解雇せずに乗り切る! 新しい出向の形

解雇せずに乗り切る! 新しい出向の形
「出向」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか。社命で子会社や取引先など関係の深い先に異動し、新たな環境で働く姿を想像すると思います。出向先で奮闘する会社員が主人公のテレビドラマも人気です。新型コロナウイルスで厳しくなる雇用情勢を、新しい出向の形で守ろうという模索が始まっています。(経済部記者 寺田麻美)

私、実は出向です

兵庫県にある物流会社。食料品や日用品を配送するトラックのドライバーとして働く50代の男性。慣れた手つきでトラックを運転し、機敏に動きながら荷積みをしていますが、本業は観光バスの運転手です。

新型コロナウイルスの影響で観光バスの仕事が激減したため、男性は、勤め先のバス会社と相談して、3か月間、物流会社に出向することにしたのです。長年、観光バスを運転し、大型第2種免許を持っていたため、トラックの運転もできるのです。
出向した男性
「子どもが2人いるので、観光の仕事が減って収入がかなり減ったので、とても不安でした。出向することで、給料も最低限は確保できるのでありがたい。転職だともとの仕事に戻れないので、自分の好きな観光バスの仕事に戻れるという点でも出向はありがたいです」
物流業界は、人手不足に悩まされる業種の1つ。男性が出向した会社にとっても、高い運転技術を持ち、観光バスの接客で培ったコミュニケーション能力を備えた人材は、即戦力になると歓迎しています。
前川社長
「食料品や日用雑貨の配送しているので、新型コロナウイルスの極端な影響は受けていません。コロナで困っているバス会社が地元にあると聞き、働いてもらうことにしました。物流業に来てくれる人が少なく苦労していたが、こういった形で即戦力に来てもらえるのは非常にありがたいです」

出向、サポートします

コロナに苦しむバス会社と、人材確保に悩む物流会社をつないだのは、公益財団法人「産業雇用安定センター」。全国47都道府県に企業からの相談窓口を設けています。

窓口には、いま「従業員を抱えきれない」といった相談が相次いでいます。相談は、ことし4月から7月までに、およそ5500件に上り、多くの業種から、雇用をどう守ればいいのか悲痛な声が寄せられているといいます。
金田業務部長
「旅館やホテル、それにアパレルの卸売り、空港関連の業種からの相談が非常に多いです。従業員の雇用を守りたいが、経営が厳しく、雇用を維持できなくて、解雇するしかないといった相談が増えています」

マッチングで雇用を守る

新型コロナウイルスが雇用に及ぼす影響。厳しい数字が次々と明らかになっています。
新型コロナウイルスの影響で、勤め先から解雇や雇い止めにあった人は4万人超え(厚生労働省 7月下旬)。6月、7月は毎月1万人を超える急増でした。

6月の就業者は77万人減(総務省・労働力調査 前年同月比)。「宿泊・飲食サービス」は38万人減、「生活関連サービス・娯楽」は22万人減。
雇用悪化に歯止めをかけるためにセンターが力を入れるのが“出向”。在籍型の出向サポートです。雇用先の企業に籍を残したまま、従業員をほかの企業に一時的に別の会社に出向させる橋渡しを行っています。

無料で出向させたい従業員の情報を聞き取り、受け入れ先企業を探してマッチングさせています。

冒頭のバス会社と物流会社のマッチングのほか、休業中のレストランのシェフが、スーパーの調理スタッフになったり、旅館の接客担当が、病院の検温スタッフになったりするなど、これまでにおよそ100件の出向のマッチングにつなげています。

三方良し、となるか?

出向は、仕事が減った出向元の企業にとっては、雇用を維持しつつ、従業員に支払う給与の負担を一時、減らすことができます。

従業員にとっては、職場は変わりますが、収入は確保でき、受け入れ先企業は、即戦力の人材を活用できます。

センターは“出向”受け入れ先企業の開拓を急いでいます。
私が取材した日は、神奈川県にある鉄道の保線機器メーカーをセンター職員が訪問し、出向の仕組みをアピールしました。

メーカー側には、溶接や旋盤の人材を受け入れる余地があり、話し合いを進めることになりました。
山崎社長
「スピードが求められる時代。一から育てるのは大変。経験があってやる気がある人が来てくれると、職場にもプラスの影響になる。前向きに考えたい」
しかし、送り出す側、受け入れる側、従業員自身も納得できる「三方良し」の出向を実現するのはそう簡単なことではありません。

課題の1つは、出向を希望する企業に対して、受け入れ企業が少ないことです。新型コロナウイルスの影響を受ける、同じ業種どうしの出向は現実的ではないため、異業種間での出向を模索することになります。

従業員が持つ経験・資格と、受け入れ先が求める人材がぴったり一致させるのは難しい面もあります。またいざマッチングできても、新型コロナウイルスの影響がどこまで続くか見通せない中、出向期間をどれだけの長さにするか折り合いを付けるのもハードルになるといいます。
産業雇用安定センター 金田業務部長
「異業種間の出向を受け入れてもよいという企業を個別に見つけ出すのはなかなか難しい。業界団体に働きかけて、企業の人材ニーズを吸い上げてもらって、アプローチする取り組みも始めている。全力で企業開拓に努めて、雇用を守っていきたい」

広がるか?新しい出向の形

出向で雇用を維持しようという取り組みは、企業間でも始まっています。

例えば、東京のIT企業どうしが、お互いの仕事の忙しさをみながら、従業員を出向で融通し合う仕組みを取り入れて人材を有効活用しようとしています。

企業や業種の垣根を超え、新しい「出向」の形で雇用を支えようという動き。課題は少なくありませんが、コロナ時代の新しい働き方の1つになるのでしょうか。取材していこうと思います。
経済部記者
寺田麻美
平成21年入局
高知放送局をへて経済部で消費の現場から相続問題まで幅広い分野を取材