戦死した兄宛ての手紙 76年ぶりに家族の元へ戻る 鹿児島

戦死した兄宛ての手紙 76年ぶりに家族の元へ戻る 鹿児島
太平洋戦争中、鹿児島県の加計呂麻島から出征し、その後戦死した兵士に宛てて書かれた手紙が、76年ぶりに家族の元へ戻りました。
加計呂麻島で農業をしていた西田保さんは、海軍の兵士として召集され、昭和19年8月に北マリアナ諸島のテニアン島付近で戦死したとされていますが、詳しいことは分かっていません。

当時、家族が保さんに宛てて書いた手紙も行方が分からなくなっていましたが、このほど、テニアン島付近で任務にあたっていたアメリカ軍の海兵隊員のもとで保管されていたことが分かり、返還されることになりました。
手紙は2通あり、11日、保さんの弟の俊男さん(91)に、国や県とともに調査を行っていた瀬戸内町の町長から手渡されました。

このうち76年前に両親と姉から送られた手紙には「寒い日が続いていて家は砂糖の製造準備で忙しい」などとつづられ、一家の大黒柱がいない中でも、ひたむきに暮らす家族の状況を伝えています。

また、弟の俊男さんからの手紙には「来年は飛行練習生に合格して兄上と共に米英打倒に邁進したい」などと遠く離れた戦地にいる保さんを励ます内容が書かれていました。

俊男さんは「兄から返事が来ることはありませんでしたが、長い時間を経て家に戻ってきて感無量です。兄や両親も天国で喜んでいると思いますし、平和な世の中になるようこの手紙を大切に子や孫に引き継いでいきたいです」と話していました。