“まるで津波” ふるさとが川に沈んだ

“まるで津波” ふるさとが川に沈んだ
時間が止まっているようだった。車を降りて集落を歩くと泥のにおいが鼻をつく。
「津波のようで、早く水が引くのを祈るしかなかった」
人の姿が消えた街で、声をかけた女性から聞いたことばだ。
あの日、何が起きていたのか。
住民の証言や専門家の分析からは、急激に変ぼうした川の姿が見えてくる。
(熊本放送局 記者 杉本宙矢・ディレクター 大窪孝浩/社会部 記者 藤島新也)

がれきの山となった集落

川沿いを車で走るうち、眼下に広がる集落に視線がくぎづけになった。町並みは無残に破壊され、住宅の一部や流木が山のように積み上げられている。
私(杉本)は熊本県球磨村渡地区の茶屋集落にいた。
球磨川の氾濫で入所者14人が亡くなった、特別養護老人ホーム「千寿園」から南西におよそ400メートル、28世帯が暮らす小さな集落だ。
当時、豪雨から3週間。
後片づけは進まず、集落全体の時間は、まるで豪雨直後から止まっているようだった。
泥の臭いの中を歩くと、周辺には住宅の柱や瓦が散乱し、住宅地に乗り上げた車は車体がへこんで窓ガラスが割れている。東日本大震災直後の被災地にいるかのような錯覚と戸惑いを感じた。
人の姿が消えた街で、道端のいすに1人ぽつんと腰をかけていた高齢の女性を見つけ声をかけた。
「自分の目の前を自分の家が流れていくなんて想像もつきませんでした。一日の雨でこんなに流れるものだろうかと」

“まるで津波”姿を変えた球磨川

女性の名前は中神ゆみ子さん(70)。この場所で生まれ育ち、畳屋を営む実家で親子3代にわたって暮らしてきた。
日本3大急流の1つ、球磨川は過去にも水害を繰り返してきた。中神さんは昭和40年や昭和57年の大規模な水害も経験している。
家の壁には過去の水害で浸水した水位を記録するほどで、川の危険性は十分認識していたつもりだったという。
しかし、流域全体に及んだ今回の記録的な豪雨で球磨川は中神さんの記憶にない姿を見せることになる。
7月3日、雨が降り始めると、中神さんは2階に避難することを検討した。過去の経験から「水が来る」と直感的に判断したからだ。
ところが、携帯電話に鳴り響く役場からの避難情報と激しくなる一方の雨の降り方を受け、4日の午前2時には集落の住民と近くの高台に避難することを決めた。
川の水位はみるみる上昇し、流木が、車が、そして家までもが流されてきた。自宅の周辺がまるで球磨川の一部になるように、濁流が集落に流れ込んだという。
長年暮らした自宅は瞬く間に押し流され、ふるさとが目の前で川に沈んだ。当時の川の姿を、中神さんはこう話す。
中神ゆみ子さん
「今回は海の津波と一緒で川の津波です。もしあのまま、2階に避難していたら私は死んでいたと思います」
中神さんをはじめ、集落の人たちは互いに声を掛け合い、避難して無事だったが、住み慣れた街は壊滅状態となっていた。
中神ゆみ子さん
「精いっぱいみんなで作り上げてきた場所なのにこんな形でなくなるなんて、『みんな、ごめんね』と心の中で叫びました。ただ早く水が引くのを祈るしかなかったです」

集落全体が川に「氾濫流」の脅威

「これは異常ですね…」
渡地区に向かう熊本大学大学院教授の大本照憲さんの表情は険しくなっていった。大本さんは、20年ほど前から球磨川流域の調査を続けてきた。
屋根の上に残された流木や、電線に引っ掛かった衣服など一変した集落の姿にことばを失いながらも、洪水の痕跡を一つ一つ記録していく。
熊本大学大学院 大本照憲教授
「災害現場の痛ましい姿を見るのはきついが、現場の中に残っている証拠を拾い出すのが大事」
大本さんが注目したのは、川からあふれ出た水の流れ「氾濫流」。豪雨から4日後の調査では、集落を飲み込んだ氾濫流の水深は6.2メートルに達していたことがわかった。氾濫流は堤防の高さを大きく超えて流れ込み、地区が川のようになっていたという中神さんのことばどおりだったことが分かる。

住宅倒壊させた水の流れの実態は

大本教授は次に、住民が撮影した動画を解析した。
国土交通省によると、建物が倒壊・流失するかどうかは、氾濫流の速さ(流速)と浸水した水の深さ(浸水深)で決まる。
一般的な木造2階建て住宅の場合、水深が2メートル、流れが秒速4メートルを超えると家屋が倒壊したり流出したりするが、どちらかの値が大きい場合、他方が小さくても倒壊のおそれがある。
解析の結果、今回の氾濫流は少なくとも秒速3メートル以上。
大本教授は、浸水が6メートルを超えた渡地区の水の流れは住宅を倒壊させるのに十分な破壊力を持つ流れだったと分析した。
熊本大学大学院 大本照憲教授
「一般に住宅地は堤防や道路、家屋などがあるため抵抗が大きく流れが速くなりにくい。今回は集落全体が川と一体になっているような状態で、氾濫流の威力が増し、被害が深刻になったと思われる。水深だけでなく、流速もあわせて川の氾濫の危険度を評価する必要がある」
大本教授は雨の降り方が激しさを増すなか、氾濫流による住宅の倒壊や流失のリスクを考慮した対策を考えておくことが大切だと指摘する。
熊本大学大学院 大本照憲教授
「建物の2階以上に逃げる垂直避難では命の危険がある場合があり、早い段階で安全な高台などへ移動しておくことが重要だ」

河川 “合流部”のリスク

13か所で氾濫が確認された球磨川。大量の水が川に集まり、水位が急激に上昇したことで避難を難しくさせていたという実態も見えてきた。
河川氾濫のメカニズムに詳しい東京理科大学の二瓶泰雄教授は、渡地区の「地形」に注目する。
本流の球磨川沿いにある渡地区には「小川」という支流が流れている。
二瓶教授によれば支流が本流に流れ込む「合流部」は、大量の水が集まるため浸水のリスクが高くなる。
特に渡地区の場合、背後には山が迫り、氾濫した水の逃げ場が無い。このため、水位が上昇しやすくなってしまうという。

急激な水位上昇 被害拡大の経緯

二瓶教授は、水位計のデータや河川カメラの映像などをもとに、浸水の状況をシミュレーションした。
渡地区の浸水は4日の午前6時ごろ、球磨川と支流の小川の水位が上がり、堤防から水が漏れるように氾濫が始まったとみられる。
ひたひたと広がるような氾濫流はこの時点では、勢いもそれほど強くなかった。
ところが、午前7時を過ぎると、急速に浸水範囲が拡大。球磨川の水位が増し、併走する国道219号線やJR肥薩線の線路付近までが川の一部のようになっていった。
水位の上昇速度は、午前6時からの1時間は30センチほどだったが、午前7時以降は1時間に1メートル15センチと急激に増していて、一気に水位が上がり、避難が難しくなっていた。
では、水の流れはどうか。冒頭に紹介した渡地区の中神ゆみ子さんの自宅周辺では、1秒間に3メートルという非常に速い流れが解析された。
当時、撮影された映像でも、茶色く濁った水が勢いよく流れている様子が映っている。
大量の水が集まり、水位が上がって流速も増加。大きな被害につながったとみられる。
民間測量会社パスコが、被災直後に撮影された衛星画像を分析したところ、渡地区以外でも合流部での被害が確認され、球磨川流域全体では実に19か所に及んでいた。

合流部のリスク 認識を

合流部での被害はこれまでにも相次いでいる。
2018年の西日本豪雨で、広範囲が浸水した岡山県倉敷市の真備町、去年の台風19号で、数多くの犠牲者がでた福島県本宮市、多摩川に支流が流れ込む神奈川県川崎市、いずれも合流部で被害が出ている。
二瓶教授は警鐘を鳴らす。
東京理科大学 二瓶泰雄教授
「合流部では、毎年のように顕著な被害が出ていて、特にリスクが高い。日本は至るところに川があり、合流部が数多くある。近くに住んでいる人は地形をよく見てリスクを認識しておかなければいけない」

海外では土地利用の制限も

専門家の分析で見えてきた、短時間のうちに急激に水が上昇して集落を襲う氾濫流の危険性。
国土交通省は浸水や流れの速さなどの推計をもとに氾濫流による住宅倒壊の危険性がある場所を「家屋倒壊等氾濫想定区域」に指定し、公開している。
球磨川では2017年に指定されたが、流域の自治体ではハザードマップに反映されていなかった。
地元の自治体からは…
「家が流されるおそれがあるという認識が不十分だった」
「情報が加わることでマップが分かりにくくなる」
「予算や人員が潤沢ではなかった」
しかし、海外に目を向けると、浸水の深さだけでなく、流速も加味したリスクを伝える取り組みがある。
治水対策に詳しい九州大学の島谷幸宏教授によると、スイスではハザードマップの作成と土地の利用計画への反映が自治体に義務づけられている。
浸水の深さだけではなく、氾濫流の流速を考慮して危険区域が設定され、危険度に応じて住宅や小学校などの建設を禁止したり、制限したりするなどの対策がとられているという。
そのうえで、島谷教授は日本でも氾濫流の危険性があるところでは土地の利用や開発を制限することも検討する必要があると指摘する。
九州大学 島谷幸宏教授
「要となるのは集落のコミュニティーだ。地域と行政が一体となって取り組まなければ減災にはつながらない」

故郷に住み続けたいが…

豪雨による川の氾濫で大きな被害を受けた球磨村。
ふだんは、緑豊かな美しい景色が広がっている。
冒頭で紹介した渡地区の中神ゆみ子さんは、避難所から毎日のように茶屋集落の自宅跡地に通っている。
地区の復興と再生に向けて尋ねると、複雑な思いを吐露した。
中神ゆみ子さん
「ここは私の生まれ育った故郷で、水害が来ることも含めて本当に愛着のある土地でした。けれど、今回はもう元に戻らないかもしれない。親戚からも住むことを反対され、集落の人でも別の場所に住むと決めた人もいるそうです。でも私は、やっぱり住み続けたくて、何もできないけれど、毎日ここに来て眺めているんですよね」

災害のリスクと向き合うとは

毎年のように起きる災害と、どう向き合っていけばよいのだろうか。
三陸の豊かな海が広がる、東日本大震災の被災地で出会ったある男性が「俺は朝起きて玄関を開け、磯の香りを感じると『生きている』と実感する。被災した場所に戻りたい」と話してくれた。
たとえ被害を受けても住み慣れた場所で家族や知人と暮らす生活を望む気持ちは共感できる。
一方で近年、気象現象が激甚化し、これまでの経験だけでは対応できない災害が頻発している事実から、目をそらすことはできない。
自分や大切な人の命を守るためには、みずからが暮らす地域のリスクを知り、大変でも、面倒くさくても、繰り返し命を守る行動をとるという「覚悟」が必要なのだと感じた。