宇宙の覇権、誰が握るか

宇宙の覇権、誰が握るか
かつて「夢とロマン」で語られた宇宙はいま、各国が安全保障をかけてしのぎを削る空間へと変わりつつある。国境のない空間は、アメリカや中国、ロシアが覇権を争う場と化した。
宇宙空間での「新しい安全保障」の行方、日本も対応を迫られている。
(山枡慧)

その名は「宇宙作戦隊」

「UFOは相手にしません」
「『科学特捜隊』のようなユニフォームを着せるつもりはありません」
冗談のようなやりとりと共に、河野防衛大臣は「宇宙作戦隊」の設立を公表した。
5月18日に初めて自衛隊に設立された宇宙専門部隊「宇宙作戦隊」。東京にある航空自衛隊府中基地に置かれ、任務にあたるのは、わずか20名ほど。それでも河野大臣は「小さく生んで大きく育てたい」と期待感を示した。
政府は翌月、宇宙政策の基本方針を示す「宇宙基本計画」を5年ぶりに改定した。
ミサイルの探知や追尾などに活用するため、小型衛星を低い軌道に多く設置し、アメリカとも連携していくことなどが盛り込まれた。安倍総理大臣は「今後の宇宙安全保障や経済成長も見据え、次なる時代の戦略分野にも大胆に投資をしていく」と、戦略的に宇宙の開拓に取り組む考えを強調した。

100兆円が飛び交う覇権争いの場に

政府が相次いで宇宙での安全保障に取り組む背景には、宇宙産業の急速な拡大を背景に、各国が宇宙開発への参入の度合いを強めていることがある。

アメリカの大手金融機関の試算では、世界の宇宙産業の規模は、2019年時点では3550億ドル余り=日本円で38兆円規模だが、2040年代には2.5倍の1兆ドル=107兆円をさらに超えると予想している。

日本政府の「宇宙基本計画」では、国内宇宙産業の規模を現在の約1.2兆円から、2030年代早期に倍増を目指すと明記された。
産業が拡大する中、参入する国の数も増えている。
宇宙ではかつて、アメリカとロシア(旧ソ連)が世界をけん引し、「二極構造」と呼ばれていたが、いまや欧州や日本に加え、中国やインドなど新興国も台頭し、地上と同様、「多極化」の時代を迎えているのだ。

宇宙安全保障が専門の防衛研究所の福島康仁主任研究官は、こうした宇宙の現状が、安全保障面での競争を加速化させていると指摘する。
「GPSや気象衛星、通信衛星を使ったサービスを考えてみると、非常に当たり前に使えてきた。宇宙利用なしでは、軍民両面での活動ができなくなっている」
「一方で冷戦期は、アメリカとソ連しか持っていなかった、宇宙利用を妨害する兵器を、中国をはじめ、いろんな国が持ち始め、一部、実際に使用されるようになっている。宇宙利用はどの国にもなくてはならないものなのに、安定的に使うことが難しくなっているので、安全保障の観点から宇宙への注目が高まっている」

「全世界の位置情報を把握」中国の台頭

宇宙空間に台頭してきた中国。日本は、その動向に警戒感を強めている。

河野大臣はことし4月、中国の能力について、参議院外交防衛委員会でこう発言している。
「対衛星攻撃能力について、ミサイルあるいは衛星を直接攻撃するキラー衛星のほか、電波妨害装置やレーザー兵器などを開発していると指摘されており、こうした動向について、アメリカは、中国がアメリカおよびその同盟国の宇宙利用を妨害する能力を強化しているという分析を示している」

中国は10年以上前に、地上から衛星を攻撃した実績がある。2007年、地上から発射した中距離弾道ミサイルで、高度865kmの宇宙空間にあり、老朽化していた自国の気象衛星を「実験」と称して破壊。3000個もの「デブリ」と呼ばれる宇宙ゴミを発生させた。

その後も、実際に破壊こそしていないものの、ミサイルの発射実験などを繰り返し、現在は、各国が運用する衛星の大半をその射程に収めているという見方もある。

中国は、人工衛星や探査機の打ち上げも繰り返していて、2018年に初めて、打ち上げ回数でアメリカを上回った。
6月には「中国版GPS」とも呼ばれる、独自の位置情報システム「北斗」を、全世界で運用する、最後の1基の打ち上げを成功させ、「全世界で運用するシステムが完成した」と発表している。
元海上自衛官で中国での駐在経験もある、笹川平和財団の小原凡司上席研究員は、この「中国版GPS」は、安全保障面でアメリカを強く意識したものだと指摘する。
「地球観測衛星網の最大の目的は、太平洋上を中国に向かって進む、アメリカの艦隊や空母の位置を正確に知ることにある」
「中国本土からミサイルを撃ってアメリカの艦艇に当てるためには、常にアメリカの船の位置を把握し、それをミサイルに伝えなければならない。いまは同じ時刻に、同じ点にいかに弾を多く集めるかによって勝敗が決まるので、そのためには、衛星網で、相手や自分たちの位置を正確に把握する必要がある」

「宇宙軍」発足したアメリカの警戒感

こうした中国の取り組みに、「世界最大の宇宙大国」と言われるアメリカが手をこまねいているわけではない。

「アメリカは世界のリーダーの名声を取り戻した。宇宙で2番手ならば、地球で1番手にはなれない」
アメリカはことし5月、9年ぶりとなる有人宇宙船の打ち上げを成功させ、トランプ大統領は、宇宙でもアメリカがトップの座を維持すると強調した。

産業だけでなく、安全保障面での能力強化も進めている。

去年1月には、新たなミサイル防衛戦略を発表。ミサイル技術を急速に高める中国やロシアに対抗するため、宇宙からのミサイル迎撃を可能とするシステムの開発を進める考えを表明した。

さらに去年12月には、1947年の空軍以来、72年ぶりに創設される軍として、宇宙軍を1万6000人体制で発足した。
トランプ大統領は「アメリカに対抗できる国はどこにもいない」と力を誇示した。

貿易問題にはじまり、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた国際秩序、さらには「香港問題」や、海洋の航行の自由など、さまざまな分野で米中の対立は激化。

福島主任研究官は、宇宙でも主導権争いが白熱化すると指摘する。
「間違いなく、米中がこれからの世界の宇宙活動をけん引していく。今までずっとアメリカが国際的なリーダーとして、国際宇宙ステーションの運用などを進めてきたが、一方の中国も、中国が宇宙の国際協力の中心になることを目指し、新たな宇宙ステーションなどを使い、関係国にサービスを提供していくことを考えている」
「米中それぞれが、宇宙活動のハブになり始めている」

大国のはざまで、日本は

航空自衛隊の「宇宙作戦隊」は、こうした同盟国・アメリカと隣国・中国が、主導権を争う中で発足した。

まず対応する任務は、SSA=宇宙状況監視と呼ばれる、デブリ=宇宙のごみの監視だ。「ごみ」と言っても、その威力は絶大だ。衝突する際のスピードは、ライフル銃の弾丸の10倍以上になる。人工衛星を壊滅的に破壊するおそれがある、直径10センチ以上のデブリだけでも、およそ2万3000個が確認されている。

こうしたデブリは、いったん発生してしまうと、大気圏に再突入して燃え尽きるまで、長期間、地球のまわりを周回し続ける。

デブリの監視と言っても実は、航空自衛隊はまだ、みずから監視できる装備は持っていない。現在2つの「目」の獲得に向け、準備を進めている。

そのひとつが、山口県山陽小野田市に設ける「ディープスペースレーダー」だ。地上から3万6000キロ離れた静止軌道にある人工衛星を監視するための、地上配備型のレーダーで、2023年の本格運用を目指している。
静止軌道上には、防衛省が遠距離の部隊との通信に使う「Xバンド防衛通信衛星」などがあるが、デブリの接近など危険が迫れば、必要に応じて衛星を移動して守るのが役目だ。

2026年頃には「Xバンド防衛通信衛星」の周辺に迫るデブリや衛星の特性を、より詳細に把握できるようにするため、「宇宙設置型光学望遠鏡」という望遠鏡を搭載した衛星の打ち上げも予定している。

防衛省は、デブリや衛星の監視をすでに行っているJAXA=宇宙航空研究開発機構に要員を派遣するなどして宇宙監視能力の取得に向けた連携を深めているほか、アメリカやイギリスなどが行っている合同演習にも参加することで、宇宙での多国間の連携に向けた態勢構築を急いでいる。

宇宙に「ルール」できるのか

こうした宇宙状況の監視とともにもうひとつ、政府が力を入れようとしているのが、宇宙での国際的なルール作りだ。

宇宙空間での活動を規制する国際ルールは、日本を含め110か国が批准している宇宙条約をはじめ、1980年代までに5つの関連条約が作られた。
しかし大量破壊兵器の配置を除き、宇宙空間での武器使用は規制されていない上、衛星の破壊やデブリの発生を規制する法的な規定も実は存在しない。

さらに、宇宙と地上をつなぐ交信のジャミング=妨害や、衛星を指揮する地上施設へのサイバー攻撃など、宇宙空間だけに限らない攻撃手法も指摘されていて、国際ルールを作るべきだという声が、各国から上がっている。

実際、アメリカの宇宙軍は、ロシアが先月15日にも地球の周回軌道上で人工衛星から何らかの物体を発射し、衛星を攻撃するための実験を行ったと批判していて、アメリカと同盟国に対する脅威が増していると警戒を強めている。

こうしたなか、日本政府は宇宙空間に一定の秩序をもたらすため、積極的な役割を果たしていくことを「宇宙基本計画」に明記した。ただルールを作れば、宇宙開発における各国の動きを制約することにもなり、日本は米中をはじめ、各国のあいだで難しいかじ取りが求められる。

福島主任研究官は現状をこう分析する。
「中国とロシアは、宇宙における軍備管理条約の作成を熱心に推進しているが、背景には『アメリカによる軍事的な宇宙活動をけん制したい』という思惑が透けて見える。一方のアメリカやEUそして日本は、中国の衛星破壊実験をけん制したいという思いがある。政治的な信頼醸成が進まない中では、安全保障や軍備管理に関するルール作りを進めていくのは難しい」
「軍備管理の正面突破は難しく、『いかに間接的に規制していくのか』を考えなければいけない。たとえば、非軍事の宇宙活動のルール作りを行う、国連宇宙空間平和利用委員会で、日本はガイドライン作りで中心的な役割を果たした」
「こうした場で、宇宙活動の持続可能性を考えると、当然ながら、たくさん宇宙ゴミを出すような活動は望ましくないとなり、衛星破壊はそれに反するということになる。日本として、ほかの国と意見交換していくことで、共通認識を作っていくことはできる」

小原上席研究員は、日本が進むべき道をこう話す。
「ロケットの打ち上げ技術も日本は世界有数で、自国の衛星を自国のロケットを使って打ち上げられるというのは、非常な強みだ。日本は他の国の衛星に頼らなくても、自分でそれを持つことができるからこそ、アメリカや中国に対しても、ものを言うことはできる」
「日本が問題にしなければならないことは、『実力を用いた現状変更』で、宇宙で言えば『衛星破壊はとんでもないことで、暴力的な行為は日本は認められない』ということだ。これは、アメリカにとっても、中国にとってもよくない。日本が単独でリードするのは難しいが『軍事手段を使った破壊は、断固反対』という部分では、欧州諸国やオーストラリアといった国々から賛同を得られ、部分的な影響力を持つことは出来るのではないか」

日本は、宇宙の安全をどう確保し、どう関わっていくのか。
安全保障環境が大きく変わろうとする中で、長期的な見通しを持った対応が求められているのではないか。そう考える。

(※トップの画像には米空軍HPと中国政府の宣伝ビデオの画像も使用)
政治部記者
山枡 慧
2009年入局。青森局から政治部に。文科省や野党を経て防衛省担当。最近、小型ドローンの操縦を勉強中。