サイゼリヤ “食事用マスク”と“1円値上げ”のねらいとは

サイゼリヤ “食事用マスク”と“1円値上げ”のねらいとは
食事をしながら会話できるというマスクに、「ミラノ風ドリア」の1円だけの値上げ。イタリアンレストランのサイゼリヤが、新型コロナウイルスの感染対策として打ち出した対策の数々です。これらを主導したのが堀埜一成社長。一見変わった取り組みの背景には、アイデアを次々と形にしては試す、徹底したこだわりが見えてきました。(経済部記者 嶋井健太)

安全を構築する

マスク姿でドリアをほおばるこの人が堀埜一成社長です。大手食品メーカー「味の素」の研究者から転身。2009年から社長として会社を率いています。

舌がペロリと出た強烈なインパクトのマスクは、社内で募集したアイデアをもとに堀埜社長とプロジェクトチームで検討を重ね、この夏から導入。しゃべりながら食事ができるという意味で、ネーミングは「しゃべれるくん」です。
紙ナプキンを市販のマスクにかぶせるだけの簡易な作りですが、実現までには試行錯誤しました。ゼロから新しい形のマスクも試作しましたが、コストと飛沫を防ぐ効果を検討した結果、この形に落ち着きました。一見、ユーモラスなデザインながら、決して思いつきではないと堀埜社長。このマスクが客の安心につながり、来店客数のアップに貢献すると自信を持っています。
さらに堀埜社長は、7月、異例の値上げに踏み切りました。といってもほとんどは1円から数円の値上げ、中には値下げした商品もあります。看板メニューの「ミラノ風ドリア」は299円から、300円に。

値上げのねらいは、「釣り銭を減らす」こと。すべてのメニューを50円単位のキリのいい金額にすることで会計がスムーズになり、客と店員との接触の機会が減って、安心につながるというのです。値上げ後、釣り銭を6割削減する効果があったそうです。
堀埜社長
「ウィズコロナでいちばん大事なのは、お客様が安心して食事していただける環境を作ることです。それがパーテーションであったり、しゃべれるくんであったりします。安心というのは、メンタルというか感情の部分が大きいので、安全プラス信頼が必要です。だから安全というものを論理的に構築して、信頼を得るために接客や、いろんなことに工夫しないといけない」

「50円ごとの単価にしたのは、やはり接触回数をいかに減らすかということなんです。結果的には店舗の運営にも非常にいい方向に転んできていて、成功した例だと思っています。これを可能にしたのは、私たちがずっと値上げを我慢して、税込み表示をやってきたがゆえですね。1円、2円上げるだけで00円という丸い数字になるのは、これまで税込みで頑張ってきた結果だと思っています」

外食を“産業化”したい

食事を低価格で提供する一方、味や素材にもこだわり、“コスパ”のよさから若者を中心に支持されてきたサイゼリヤ。そこには、徹底的な効率化の追求でコスト削減を図ってきた堀埜社長の戦略があります。堀埜社長がサイゼリヤに転身する際、創業者で現会長の正垣泰彦氏から求められたテーマは、「外食の産業化」でした。
堀埜社長
「もともとメーカー出身の私が今の会長に誘われて、食堂業を産業化してくれと言われました。いままで人海戦術でやっていたところを全部、変えてくれと言われたんです。重要なことは2つあるんです。1つは技術。今まではどうしても個人の能力に頼っていたものを、誰もが伝えられるものに変えていくこと、それが技術です。『文章に書けるもの』が技術になるんですね」

「もう1つは制度です。メーカーから見ると、やっぱり相当いろんなところが抜けてる。そういうのを一生懸命埋める。特に人事制度は相当ギャップがあります。産業化する上では、必ずこういうところを上げないといけない。この2つを今一生懸命やっています。それによって、最終的には労働時間がメーカー並みになって、年収もメーカー並みになれば、それが産業化だろうとわれわれは考えています」

売り上げ8割でも利益を

経営の効率化を進めてきたサイゼリヤにとっても、新型コロナウイルスの影響は深刻です。7月に発表した第3四半期の決算は11年ぶりの赤字に。7月の売り上げも前年より3割近く落ち込んだままです。
しかし、感染防止のため客席の間隔を広くとったり、営業時間を短縮したりしていて、営業環境は大きく制限されています。

「コロナ前に戻らないという前提でやるべき」

こう語る堀埜社長が目指すのが、「以前の8割の売り上げで利益が上がる体質」です。
そのカギとなる、社長肝煎りの施設が埼玉県にありました。大きな倉庫の中に再現された、2つのキッチン。従業員が歩く歩数や、動作を細かく調べ、数字やデータに落とし込みます。そのうえで、店舗運営のむだを洗い出し、より効率的な動きを試行錯誤しています。

目指しているのはキッチンの面積を従来の半分にすること。新型コロナウイルスの感染拡大以前から取り組んできましたが、感染対策で客席の間隔を広くしても来店客数を維持できるよう、キッチンを狭めて客席のスペースを確保するねらいです。
この施設には3Dプリンターも設置。配膳や片付けが効率的になる食器や調理器具の形をミリ単位で変えて、いくつも試作しています。排水の処理装置も、ヨーロッパから取り寄せて試しています。実際に稼働すれば、閉店作業にかかる時間を30分は早くできるといいます。

客に楽しんでもらうために“正社員化”

こうした効率化を進める堀埜社長が今、力を入れているのが人事。正社員を増やすというのです。産業化を進める一方で、接客の技術を磨き、顧客の満足度を上げることが重要だと堀埜社長は話しています。
堀埜社長
「正社員を増やします。それは理由が明確でして、うちの事業は今、成熟期に入ろうとしているんですよ。そこで大事なのが、お客様との距離を縮めること。だから接客技術を上げなくちゃいけないんです。これまで急成長の期間は、実はここを捨ててたんです。新規の顧客ばかりで大丈夫だったんです。ところが成熟期に入ると、ほとんど既存客になる、そうするとリピーターが大事になり、接客技術がとても重要になります」

「従業員を正社員にして、長い期間働いてもらうと、やはり技術が上がってきます。アルバイトさんだと、どうしても何年かで辞めていくので、なかなか技術が蓄積されない。接客は実は技術にできない技能の部分もいっぱいあるので、お客さんにうまく楽しんでいただく、そういう技術を発揮していただくために、これから正社員を増やすように考えていきたいと思っています」
堀埜社長が、新型コロナウイルスで「いろいろな問題を全部変えられるチャンスがきた」と力強く語る姿が印象的でした。感染拡大の影響は大きく、混乱も生まれていますが、こういう時こそ課題を分析して、自分たちに何ができるか、「アイデアを次々と形にしては試す」という堀埜社長の経営哲学が真価を発揮する時なのかもしれません。
経済部記者
嶋井 健太
平成24年入局
宮崎局、盛岡局を経て現所属