コロナワクチン 臨床試験終了前に承認や投与の動き WHOが懸念

コロナワクチン 臨床試験終了前に承認や投与の動き WHOが懸念
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新型コロナウイルスのワクチンを、安全性や効果を確認する臨床試験が終わっていない段階で、例外的に緊急投与したり、正式に承認し、接種しようとしたりする動きが中国、ロシアで相次ぎ、アメリカでも緊急使用が許可される可能性があると、規制当局の責任者が明らかにしました。WHO=世界保健機関は「大勢の人に接種を急ぎすぎると有害な事象を見逃すことがある」と懸念を示しています。
新型コロナウイルスのワクチンをめぐっては先月、ロシア政府が国内で開発中のワクチンを、3段階ある臨床試験のうち、第2段階までしか終わっていない時点で正式に承認し、11月以降、医療従事者などを対象に、集団接種を開始するという方針を示しています。

また、中国政府も、医療従事者や検疫の担当者らを対象に、国内で開発中のワクチンの例外的な緊急投与をことし7月から始めたと、先月下旬になって明らかにしました。

さらに、今週になってアメリカも、医薬品の認可を担うFDA=食品医薬品局のハーン局長が、臨床試験が終わっていなくても緊急での使用を許可する可能性があることを、メディアとのインタビューで明らかにしました。

通常、ワクチンは3段階ある臨床試験で、安全性と効果を検証したうえで、正式に承認されますが、専門家はこうした段階を終える前に、一般の人に広く接種されることになれば、異例のことだとしています。
WHOで危機対応を統括するマイク・ライアン氏は会見で、ワクチンの使用を決めるのは各国の権利だとしながらも「大勢の人たちにワクチンを接種することを急ぎすぎると、少ない人数では得られない有害な事象を見逃すことがある。安全性や有効性は多くの研究結果から得なければならない」と述べ、ワクチンの承認にあたっては、一定以上の人数で臨床試験を行うことが不可欠だという考えを示しました。

新型コロナウイルスの世界的な流行が長期化する中、ワクチンへの期待が高まっていますが、専門家の多くは安全性や効果の検証が不十分なまま、性急な使用が行われることにならないか、懸念を示しています。

ロシア 大統領は安全性強調 安全性疑問視の声も

ロシアは先月11日、3段階ある臨床試験のうち、第2段階までしか終わっていない開発中のワクチンを、新型コロナウイルスのワクチンとして正式に承認しました。

プーチン大統領はみずからの娘も臨床試験に参加して、このワクチンを接種し、大きな問題は生じなかったとして、安全性を強調しました。

このワクチンは、半世紀余り前の1957年に旧ソビエトによって、世界で最初に打ち上げられた人工衛星の名前にちなんで「スプートニクV」と名付けられ、開発に携わっている政府系ファンド「ロシア直接投資基金」のドミトリエフ総裁は「当時と同じようにアメリカも驚くだろう」と述べ、アメリカを抜いて開発に成功したと誇示しました。

そして、ドミトリエフ総裁は、すでにサウジアラビアやフィリピンなど、世界のおよそ20か国からワクチンを提供するよう要請を受けているとしています。

ロシアの外交評論家のルキヤノフ氏は、NHKのインタビューに対して「最初にワクチンを開発した国が政治的にも経済的にも重要なアドバンテージを得ることになる」と述べ、国際社会における存在感を増すためにも、世界に先駆けて開発に成功することが何よりも重要だと指摘しています。

ロシア政府は、今週から4万人を対象に最終的な臨床試験を始めるほか、11月以降、医師や教師などへの集団接種を始めるとしています。

一方で、一部の世論調査では国民の54%が「ワクチンを接種する用意はできていない」と回答するなど、ワクチンの安全性などを疑問視する声は、国内でも少なくないとみられています。

中国 習国家主席 成功すれば「世界の公共財」に

中国政府はことし7月22日から医療従事者などを対象に、国内で開発中の新型コロナウイルスのワクチンの例外的な緊急投与を始めたとしています。

これは公衆衛生上の重大事案では、一定の範囲に限って緊急使用できるという中国の法律の規定に基づく措置で、対象は医療従事者や検疫担当者、出入国管理の関係者などに限られるとしています。

目的について国家衛生健康委員会科学技術発展センターの鄭忠偉主任は、国営の中国中央テレビで「まず特定の人々で『免疫のバリアー』をつくり、都市全体の運営を安定的に行う」と述べています。

中国メディアによりますと中国では現在、4種類のワクチンが最終の第3段階の臨床試験に進んでいて、緊急投与されているのはこのいずれかだとみられています。

習近平国家主席はワクチンの開発に成功すれば「世界の公共財」にすると表明し、ワクチンの提供によって、アフリカなど発展途上国を含む各国への影響力を強めようとしています。

緊急投与の背景には、多くの人に接種することで、いち早く安全性や効果を確かめるねらいもあるとみられます。

アメリカの専門家 許可され広く接種されれば異例の事態

アメリカの専門家は臨床試験を終えていないワクチンが国内で緊急使用を許可され、広く接種されれば、異例のことになると指摘しています。

ワクチンの歴史に詳しいルネ・ナヘラ博士によりますと、アメリカでは今から60年以上前の1950年代の初めに、当時、流行していたポリオ対策のため、開発中のワクチンの接種が臨床試験の一環として大規模に行われた例や、2018年に致死率の高いエボラ出血熱の流行が起きた際、人道的な理由から、正式に承認される前のワクチンが、感染リスクの高い人を対象に接種されたことはあるということです。

ただ、臨床試験が終わる前のワクチンの緊急使用を許可し、一般に広く接種されたことはアメリカではこれまでにないということで、今回、仮にアメリカでの緊急使用が許可され、広く接種されることになれば、異例の事態だとしています。

WHO「緊急使用は熟考を」

WHO=世界保健機関のチーフサイエンティスト、スワミナサン氏は記者会見で、ワクチンの承認は各国が主権を持って行うものだと強調する一方、「緊急使用の許可や承認は真剣に、熟考を重ねたうえで行うべきもので、軽々しく行うものではない」と述べ、慎重な姿勢を示しました。

ワクチン承認 日本の対応は

海外のワクチンを国内で承認する際、安全性などを確認するため、事前に健常者や患者に投与する臨床試験が行われます。

このデータを基に独立行政法人の「医薬品医療機器総合機構」で審査が行われ、安全性と有効性が認められれば、医薬品として承認され、保険が適用されます。

一方、緊急性が高いワクチンや治療薬については、日本と同様の承認制度がある海外の国で、すでに販売されている場合などに限って、審査の手続きを簡略化する「特例承認」という仕組みもあります。

新型コロナウイルスをめぐっては、ことし5月に治療薬の「レムデシビル」にこの制度が適用され、申請から3日で承認されました。

今回、新型コロナウイルスのワクチンが海外で開発された場合の承認の流れについて、厚生労働省は「特例承認の必要性の判断はケースバイケースになる」としたうえで、「患者に投与する治療薬と違ってワクチンは健康な人に打つので、より厳格に安全性を確かめる必要がある。いずれにせよ、安全性と有効性が確認された治療薬やワクチンを、できるだけ早期に国民に供給することを目指したい」としています。

緊急で使用したケースも

ワクチンは効果や安全性を確認し、国が承認してからでないと接種は行われませんが、これまでにはこのプロセスを簡略化する形で、ワクチンが緊急に使われたケースもあります。

通常の場合、ワクチンが承認されるには、安全性に問題はないかや、感染や重症化を防ぐ効果があるか、実際に人に投与して3段階の臨床試験で確認する必要があります。

臨床試験では、第1段階で少人数に投与して有効な量など基礎的なデータを集めたあと、第2段階で投与する人数を増やして、安全性や有効性があるか調べます。

ここまでで有望な結果が得られたものは最終の第3段階に進み、数百人から数万人に投与する大規模な臨床試験を行って、安全性や有効性を最終的に確認します。

ワクチンは健康な人に接種するため、感染の拡大を防ぎ、重症化する人を減らすというメリットが、副反応が出るデメリットを上回る時に接種が認められるもので、評価に時間がかかることもあり、開発の開始から承認されるまでには通常、5年から10年程度かかるとされています。

ただ、感染症の大規模な流行などで緊急な対応が必要になったケースはこれまでにもあり、1961年に国内で、手足がまひするなどの後遺症が残るポリオが流行した際には、当時の厚生大臣が旧ソ連からワクチンを緊急輸入して、承認のための審査を行わずに、およそ1300万人の子どもに接種する措置が取られました。

また、2009年に当時の新型インフルエンザが流行した時には、国はアメリカやヨーロッパでワクチンが承認されたことを受けて、国内での審査を大幅に簡略化する「特例承認」を適用し、海外からワクチンの輸入を認めました。

当時、輸入されたワクチンは細胞を使ってウイルスを培養するという方法で製造され、鶏卵を使っていた国産のワクチンと製造方法が異なっていたこと、アジュバントと呼ばれる免疫の働きを活性化する物質が含まれたこと、それに投与の方法も筋肉への注射で、従来の皮下への注射と異なっていたことから、副反応が従来のワクチンと異なるおそれがあるとして、副反応の情報を速やかに集められるよう、医療機関から国に直接報告が行われました。

ただ、この時には、ワクチンが受けられるようになった時期には、感染の流行がピークを過ぎており、特例承認された輸入ワクチンが使われた量は少なく、厚生労働省が翌年に出したまとめでは7550回の接種にとどまり、副反応の報告は5件だったということです。

さらに海外では致死率の高いエボラ出血熱について、最終的な臨床試験で安全性や有効性が確認される前の段階のワクチンが、西アフリカのギニアなどで医療従事者や住民などに対して緊急に使われたケースがあり、WHO=世界保健機関はのちに、このワクチンが安全性や有効性の基準を満たしていると認定しました。

現在、開発が進んでいる新型コロナウイルスのワクチンの多くは、人工的に合成したウイルスの一部の遺伝子を使って免疫の反応を引き起こす「遺伝子ワクチン」と呼ばれるタイプで、これまで世界のどこでも使用されたことがなく、多くの人に接種するとどのような副反応が起きるか予期できないと指摘されています。

こうしたワクチンを十分な審査を経ずに、そのまま国内で使用すると、生活習慣や遺伝的な背景の違いなどから予期しない影響が出るおそれもあるため、多くの専門家は慎重な対応を求めています。

専門家「ワクチン本来の在り方 ゆがめかねない」

安全性や有効性を確認する臨床試験が終わっていない段階で、新型コロナウイルスのワクチンを緊急に承認する動きが各国で見られることについて、感染症に詳しい長崎大学熱帯医学研究所の安田二朗教授は「世界で感染が拡大する中、ワクチンの開発と接種の準備は速やかに進められるべきだが、実際にワクチンを使うには十分な時間をかけて安全性を調べる必要がある。この点をないがしろにすると、安全に接種して感染や重症化を防ぐという、ワクチン本来の在り方をゆがめることにもつながりかねない。過度な期待のもとに、急速な承認を進めるのは拙速な印象を受ける」と懸念を示しています。

また、国内での接種について「通常は安全性を確認するだけでも最低1年間は必要だと考えられ、来年前半に国民全員に接種するというのは難しいのではないか。最近では治療法も増えつつあるほか、手洗いやマスク着用、3密の回避など市民の予防意識も高くなっており、ワクチンだけに頼らず、さまざまな感染防止対策に目を向けていくべきだ」と話しています。