モーリシャス座礁事故1か月 影響は?原因は?

モーリシャス座礁事故1か月 影響は?原因は?
「神はまずモーリシャスを作り、それをまねて天国を作った」と言われるほどの美しさ。インド洋の島国モーリシャスは、真っ白な砂浜と豊かな自然に恵まれ、世界中の観光客を魅了してきました。
ところがことし7月、その沖合で日本の海運大手がチャーターした貨物船が座礁し、燃料の重油などが大量に流出。深刻な環境汚染を引き起こしています。
事故から1か月、被害の実態はー。そして焦点となっている、事故原因や補償の問題はどうなっているのか。取材しました。
(ヨハネスブルク支局 別府正一郎/国際部 高塚奈緒 松崎浩子 田村銀河/ネットワーク報道部 田中元貴)

「インド洋の貴婦人」モーリシャス

モーリシャスはアフリカ大陸の東、インド洋にある人口約127万の島国で、広さは約1980平方キロメートルと、東京都とほぼ同じです。かつてオランダ、フランス、イギリスの植民地支配を受け、人口の約70%は植民地時代に移り住んだインド系の人たちです。

美しい白い砂浜やさんご礁、希少な生物が生息する豊かな自然があることから「インド洋の貴婦人」とも呼ばれ、ヨーロッパなどから年間130万人以上が訪れるリゾート地で、観光収入がGDP=国内総生産の約10%を占めています。

島内には、国際的に重要な湿地の保全を定めた「ラムサール条約」に登録された場所が3か所あり、海岸の環境保全や、固有種を含む多様な生物の保護も進められていました。

日本の貨物船が…

事故が起きたのは、現地時間の7月25日午後7時すぎ(日本時間26日未明)。岡山県の長鋪汽船が所有し、商船三井がチャーターしていた貨物船「WAKASHIO」が島の沖合で座礁しました。
それから10日以上たった8月6日、燃料の重油の流出が始まりました。商船三井によりますと、貨物船に積まれていた燃料は、重油約3800トンと軽油約200トン。このうち重油約1000トンが海に流出したとみられています。
商船三井は、日本時間11日朝までに約460トンを回収したとしたうえで、13日には船内に残っていた油についてもほぼ回収したと発表しました。
記者会見で、商船三井は「モーリシャスをはじめ、関係の皆様に多大なるご迷惑をおかけし、深くおわび申し上げます。影響を最小限に食い止めるよう、解決まで誠意を持って対応したい」と述べました。

また、長鋪汽船は「当事者としての責任を痛感しており、賠償については、適用される法に基づき、誠意を持って対応させていただくつもりです」というコメントを発表しました。

重油流出 環境汚染の実態は

モーリシャス政府によりますと、今回の事故で、島の南東部10キロ余りの海岸線と周辺の海を中心に、深刻な汚染が広がりました。

地元の人たちは美しい海を守ろうと、手作りのオイルフェンスを海に浮かべて重油を岸から遠ざけたり、漂着した重油を手ですくってバケツに入れたりしました。

しかし、さまざまな魚やカニが死んでいるのが確認されるなど、生態系への影響が懸念されています。

漁業者の間からは、漁で生計を立てられなくなるのではないかと、先行きを心配する声が聞かれます。

マングローブ「油付着した状態続くと半年で枯れる」

モーリシャスの自然環境で重要な役割を果たしているのが、沿岸に広がるマングローブ林です。

多種多様な生物が生息し、貝や魚、鳥などの生態系を支えていますが、重油の一部は「ラムサール条約」に登録された湿地のマングローブ林周辺にも漂着。

マングローブ林は根が複雑に入り組んでいたり、周辺が湿地帯で近づくのが難しかったりすることから、除去作業は難航しています。
国際マングローブ生態系協会の理事長で、琉球大学名誉教授の馬場繁幸さんは、「マングローブの根は栄養分を吸収し、呼吸をする役割があるが、油が付着すると、毒性の成分がしみ込み、細胞膜が壊れ、枯れてしまう」と指摘します。
さらに馬場さんは、過去の流出事故の被害状況を鑑みると、「マングローブに油が付着した状態が続くと、半年くらいたってから枯れてしまうだろう」として、一刻も早い除去作業の必要性を訴えています。

広がる国際支援

今回、モーリシャス政府は「環境上の緊急事態」を宣言し、国際社会に緊急の支援を求めました。海外メディアも大きく報じ、国際的な支援が広がっています。

旧宗主国フランスのマクロン大統領は8月8日、ツイッターに「生物の多様性が危機にひんしているときには緊急に行動する必要がある」と投稿し、オイルフェンスなど物資の提供や、専門家の派遣といった支援を打ち出しました。

日本からは8月10日と19日、国際緊急援助隊として海上保安庁や環境省などから合わせて13人の専門家が派遣され、油の流出状況や環境への影響について調査を行っています。また日本の企業も、油だけを吸い取る特殊な繊維を使った吸着剤を現地に送りました。

このほかインドや中国なども、油の回収作業に人を出したり物資を提供したりするなど、支援を行っています。

明らかになった貨物船の航跡

今後の大きな焦点は、事故の原因究明です。
AISと呼ばれる、船の位置などを電波で発信する装置のデータ分析を行っている「IHIジェットサービス」が解析したところ、貨物船は7月4日、中国を出発し、シンガポールを経由したあと、インド洋を西に進んでいました。

モーリシャスの南東約2キロの沖を航行していた7月25日、1分余りの間に針路をほぼ90度右に変え、10ノット前後で進んでいた速度も1ノット以下に低下していたことがわかりました。

船舶事故に詳しい神戸大学大学院の若林伸和教授は「通常、このように人為的に船の向きを変えることはなく、船底が何かに当たって、急に向きが変わったのではないか」と述べ、この衝突が座礁の原因となった可能性が高いと指摘しています。
分析データによりますと、貨物船はその後、北に約1キロ漂流し、10日余りたった8月5日に電波の発信が止まりました。
また、この海域を航行するほかの船舶のデータと比べると、貨物船は北西に約16キロ離れ、モーリシャスの沿岸近くを進んでいたこともわかりました。
若林教授は「周辺はさんご礁も多く、注意が必要な場所だ。危険なところにわざわざ寄っていくことは考えられない」と述べ、貨物船が通常とは異なる航路をとったことが事故につながったのではないかという見方を示しています。
貨物船がこうした危険とも言える航路をとっていたことを、会社側は把握していたのでしょうか。

貨物船をチャーターした商船三井は「船が通常の航路からかい離していたことは把握しているが、当社は船をチャーターした立場であり、かい離した原因などについては、船の所有者である長鋪汽船に確認してほしい」とコメントしています。

また、長鋪汽船は「航路は把握しているが、現在、当局が捜査しているところであり、コメントは控えたい。座礁の原因は、当局の聴取が終わったあと、改めて乗組員に事情聴取する予定だ」とコメントしています。

事故の原因究明は

事故の原因究明に向けては、8月18日、現地の警察がインド人の船長とスリランカ人の副船長の2人を、航行の安全を脅かした疑いで逮捕。裁判所が保釈を認めるかどうか判断するため、2人は25日に出廷する予定です。

また、警察はNHKの取材に対し、逮捕された2人のほか、スリランカ人やフィリピン人の乗組員18人からも当時の状況について話を聞いていることを明らかにしました。

事故をめぐって地元の一部メディアは、乗組員たちがインターネットへの接続を求めて島に近づいた可能性もあると報じましたが、モーリシャス政府の当局者はロイター通信に対し、この見方を否定しています。

警察関係者は「さまざまな臆測が出ているが、1つ1つを慎重に捜査している」と話しています。

事故の賠償は

今回の事故による作業費用や賠償額が最終的にどれぐらいに上るのか、確定するのはこれからです。

貨物船などの油流出事故の場合、賠償責任は船の所有者が負うと、国際的な条約「バンカー条約」で定められています。

今回の事故では、所有者は岡山県の長鋪汽船となります。長鋪汽船が加入する相互保険組合の「JAPAN P&I CLUB」広報室によりますと、事故の賠償額は「船主責任制限条約」という国際条約で船の容積に基づいて定められています。この条約に基づくと、今回のケースでは、モーリシャス政府への賠償額の上限は日本円で約19億円になるということです。

また、これとは別に長鋪汽船が行っている油の回収費用などについては保険が適用され、その上限は約1060億円だということです。

貨物船はどうなる

船体の処分も始まっています。座礁後に亀裂が入っていた貨物船は、8月15日、大きく2つに割れました。

モーリシャス当局は、船体の前の部分を沖合10キロ余りの地点までえい航し、沈めて処分する計画を決め、20日に作業が始まりました。
これに対し、環境NGOのグリーンピース・アフリカなどは「貨物船を沈める処分方法では、生物多様性を危機にさらし、海を汚染させる」として、批判する声明を出しています。

また、ブリッジなどがある船体の後ろの部分については、当局は中に残っている油を取り除いたうえで、座礁した場所で解体する計画です。

“二重苦”のモーリシャス 問われる日本の役割

モーリシャスはかつてサトウキビ以外に目立った産業はありませんでしたが、政情の安定とともに外国からの投資を積極的に受け入れ、外国企業が進出する新しいオフィス街もできるなど、経済発展を続けてきました。

しかし今回の事故は、経済の柱の1つである観光業への打撃になると懸念されています。

モーリシャスは新型コロナウイルスの感染対策として、3月以降、国境を事実上閉鎖し、観光業界はすでに大きなダメージを受け、現地の人たちが将来への不安を募らせていたさなかの座礁事故でした。

モーリシャス政府によりますと、重油流出の影響を受けたのは島の海岸線の5%以下だということですが、被害を受けた生態系とともに、観光イメージの回復には長い時間がかかるかもしれません。

今回、日本はモーリシャスの環境汚染の当事者です。なぜ事故が起きたのか、現地当局とともに原因の究明を進め、再発防止策とともにつまびらかにする必要があります。

未曽有の事故に見舞われたこの美しい島国の復興をいかに支えていくのか、国際社会から問われています。
ヨハネスブルク支局
別府正一郎
国際部
高塚奈緒
国際部
松崎浩子
国際部
田村銀河
ネットワーク報道部
田中元貴