飛ぶように売れる豪華クルーザー ~コロナが映し出す格差

飛ぶように売れる豪華クルーザー ~コロナが映し出す格差
今、何十億円もするクルーザーが売れているという。新型コロナウイルスの感染拡大によって過去最悪の景気悪化に苦しむアメリカの話しだ。

「新型コロナはすべての人に等しく降りかかっているわけではない。所得の低いサービス業で働く人たちにより重くのしかかっている」
FRB=連邦準備制度理事会のパウエル議長は、コロナ禍をきっかけにした経済格差の拡大に強い警鐘を鳴らす。感染者が世界で最も多い500万人に上るアメリカで、いま何が起きているのか、取材した。(ワシントン支局記者 吉武洋輔)

売れ筋は60億円

夏の旅行シーズンを迎えるアメリカ。東部のロードアイランド州に、海に囲まれたニューポートという高級リゾート地がある。黒船で日本に来航したペリーの出身地としても知られる。

取材に訪れて真っ先に目に飛び込んできたのが、停泊中の100隻を超えるクルーザー。この地でクルーザーのディーラーをしているマーク・エリオットさんは上機嫌だ。
マーク・エリオットさん
「飛ぶように売れていますよ」
新型コロナウイルスの影響で3月は売り上げが減少したが、6月の売り上げはそこから20%上昇したという。
売れ筋の価格帯は実に10億円から60億円。驚くばかりだが、顧客はヘッジファンドや不動産会社のオーナー、大企業の経営者など。売れている理由は「安全な場所だから」とのことだ。

旅客機や大型船と違って、家族など少ないグループで利用できる利点がある。
最近売れたというクルーザーを見せてもらった。6室のベットルーム付きで75億円。高性能の空気清浄機も複数完備されているという。中を見たいと頼んだが、清潔さを保つため他人を入れるのは無理だと断られた。

アメリカでは、コロナをきっかけにプライベートジェットのリースや販売も好調だという話も聞いた。そこには確実に“別世界”が存在した。

金持ちは、より金持ちに

エリオットさん
「私のビジネスは株式市場に直結している」
超高額品が売れる背景にあるのは、株高だ。3月に1万8000ドル台まで暴落したダウ平均株価は、4月からみるみる上昇。過去最悪の経済打撃(4~6月GDP ー32%)や感染の再拡大に苦しむ実体経済をよそに、コロナ前の9割の水準となる2万7000ドル台まで値を戻している(8月11日の終値)。
300兆円にのぼる緊急の経済対策とFRBの大規模な金融緩和策が要因だ。異例の政策は失業者や中小企業を支えた。ただそれ以上に、より多くの株や信用力を持つ者が得をする。そんな世界をつくったのかもしれない。
パウエル議長が警鐘を鳴らす理由も、そこにあるだろう。

ブルームバーグ通信が発表するビリオネア指数という指標では、世界の総資産の上位10人中、8人がアメリカ人だ。アマゾンのベゾスCEOやフェイスブックのザッカーバーグCEOらが名を連ねる。

このうち7人の8月時点の総資産はことし初めよりも増加している。増加額は合わせて18兆円。金持ちは、より金持ちになっている。

失業が格差を助長する

コウリープリンスさん
「突然、メールで解雇を通知されました」
東部メリーランド州のボルティモアに暮らすモーガン・コウリープリンスさん(26)は、3月中旬、勤め先のレストランから解雇を言い渡された。

大学卒業から3年半。現場マネージャーも任され、愛着のある職場だった。その後、店は持ち帰りのみで営業を再開したが、職場復帰の声はかかっていない。

アメリカでは、感染拡大の直後、年収4万ドル(420万円)を下回る人の39%が仕事を失った(FRB調査)。全体の失業率は10%台なので、所得の低い人ほど職を失っていることがわかる。
とりわけ懸念されているのが、こうした人たちの雇用の受け皿となってきたレストラン、ホテル、映画館などの接客サービスだ。ニューヨークでは、非常事態宣言が出てから5か月がたった今も店内飲食が禁止され、従業員を雇う動きは鈍い。
コウリープリンスさんは失業保険で生活費や家賃をまかなっているが、学生ローンの返済も残る。驚くのはその額が1100万円にものぼることだ。私立大学で心理学を専攻していた。
コウリープリンスさん
「失業保険がなくなったあとが不安です。今後数年のうちに、正常な生活に戻るとも思えません」

出来ないリモートワーク

“コロナと格差”をめぐっては、もう1つ気になるデータがある。シンクタンクのピューリサーチセンターの調査で、テレワークで仕事を続けることができた人は大学卒業以上で全体の62%だった一方、高卒では22%にとどまった。

これは、感染を避けて仕事を続けられるのは学歴が高い一部の人たちで、工場や小売店など不特定多数の人が集まる場所で働かなければいけない労働者が多くいることを示している。
ワシントンで出会ったライドシェアの運転手、デビッド・ハーブさんは、ほぼ毎日、早朝までの10時間、車を走らせる。65歳で高血圧の兆候もあると言う。

1回の勤務で20組ほどの客を乗せるため、感染のリスクが伴うが、高卒のハーブさんはこう話す。
ハーブさん
「私にはアパートの中でコンピューターを操作するような仕事の選択肢はない。貯金もなく投資もしていないので、お金が必要なんだよ」
本人は仕事に誇りを持っていたが、豪華クルーザーで三密を避ける富裕層がいる一方で、厳しい環境で働き続けている人がいることを痛感した。

アメリカはどこに向かうのか

アメリカの経済格差は長年の課題であり、4年前の大統領選挙でも争点となった。中間層からの脱落を恐れた白人労働者がトランプ大統領の当選を後押しした。

ことしの大統領選挙に関連した取材では、中西部のある大学で民主党左派のサンダース氏の演説を聞いた際、学生ローンの免除や国民皆保険といった格差是正に同調していた大勢の学生たちがいたことが印象に残る。

今回、取材した失業者のコウリープリンスさんに11月の選挙でどちらの候補者に投票するかを尋ねたところ、「今の政権に不満がある」と話し始めたが「どちらの候補者も好きになれない」という結論だった。

経済格差はコロナを機にさらに拡大を続けるのか。それとも是正のきっかけにできるのか。大統領選挙を控えるアメリカに、大きな課題が突きつけられている。
ワシントン支局記者
吉武 洋輔
2004年入局
名古屋局・経済部を経て現所属