離れていても工場は動く AGCが進めるデジタル化の未来

離れていても工場は動く AGCが進めるデジタル化の未来
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、出社せずにテレワークを導入する動きが広がっているが、導入が難しいのが工場など製造の現場。生産ラインの管理や設備トラブルの対応など実際に人の目で確認する必要があるからだ。大手ガラスメーカーのAGCは新型コロナを契機に工場の「デジタル化」を加速させ、離れていても工場を動かせるような仕組みの構築を進めている。その現場を取材した。(経済部記者 白石明大)

生産設備の保全、自宅からでも

横浜市の工場からおよそ50キロ離れた埼玉県の自宅。AGC生産技術部の森本洋平さんがパソコンのモニターに映る横浜の現場の映像を眺めて指示を出していた。

「おそらくリレー(部品)の故障だと思います。交換をお願いします」

現場の作業員が撮影した映像を見て、リアルタイムで現場に対応策を伝える。ウイルスの感染拡大を防ぐための遠隔監視だ。
森本さん
「遠隔ならではのよさがあると思います。トラブルが起きたときにノウハウを持つ技術者にすぐにアクセスして具体的な対応ができます。以前は設計者やエンジニアもずっと現場について回って、確認していくという作業だったんですが、現場から送られてくる映像を見たり、動作の音を確認したりして、スムーズに情報共有して対応できます」
AGCは、生産現場でも技術者を支える新たなシステムを導入した。過去に発生した不具合のデータやベテラン作業員のノウハウなどをAIに大量に学習させている。
例えば、ガラスの傷などの原因についてキーワードを打ち込むと、AIが即座に回答。ベテラン技術者が不在でも現場で問題を解決できるという。

ことし4月の緊急事態宣言以降、AGCでは会社全体の出社率を5割以下に抑える目標を打ち出した。遠隔監視や新システムの導入で、工場に出社しなくてもトラブル対応ができる仕組みが確立できたとしている。

工場全体を“デジタル”に

AGCがコロナ禍で進めたのは生産現場の保全だけではない。その先にあるのは工場の「完全なデジタル化」だ。

最高技術責任者=CTOの平井良典さんは新型コロナをきっかけに目指すべき工場の在り方が変わったという。
平井CTO
「コロナ以前のデジタル化は、あくまでも自動化を目指すとか、品質をきちんと管理するというのが主目的でした。今は単なる自動化だけではなく、デジタル化で、現場にいなくても工場の生産性が格段に向上するとか、非常に高い品質の製品を安定的に生産できるようにすることが重要です」
AGCが取り組んでいるのは、サイバー空間上に生産ラインなどの設備を再現した“デジタル工場”だ。このデジタル工場で得られた課題やデータをリアルの現場に取り入れて、生産スピードや品質を向上させるという。

AI=人工知能の導入やビッグデータの活用でシミュレーション技術が格段に向上したことで可能になった。
平井CTO
「リアルな工場とサイバー空間の工場がデータを常にやり取りしているから、実際に何か問題が起こった場合に、サイバー空間上での工場が“最適解”を出してくれます。今度はそれをリアルの現場でやっているときに新たな気付きがあったら、そのデータも含めてサイバー空間上に持ち込む。これを繰り返すことで、コロナ禍であっても、よりよい生産、よりよい開発が可能になると考えています」

製品開発をVRで

サイバー空間の活用は生産性の向上だけにとどまらない。

AGCは、VR=仮想現実を使って新しいガラス製品の開発を行おうとしている。ガラスは見た目や、色、光の反射具合など周りの環境によって製品の特徴が印象づけられる。

顧客の要望にあった製品を作ることが重要で、従来は顧客にガラスの試作品を見せたり、触ってもらったりしながら開発を進めてきた。しかしコロナ禍の今、顧客と直接会って話をすることは難しい。
そこでAGCは独自のシミュレーションソフトとVRゴーグルを使って、顧客が仮想現実上で試作品をチェックできる仕組みを取り入れている。筆者も実際に体験してみた。

VRゴーグルをかけると再現された試作のガラスが目の前に現れた。色や、製品そのものの大きさ、それに表面に水を流した時の様子なども手に取るように確認できる。
実際にガラスが使われた建物のイメージも仮想空間上で見ることができた。

自動車で試作ガラスを導入した場合のイメージもVR上で再現できる。

さらに体験の精度を高めるために、ガラスの手触りを遠隔でも確認できるような触感センサーの開発も進めているという。
平井CTO
「コロナ禍でわかったことは、サイバー空間でできることは、基本リモートでもできるので、在宅でもいいし、どこかのサテライトオフィスでやってもいい。その人がいちばん働きやすい環境で行うのがいちばんいいと思っています。その一方で、人と人が対面しないと生まれてこないものもあります。現場の人の数を減らすというよりは、新しい技術を導入することで、その人が取り組むべき仕事がよりクリエイティブな仕事に進化するようにしたい」

「従業員にとっても、創造的な仕事に取り組んでもらったほうが本人の自己実現にもつながるし、会社としてもイノベーションや競争力の強化につながるはずです。コロナが収束したとしても、コロナ前に戻るのではなく、その経験を生かした新たな体制を作っていきたいと考えています」
新型コロナウイルスが日本の製造業に深刻な影響を与えているが、一方でAGCのような製造現場のデジタル化は、ほかの企業でもますます進むだろう。

今後、デジタル上の生産体制の構築が、日本企業の競争力を決める重要なポイントになるかもしれない。
経済部記者
白石 明大
平成27年入局
松江局を経て現在は経済部で素材産業を中心に民間企業の取材を担当