“真夏の成人式” 新型コロナ影響でことしは…

“真夏の成人式” 新型コロナ影響でことしは…
合掌造りの集落が世界遺産に登録されている岐阜県白川村では、毎年この時期に成人式を行っていますが、ことしは、新型コロナウイルスの影響で帰省できないことから、村を離れている新成人の自宅などを結んでオンラインでの成人式が行われました。

オンラインに変更 岐阜 白川村

白川村では、進学や就職で村を離れた若者が帰省するこの時期に成人式を行っていますが、ことしは新型コロナウイルスの影響で、オンライン成人式に変更されました。

14日は村外に住んでいたり、村に帰省して自宅で過ごしたりしている新成人15人が、テレビ会議システムを使って式に参加しました。

村には、パブリックビューイングの会場が3か所設けられ、集まった家族や地元の人たちがスクリーンに映し出された新成人たちの姿を見つめていました。

式典では、役場から参加した成原茂村長が「皆さんが健やかに成長され成人を迎えられたことを心から喜んでいます。コロナが終息したら、肩を組んでゆっくり語らってください」と述べました。

また、新成人たちは「将来は白川村に戻って、自分ができる形で恩返しをしたい」とか、「みんなとお酒を飲みたい」などと話していました。

村の会場で埼玉県に住む息子の姿を見守った50代女性は「村の人も参加できたいい成人式で、感動しました」と涙ながらに話していました。

新潟県中越地震の被害 山古志地区では

16年前の新潟県中越地震で大きな被害を受けた新潟県の旧山古志村、現在の長岡市山古志地区で、若者が帰省するお盆に合わせて「真夏の成人式」が行われました。

長岡市の山古志地区では、新成人が帰省などで集まりやすいお盆の時期に、毎年、成人式を開いています。復興交流館「おらたる」で行われた式には、新型コロナウイルスの影響もあり、新成人9人のうち参加したのは4人でした。

この中で、新成人を代表して上田智也さんが「震災を経験して助け合いの心を学びました。世界中の支援があってこそ今の自分があると感謝しています。もし故郷を離れることがあっても山古志で学んだことは忘れません」と決意を述べました。

新成人たちはことばを交わしたり記念撮影をしたりして祝っていました。

山古志地区に住む佐藤雅紀さんは「地震では揺れがすごくて怖かった思い出があります。たくさんの助けをもらって成人を迎えられてうれしいです」と話していました。

豪雪地域で知られる新潟県では毎年、真夏の時期に成人式を開く自治体があり、12の市町村の17か所で成人式が予定されていましたが、ことしは新型コロナウイルスの影響で式を行うのは山古志地区だけとなっています。

北海道 乙部町 5年前の手紙を開封

お盆で若者がふるさとに帰省するのに合わせて北海道乙部町で成人式が行われました。

タイムカプセルから出てきたのは5年前、20歳の自分に向けた手紙です。

乙部町では、就職や進学でふるさとを離れた若者が帰省するお盆の時期に合わせて、毎年、8月14日に成人式を行っています。

ことしの成人式には新型コロナウイルスの影響で大学の授業の日程が変更されたため出席できなかった人もいたということですが、町内の中学校を卒業した24人が参加しました。

そして、式のあと新成人たちはタイムカプセルを開き、5年前、20歳の自分に向けて書いた手紙を受け取りました。

未来の自分に「幸せであってほしい」と書いていた短大生の石塚凛さんは「就職活動中でいろいろな悩みがありますが、5年前の自分が思っていた人になれるように、幸せに暮らしていきたいです」と話していました。

また、「親孝行するように」と書いていた乙部町職員の池島佳祐さんは「親孝行だけではなく、社会に貢献していきたいです。乙部町は自然豊かなところなので、たくさんの観光客に来てもらえるよう頑張ります」と話していました。

感染対策取る中で式典 島根 川本町

島根県川本町でお盆でふるさとに帰省している新成人を祝う「真夏の成人式」が新型コロナウイルス対策がとられる中行われました。

川本町では進学や就職で地元を離れる若者が多いことからふるさとに帰省するお盆の時期に毎年、「真夏の成人式」を行っていて、ことしは10人の新成人が出席しました。

野坂一弥町長が「自分自身が決めた道を信じ、たゆまぬ努力を重ねる姿を応援したい」と門出を祝ったのに対し、新成人を代表して、会社員の高木勇樹さんが、「これから社会の一員としてまちづくりに貢献できるように頑張ります」と誓いのことばを述べました。

ことしの式典は新型コロナウイルスの感染を防ぐため、来賓のあいさつを取りやめたり、新成人や見守る家族の席も間隔を空けたりする対策がとられ、例年とは異なる雰囲気の中での成人式となりました。

島根大学に通う島津杏果さんは「新型コロナの影響で普通の生活もできなくなりましたが、自分たちの世代が率先してどうすれば乗り越えられるか考えていきたいです」と話していました。