原発事故から9年半 ふるさとへ帰還できず死去 2600人余 福島

原発事故から9年半 ふるさとへ帰還できず死去 2600人余 福島
東京電力福島第一原発の事故の発生からまもなく9年半です。福島県では今も避難指示が続く「帰還困難区域」から避難した住民のうち、ふるさとへの帰還がかなわぬまま亡くなった人が少なくとも2600人余りに上っていることがNHKの取材で分かりました。
福島第一原発周辺にあり、福島県内の7つの市町村にまたがる帰還困難区域は、今も放射線量が比較的高く避難指示が続いていて、居住は認められていません。

この区域には、原発事故が起きた平成23年3月の時点で、2万6500人余りが暮らしていましたが、NHKが自治体に取材したところ、避難してから先月までのおよそ9年半の間に、少なくともおよそ1割に当たる2670人が亡くなったことが分かりました。

市町村別では、
▽大熊町が895人と最も多く、
次いで
▽双葉町が792人、
▽浪江町が576人、
▽富岡町が362人、
▽飯舘村が32人、
▽葛尾村が12人、
▽南相馬市が1人で、ふるさとへの帰還がかなわぬまま亡くなる人が増え続けています。

帰還困難区域について、政府は、一部を「特定復興再生拠点区域」に指定し、2年後から3年後にかけて避難指示を解除できるよう、除染やインフラ整備を進めていますが、残る92%の面積を占める地域では解除に向けた具体的な方針を示しておらず、住民からは、一日も早い解除を望む声が高まっています。

遺族「無念の死が増える 政府は具体的な方向性を」

帰還困難区域に指定されている富岡町小良ヶ浜地区の住民、佐藤健治さんは去年5月、避難先のいわき市で75歳で亡くなりました。

左官職人や建設作業員として働いていた佐藤さんは、原発事故の前、妻と息子夫婦、孫2人の3世代6人で暮らしていて、コメ作りや孫の世話が何よりの生きがいだったということです。

しかし、事故によって、息子の家族と離れて避難せざるを得なくなり、次第に体調が悪化していきました。

ふるさとの小良ヶ浜地区は「特定復興再生拠点区域」に含まれていないため、避難指示解除の見通しすら示されていません。

息子の忠一さん(47)によりますと、佐藤さんは生前、「自宅に戻りたいが戻れないもんな」と無念の思いを口にしていたといいます。

政府は、帰還困難区域について、「たとえ長い年月を要するとしても、将来的にすべてを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組む決意」だとしていますが、忠一さんは「このままでは、父と同じような思いで亡くなる人が増える一方だ。政府は具体的な方向性を早く示してほしい」と話しています。