反トランプの勢いか?逆転劇の再来か?~米大統領選挙~

反トランプの勢いか?逆転劇の再来か?~米大統領選挙~
アメリカ大統領選挙は共和、民主両党の党大会が幕を閉じ、投票まで後2か月を切った。選挙戦は「トランプVSバイデン」というより、「トランプVS反トランプ」の様相を呈している。民主党側の原動力はトランプ大統領に対する怒りや反発だ。反トランプ氏のうねりは、新型コロナウイルスの感染拡大と人種差別の抗議活動で高まり、バイデン氏はその勢いに乗って、トランプ氏の再選を阻止する戦略だ。一方、トランプ大統領は人気の根強さをみせ、4年前と同様、世界を驚かせた逆転劇の再来をねらっている。(ワシントン支局 油井秀樹支局長)

トランプ政権下で進行する危機

民主党の党大会で大統領候補に正式に指名されたバイデン氏は、トランプ政権下で進行する危機を強調した。国の存亡にかかわるとして、みずからが暗黒のトランプ時代に終止符を打ち、光をもたらすと訴えたのだ。
バイデン前副大統領(民主党)
「現在の大統領は、アメリカを暗闇で覆い、怒り、恐怖、分断をもたらした」
「最悪の危機が同時進行中だ。今世紀最悪のパンデミック、大恐慌以来の最悪な経済危機、人種差別に対する正義を求める強い訴え、そして気候変動の加速的脅威」
バイデン氏は新型ウイルスの感染拡大へのトランプ大統領の責任を追及する姿勢を強めている。トランプ大統領の対応への国民の根強い批判を受けて、大統領選挙の最大の争点に据えたようだ。

「大統領が専門家の意見に耳を傾けず対策を怠った。18万人を超える死者と経済崩壊の責任がある」と非難している。
反トランプのうねりを追い風にしてきたバイデン氏。全米での世論調査では、この半年間、一貫して支持率でトランプ大統領をリードしている。

数字はあるが熱気がない

だが支持率の数字が高くても熱気が低いと言われるのがバイデン氏の支持者だ。

その大半はバイデン氏を積極的に支持しているというより、トランプ大統領が嫌だという理由で結集している。トランプ大統領が岩盤支持者とも呼ばれる熱狂的な人たちに支えられているのとは対照的だ。それは世論調査からもうかがえる。
バイデン氏は民主党の大統領候補を決める予備選挙を最終的に勝ち抜いたものの、その勝利は危ういものだった。

事前の世論調査で支持率はトップだったが、「古い政治家」「新鮮味がない」と酷評され、大統領候補に選ばれると事前に予測した専門家は意外に少なかった。それだけ魅力に欠けていたと言える。

ただバイデン氏の最大の長所は「嫌われ者ではない」という点だ。

前回の大統領選挙ではトランプ氏もクリントン氏も好きではないという有権者は少なくなく、「嫌われ者どうしの戦い」ともやゆされた。

熱狂的なファンは少ないものの、嫌われてはいないバイデン氏であれば、反トランプの受け皿として、国民に広く受け入れられるのではないか。そんなねらいが民主党にある。

根強いトランプ人気

新型ウイルスをめぐるトランプ大統領への批判は共和党内でも高まった。ことし5月には「トランプに反対する共和党有権者の会」が結成。そのウェブサイト上には、9月1日現在で660人の共和党員がビデオメッセージを寄せ、トランプ大統領に失望した理由を語っている。
しかし、世論調査(ギャラップ社)によれば、共和党内のトランプ大統領の支持率は90%と今も高い。ことしに入ってからも大きな変動がなく、共和党内のトランプ人気は、依然、根強いという見方が支配的だ。

なぜか。

トランプ大統領に反対する人たちは共和党を離れ、党内に残っているのはトランプ支持者だからだという指摘もあるが、おおかたはトランプ大統領が共和党の支持者が求める政策を着実に実行した結果だという見方だ。

大型減税、保守派の裁判官指名、イスラエル寄りの政策、人工妊娠中絶への明確な反対。なかには歴代の大統領が「国の分断を深める」、「国際社会の反発を招く」と見送ってきた対応も少なくない。それを躊躇せずに行動に移したトランプ大統領が良くも悪くも”有言実行”の大統領として共和党支持者の心をつかんできたと言える。

トランプ大統領のレッテル貼り

「実績のアピール」に加えてトランプ大統領が巻き返しの戦略の柱に据えるのが、徹底的な民主党非難だ。

共和党大会の指名受諾演説では「バイデン氏が大統領になれば国は崩壊する」として、自分とバイデン氏の違いを二者択一で示し、有権者に選択を迫った。得意の「レッテル貼り」だ。
これらのレッテルは決して正確ではない。
バイデン陣営はうその主張だと激しく反発している。だが「選挙の焦点を移し替える効果があれば十分だ」と共和党の関係者は語っている。

この関係者によるとねらいは選挙の構図を「トランプVS反トランプ」から「トランプVSバイデン」の本来の姿に戻すことだという。有権者の関心がバイデン氏や民主党の政策に移れば、いったんはトランプ大統領に嫌気を差した人も「本当にバイデンの方が良いのか」と考え直す機会になる。そうなれば共和党穏健派や無党派層の支持を取り戻せる可能性があるというのだ。そのために有効なのは、民主党を「過激な左派」と喧伝し、危険なイメージを植え付けることだという。

トランプ大統領自身は「法と秩序」をスローガンに掲げ、人種差別の問題でも一貫して警察の立場を擁護し、安全を守る強い指導者像をアピールしている。これには実は女性票の獲得につなげたい思惑もある。主に郊外に住む女性は治安の問題に関心が高く、都市部の犯罪率の上昇に懸念を示す人が多いというのだ。

また意外かもしれないが、陣営は黒人票の獲得にも期待を寄せている。黒人は民主党支持者が多いが、社会の安定などを重視する保守的な考えの持ち主も多いという。共和党大会では登壇した演説者に黒人と女性の姿も目立ったが、共和党関係者は「共和党は決して白人だけの党ではないと印象づけ、民主党から黒人と女性の票を少しでも奪えれば成功だ」と話す。

トランプ流 “ドブ板選挙”

トランプ大統領は、激戦州に足を運び、有権者に直接語ることも重視している。いわばトランプ流の“ドブ板選挙”で、みずからの支持者を勢いづかせ、選挙に向けた熱気を広げるねらいだ。

本来、地道な選挙運動は民主党のほうが活発だった。有権者の家を一軒一軒訪ねる戸別訪問で支持を訴えてきた。だが民主党の運動は新型ウイルスの感染拡大で一変し、オンライン中心となっている。バイデン氏は大規模な集会は開かず、自宅の地下室を拠点にオンラインで発信してきた。

当初は民主党大会では開催地のウィスコンシン州で指名受諾演説にのぞむ予定だったが、結局、断念した。同州は前回の選挙でトランプ氏が僅差で勝利したものの、その前は20年以上民主党が制してきた州で、民主党にとっては今回は奪還必須の重要州だ。だがバイデン氏は現地を訪れず、逆にトランプ大統領、ペンス副大統領、トランプ大統領の息子たちが相次いで同州入りし、こう喧伝した。

「民主党はウィスコンシン州を軽視している。共和党は違う」
これに対抗するためか、バイデン氏も党大会終了後、激戦州の訪問を始めると発表した。ただその頻度は、トランプ大統領、ペンス副大統領に比べると少ない。

またトランプ陣営が主催するような大規模集会でもなく、新型ウイルス対策を重視した参加者限定の催しが多い。民主党の関係者は「民主党の支持者はウイルスの感染拡大を懸念している人が多い。大規模な集会を開くのが良いというわけでもない」と解説する。

終盤戦 波乱の戦い

アメリカ大統領選挙でよく用いられる格言がある。
Democrats fall in love, Republicans fall in line.

「民主党支持者は(候補に)恋に落ち、
 共和党支持者は(候補に)歩調を合わせる」
過去の選挙を見ると民主党の場合、カーター氏、クリントン氏、そしてオバマ氏の時、支持者が「候補と恋に落ちて」選挙を勝利に導いたと言われている。

しかしバイデン氏はそういう候補には見えない。

だが民主党の関係者は「この格言が間違っていることが今回、証明される」と自信を示す。「選挙はトランプ大統領の信任投票だ。今回は恋よりも怒りのほうが強い」と指摘し、反トランプの結束は揺るがないというのだ。
一方、トランプ陣営は9月と10月に3回開かれるテレビ討論会で形勢を一気に逆転させたい構えだ。トランプ大統領とバイデン氏の直接対決の場となる討論会こそ「トランプVS反トランプ」ではなく「トランプVSバイデン」の構図を固める絶好の機会だと見ている。

大統領選挙はすでに一部で郵便投票が始まり、佳境に入っている。全米での支持率はバイデン氏がリードを維持しているが、肝心の激戦州での支持率の差は縮まっていてトランプ大統領が追い上げを見せている。

両者の戦いは互いの誹謗中傷も含めて激しさを増し、大幅に増える見通しの郵便投票は開票の混乱を招くことも予想される。

ことしの選挙はかつてない波乱の戦いとなりそうだ。
ワシントン支局長

油井 秀樹

1994年に入局。2003年のイラク戦争では、アメリカ陸軍に従軍し現地から戦況を伝えた。
ワシントン支局、中国総局、イスラマバード支局などを経て、2016年から再びワシントン支局で勤務。
2018年6月から支局長に。