機能性にこだわる “糸のオタク”が作る新しい洋服

機能性にこだわる “糸のオタク”が作る新しい洋服
最近、アパレル業界が苦戦しているというニュースをよく見かけます。リモートワークの普及などで外出を自粛する人が増えて服が売れなくなっているんです。こうした中、1度は倒産すら覚悟したという老舗の繊維メーカーが、機能にこだわった商品を開発することで新たなチャンスをつかもうとしています。(山形放送局記者 新藤東永)

“糸のオタク”が新たな歴史をつくる

「糸が好きなんです。オタクですね。誰かを追いかけるのではなく、全く新しい糸の歴史を作り出したい」
こう話すのは、金色に染めた長髪がトレードマークの佐藤正樹さん(54)です。

山形県寒河江市で繊維やニットを製造している創業88年の企業の4代目社長で、家業を継いだのは38歳の時。以来、みずから会社の広告塔になろうと、このヘアスタイルを通してきました。
そんな思いが世界に通じたのが2009年。黒人初のアメリカ大統領となったバラク・オバマ氏の就任式でした。ファーストレディーのミシェルさんが身につけていたカーディガンは、なんと佐藤社長の会社の糸で作られていました。

無限の可能性

このカーディガンの素材となったのが「世界で最も細い」とまで呼ばれた糸です。
わずか1グラムの毛を52メートルに引き伸ばして、驚異の軽さと柔らかさを実現しました。原料のアンゴラヤギの毛も、佐藤社長がみずから南アフリカで買い付けました。

ほかの素材にはない特性が、みごと海外の有名ブランドに評価され、ファーストレディーの目にとまったのです。
佐藤社長
「存在しないものを、ゼロから作り出すのが私たちの『ものづくり』。こういう糸を作ったらおもしろいと思って挑戦しているうちにそういう糸ができる。無限の可能性がありますね」
これまでに開発した糸は100種類以上。自社ブランドも立ち上げ、東京や台湾などで24店舗を展開するまでに成長しました。

新型コロナの猛威「もう終わるかも」

そこに新型コロナウイルスの感染拡大の影響がやってきました。外出を控える動きが広がり、ファッションの需要が減少。会社の4月の売り上げは、去年の同じ時期のおよそ3分の1に激減し、倉庫には行き場を失った商品が連日のように持ち込まれました。
佐藤社長
「過去に経験したことがないくらいの在庫でした。もう終わるかもという危機感はありましたね。これから第2波、第3波の流行が広がっていくことを考えると、どうしようかと思いました」

危機打開のヒントは コロナ禍で変わった生活様式

いま消費者が買ってくれるとしたらどんな服か。悩んでいた佐藤社長の目にとまったのが、当時、消防関係者の依頼で開発していた「ある素材」でした。
それは火をつけても燃え広がらないニットです。消防士が消火活動中に着られる肌着を作ろうと、固い消防服の素材にウールを絡めて柔軟性を持たせました。この素材を使えば、新しい市場を開拓できるのではないかと考えたのです。
佐藤社長
「今まで私たちはファッションの業界しかターゲットにしていなかったんです。新型コロナウイルスでライフスタイルが変わることで、全く新しい洋服が生まれてくる可能性がある」

狙いはアウトドア

そこで佐藤社長が商談を持ちかけたのが、東京の大手アウトドア用品メーカーです。キャンプや登山など、3密を避けようとする人たちに人気のアウトドア業界なら、防火機能に優れた素材に関心を示してくれるのではないかと考えました。

その場で実験映像を見せると、メーカーの担当者も「なんで燃えないんですかね」と不思議そうな表情を浮かべながら、興味深そうに触っていました。商談の結果、製品化を目指していくことになりました。
メーカー担当者
「キャンプなどで遊びに行った時に服が燃えてしまったり、あるいは本当に危険な目にあったりすることも考えられます。ちゃんと守ってあげられるようにするというのはすごく重要です」

新たなPRも

消費者へのPRの方法も見直しました。感染拡大で再び営業ができなくなった場合に備えて、直接、自社ブランドをアピールできるよう動画の配信を始めたのです。
出演するのは、もちろん佐藤社長です。社員をモデルにして、生地の特徴やコーディネートのしかたを解説。その様子を毎週、動画投稿サイトで配信しているのです。
佐藤社長
「私たちのものづくりの考え方を消費者にダイレクトに伝えたい。それを消費者は求めている」

ライバルのいない新市場を創造する

今後も、新型コロナウイルスの流行で変わるライフスタイルに応じた製品を生み出していきたいという佐藤社長。最近はテレワークの広がりで自宅で過ごす人が増えていることから、より快適に過ごせる肌触りのいい素材の開発を進めています。警備やスポーツといった分野への展開も考えているということです。

縮小していく市場で、価格競争を繰り広げるのではなく、コロナ禍で生まれた新しいニーズを見つけだし、それに応じた商品を生み出していく。佐藤社長の挑戦は、新型コロナウイルスで打撃を受けているほかの業界にとってもヒントになりそうです。
山形放送局記者
新藤 東永
新聞社を経て平成27年に入局。
1次産業や地域経済を取材