どうする!?駐在員 ~アメリカ ビザ制限の波紋

どうする!?駐在員 ~アメリカ ビザ制限の波紋
「アメリカの労働市場にリスクとなる外国人の入国を停止する」
6月下旬、アメリカのトランプ政権は、突如そう宣言し、一部の就労ビザの発給を年末まで停止することを決めた。影響は日本企業に幅広く及んでいるほか、おひざもとのアメリカ国内からも異論の声が上がっている。(国際部記者 藤井美沙紀)

経営が立ち行かなくなる

「正直とても驚き、日本の本社と相談しながらあたふたした」
アメリカ・ジョージア州にある住友重機械工業の現地法人の石川勝博社長は、宣言が発表された当時の気持ちを率直に語る。およそ120人の社員のうち、本社からの駐在員5人が発給停止の対象となった「L-1」と呼ばれるビザを利用しているためだ。
発給停止によって後任が来られなくなり、帰国ができなくなっている社員がいるという。5人はそれぞれ営業や技術の責任者などを務めていて、誰1人欠くことができないポジションだ。ところが、このままでは冬にはビザが切れて後任を待たずに帰国を余儀なくされる社員が出てしまいかねない。
石川社長
「日本の最新技術をアメリカの社員に正確に説明するには、駐在員は欠かせない。今の状況が長期化すると駐在員が誰もいなくなり、実際、経営がたちゆかなくなるのではないかと懸念している」

懸念は多くの企業に広がる

今回、発給停止の対象になったビザは、大きく4種類ある。
「H-1Bビザ」…ITなどの技術者・専門職
「H-2Bビザ」…季節労働者(農業除く)
「Lビザ」…企業内転勤(現地法人の転勤者など)
「Jビザ」の一部…インターン・教員など
ホワイトハウスの発表文では、アメリカの労働者が海外からの労働者との雇用の競争にさらされているとしたうえで、「新型コロナウイルスによる景気後退のなかで、特定のビザはアメリカの労働者の雇用にとって並外れた脅威をもたらす」と政策の理由を説明している。発給停止は年末までとしているが、必要に応じて延長されることもあるという。
JETRO=日本貿易振興機構が発表直後に行った調査では、今回のビザの発給停止によって駐在員の赴任などに支障が出ると答えた日系企業は308社と、全体の3割余りにのぼった。影響が出る人数は1400人余り。

「現地事務所の人員が不足している」とか「異動計画が狂った」といった声があったほか、「事業規模の縮小を検討する必要がある」といった深刻な声も聞かれた。

対象外のビザでも…

影響は、発給停止の対象になっていないビザにも及んでいる。

神戸市の自動車部品メーカー、安福ゴム工業は、アメリカのジョージア州とネブラスカ州にそれぞれ工場を持ち、日系の大手自動車メーカーにゴム部品を納入している。この夏、アメリカでの経済活動が再開し、受注も回復傾向をたどる中、発給停止の対象になっていないビザを取得し、現場の監督を担う責任者の増員を試みた。
ところが、感染拡大の影響で日本のアメリカ大使館・領事館で必要な面接などができず、ビザの取得を断念せざるを得なかった。急きょ、電子渡航認証システム=ESTAを活用した短期入国で8月に社員を派遣したが、この方法では90日以内の滞在しかできず、現地の工場の責任者として働くこともできない。それでも、現地の最新情報を得ようと派遣を決めた。
尾田社長
「いろいろと不安定な要因が多いので、日本から現地調査をさせるために社員を派遣した。ビザの問題は、グループ全体でできることをやっていくしかないという思いだ」
アメリカ大使館・領事館は、7月以降、発給停止の対象ではない一部のビザに関するサービスを順次再開している。しかし、申請は多く、時間がかかっているという。

大使館は、「最善を尽くしているが、処理できる数が非常に限られている」と説明する。

懸念はアメリカ国内からも

「アメリカ人の雇用を守るため」だという今回の措置。しかし、海外からの人材が入りにくくなっている現状には、アメリカの企業側からも不満の声が上がっている。
アメリカ・ペンシルベニア州に本社を置くスタートアップ企業、デュオリンゴは、主に外国語を学ぶためのアプリなどを手がけている。300人余りの社員のうち、およそ20%が技術者を中心とした外国人で、発給停止となった「H-1B」などの就労ビザを使っているという。

発給停止が長引いた場合、カナダに拠点を設けるなどの対応を迫られることになると危機感を持っている。
クリスティーン・ロジャーズレーチさん
「そもそも私たちの会社は2人の移民がアメリカにやってきて設立した会社で、今、アメリカに300人の雇用をもたらしている。“アメリカの雇用を守る”という政策は、実際には反対の結果を生んでいて、このままでは、海外の人材を積極的に受け入れている私たちのような企業は、優秀な人材を求めて他の国に目を向けなければならなくなる。アメリカにとって長期的な問題になる」
こうした声は少数意見ではない。

アメリカの全米商工会議所は声明を出し、「企業が必要な労働力を確保するためには、国内外から人材を獲得することがかかせない。労働者の入国を禁じる政策は、アメリカの経済成長や雇用創出を損なう」と主張する。

大統領選挙の結果次第で…

新型コロナウイルスの感染拡大は、世界中で国境をまたぐ行き来を困難にし、観光客やビジネスパーソンの移動が広く影響を受けている。今回のアメリカの措置は、国内の雇用を守ることを盾に、入国にさらなる制限を加える形となったが、国内外から懸念や戸惑いの声が上がる。

ビザの発給停止は、11月のアメリカ大統領選挙に向けてトランプ政権が国内の支持率アップにつなげることをねらったものだという見方は多い。

このため、JETROは、大統領選挙の結果次第で変更の可能性があると見る。企業は、しばらく、最新の動きに神経をとがらせる必要がありそうだ。
国際部記者
藤井 美沙紀
2009年入局。秋田局、金沢局、仙台局を経て2019年夏から国際部。
主にアメリカを担当