向けた準備も進めています。台風15号では物流が滞るなか、ガソリンスタンドに長蛇の列ができました。このため、近隣のガソリンスタンドと、優先的に燃料を供給してもらう協定を結びました。

台風15号と同じ轍は踏まない。理事長の天笠さんはそんな思いで備えを進めているといいます。
天笠理事長
「電源車が来てくれるか、くれないかは不確実でわからない。出費は大きいが人の命には替えられない。高齢者、病気を持つ人がいる施設では早く対処をしないと本当に取り返しがつかない。運営上で考えると費用負担の苦しさ、大丈夫かなという部分はあるが、あのときの経験を今後につなげないといけないと思っている」

台風15号の教訓は生きるのか

停電対策の現場を訪ね歩く中で、行政も電力会社も施設も、今できる範囲の取り組みを進めようとしていると感じました。ただ、それでも対策は十分とは言えません。

つい先日も、台風10号によって九州などで大規模な停電が起きただけに、身近にある危機として停電をとらえ、行政や地域が一体となって施設を支援するなど、従来の枠組みにとらわれない対策を進めることが必要だと思います。
社会部記者
佐野豊
平成18年入局。千葉局所属時の台風15号発生当初から、被災地の取材にあたる。