聖火リレーは必要か?コロナ時代の価値とは

聖火リレーは必要か?コロナ時代の価値とは
「ホントにオリンピックは開かれるの?」
スポーツを取材していると周囲からよく聞かれてきた質問だが、開幕まで1年を切った今はその回数がめっきり減ってきた。
新型コロナウイルスの感染拡大が続き、ひしひしと感じるオリンピックへの逆風。そうした中、あと8か月もするとオリンピックへの機運を高めるための重要なイベントがスタートする。聖火リレーだ。
“完全な形”、“中止”、“再延期”、“簡素化”。
さまざまなことばが飛び交い、先が見えないからこそ問いたい。
「聖火リレーは、なぜ必要なのか」
聖火をつなぐその日を待つランナーたちのことばを通して考える。
(スポーツニュース部 橋本剛)

揺らぐ聖火への思い

「来年、自分がトーチを持って走る姿をイメージできない」
そう話すのは、セパタクロー日本代表で日本体育大学4年の松本凌さん(21)だ。本来ならば、ことし3月26日の聖火リレーがスタートするその日に出身地である福島県を走る予定だったが、スタートの2日前に延期が決まった。
松本さんが聖火ランナーに応募したのは、自分自身が取り組むセパタクローのPRにつなげたいという思いからだ。
オリンピック種目ではなく、日本でなじみの薄い競技を代表して、日本中が注目する聖火リレー初日に走るという高揚感。
その日を心待ちにしていたが、未知のウイルスとの戦いの先行きが見えない現状を踏まえ、気持ちを切り替えたという。
セパタクロー日本代表 松本凌さん
「聖火リレーよりも目の前の練習に専念しよう」
今は、仮に聖火リレーがなくなったとしても、SNSを使って競技のPRに力を入れようと考えている。当選した聖火ランナーに贈られる記念品のタオルには、ことし走るはずだった日付がプリントされているが、すでに練習で使い古されていたのが印象的だった。
セパタクロー日本代表 松本凌さん
「人命は大事なので、どうしても安全が確保されてからスポーツをやるという順番になってしまう。聖火リレーを走りたいという思いに変わりはないが、現状では来年のオリンピック開催は少し厳しいと思う」
複雑な気持ちを抱えるのは、東京オリンピックを目指す選手も同じだ。日本のお家芸、競泳の平泳ぎで金メダル獲得を目指す渡辺一平選手(23)は、4月に地元の大分県を走る予定だった。
しかし緊急事態宣言が出され、聖火リレーはおろか、練習拠点のプールは閉鎖。およそ2か月泳ぐことすらできない状態が続いたという。
現在は来年のオリンピックに向けて再スタートを切ったが、聖火リレーへの気持ちは整理できないままだ。
競泳 渡辺一平選手
「来年の聖火リレーがどうなるか分からないし、聖火ランナーとしてどういった気持ちで走るのか、今はなかなか言えない。アスリートとしてできることは大分県や日本、競泳界に活気をもたらすことなので、この1年間、自分にできることを真摯(しんし)に考えたい」

聖火リレーとは「最も身近な五輪」

オリンピックの開催自体を危ぶむ声があがる中で、開幕から4か月前に始まる聖火リレーにどんな意味があるのだろうか。
私たちの疑問に答えたのは、日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏だ。地域振興のスペシャリストとして知られ、大会組織委員会による聖火リレーの検討にも加わった。
藻谷氏は「来年の感染状況が予測できない以上、現時点でオリンピック開催の是非を判断するべきではない」としたうえで、そもそも聖火リレーには「地域に最も身近な五輪」という意味があると話す。
日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介さん
「小さな街に住む一般の人がオリンピックに関われるのは、知り合いが聖火リレーを走るのを見に行くことだ。全国の津々浦々を何日もかけて行う聖火リレーは最もオリンピック精神を残したイベントと言える。ふだんは同じ県内でも注目されない地域、離島、山奥も日本が世界とつながっていると感じることができる」

聖火ランナーの思いつなぐために

聖火リレーは「最も身近なオリンピック」。
だからこそ自分たちができることは無いか考え、行動に移した聖火ランナーもいる。石川県小松市で和菓子店を営む那谷忠之さん(47)は、オリンピック開幕1年前にあたる7月23日、ある動画をインターネットで公開した。
那谷さんは聖火ランナーどうしで情報交換を行うSNSのサイトの管理人で、現在は200人を超えるランナーが登録している。
各地のランナーが地域に活気を呼び戻す担い手になれないかと動画の制作を呼びかけ、秋田から鹿児島までの計73人が参加した。
1人が10秒程度、短く撮影したものをリレーしているように編集して3分37秒にまとめた。
参加したランナーの中には、感染拡大で外出を控えるようになった高齢者や、医療関係者の家族、そして相次ぐ豪雨災害に新型コロナウイルスが追い打ちをかけたという旅館のおかみなど、厳しい境遇に置かれた人が少なくない。
那谷さん自身も、取り引きする百貨店や空港が一時、休業した影響で和菓子店の売り上げが大きく落ち込んだ。
暗い気持ちを振り払うように、那谷さんはオリンピックの担い手の一員として、自分たち聖火ランナーが前を向く姿を見せることが大事だとみずからに言い聞かせていた。
那谷忠之さん
「暗いニュースが多いときこそ、夢や希望、楽しいことがみんなの励みになる。動画をきっかけに、少しでも聖火ランナーの元気やパワーが伝わりポジティブに活動することを思い出してくれたらうれしい」

1964年に示した聖火の力

聖火リレーが持つ力を日本で最も知るであろうランナーにも話を聞いた。沖縄県浦添市の宮城勇さん(78)。
1964年、沖縄から聖火リレーが始まった前回の東京オリンピックで第1走者を務めたその人だ。
アメリカの統治下にあった当時の沖縄は、祝日以外、日本の国旗掲揚が禁じられていたが、宮城さんがギリシャから空輸された聖火を手に那覇空港を走り出したとき、沿道は日の丸で埋め尽くされていた。
宮城勇さん
「沖縄のすべての住民が日の丸を振って歓迎していたように思う。凄惨(せいさん)な地上戦があった沖縄では、聖火リレーが平和と希望の尊さを伝え、みんなに勇気を与えてくれた。本土復帰へと未来を照らす道しるべだった」
宮城さんはことし5月、再び聖火ランナーとして地元の浦添市を走る予定だった。ウイルスの暗い影が世界中を覆う今と当時の沖縄とは状況は違っても、聖火リレーが人々に与える力は変わらないと信じている。
宮城勇さん
「トーチの先から白煙が上がりオレンジ色の小さな火柱が吹き出す。それはスタジアムに行かなくてもオリンピックを感じることができる瞬間だ。みんなを1つにして力と勇気を与えてくれる。聖火の炎はそんな力を持っている」
そして「オリンピックはぜひ開催してほしいので、こんなことは初めて口にするが…」と断ったうえで、こう力を込めた。
宮城勇さん
「万が一、オリンピックが開催できなくなっても、地域の勇気や力になる聖火リレーだけは形を変えてでもやったほうがいい。私はそれだけの意味があると思う」

200m×1万人の意義とは

1人のランナーが走るのは2分間、距離にすると200メートルにすぎない。しかし、全国各地でトーチを掲げるランナーは1万人に上る。聖火リレーの検討に加わった藻谷氏は、聖火が全国を巡るその意義を強調する。
日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介さん
「老若男女、ありとあらゆる立場の人が走る聖火リレーは、すべての地域活性化の集大成のようなものだ。今は人間の本能である『集まりたい』という気持ちがウイルスで阻まれている。凍結された活動を解凍し『これから楽しくやっていくぞ』という思いを込めて聖火リレーができるようになれば、小さくても地味でも大きな意味がある」
ウイルスで分断された人たちが聖火のもとに集い、かつての活気と希望を取り戻す。聖火リレーが始まる来年3月、そんな光景が各地で広がっていることを願いたい。
スポーツニュース部
記者 橋本剛