4年連続で浸水 深刻な農業被害の実態は 福岡・久留米

4年連続で浸水 深刻な農業被害の実態は 福岡・久留米
「これで4年続けての浸水…。私たち何か悪いことした?って思ってしまう」 福岡県久留米市のある農家の口をついて出たことば。九州に大きな被害をもたらした7月の豪雨では農林水産業への被害も深刻だが、実は久留米市では、ここ数年、毎年のように大雨で川の水があふれて浸水被害が発生し、農業関係者が苦しんでいる。なぜ被害が続くのか、現場を歩いてみると、治水をめぐる構造的な課題が浮かび上がってきた。(経済部記者 岡谷宏基/福岡放送局記者 山崎啓)

九州でも有数の農業生産地が浸水

私たちが豪雨の現場に入ったのは7月7日。福岡県に大雨の特別警報が出された翌日だった。向かったのは久留米市。いたるところで川から水があふれ、地域一帯が広い範囲で水につかっていた。

浸水でまだ立ち入れない道も多い中、取材を進めると、多くの農地が浸水していることもわかってきた。

久留米市は農業産出額が297億円(平成30年)と、福岡県の市町村で最も多く、九州でも有数の生産地。深刻な被害が懸念された。

心が折れそうだ

最初に話を聞いたのは、農家の田中圭介さん(38)。今回の豪雨の被害を尋ねると、驚きのことばが返ってきた。
農家 田中圭介さん
「ことしもですが、農地が水につかるのは4年連続です。2012年の豪雨以来、この8年では6度目。毎年の被害に心が折れそうです」
田中さんは地域でもっとも若い農家で、コメに加えて、枝豆やリーフレタスなどを大規模に生産している。

今回の豪雨では収穫間近だった枝豆が泥水につかって出荷できなくなり、直接的な被害額だけで約100万円にのぼる。枝豆が出荷できなくなるのは4年連続、育てるために費やした3か月が、毎年、むだになってしまう。田中さんは、金額以上のつらさを口にしていた。

もうやめてくれという気持ち

同じように毎年被害を受けている別の若手農家にも話を聞いた。久留米市の香月勝昭さん(41)。国内で生産されるパクチーのおよそ15%を生産する、地域でも有数の規模の農家だ。

今回の豪雨で、農業用ハウス76棟すべてが浸水し、パクチーが出荷できなくなった。被害額は少なくとも1000万円に上るという。香月さんの農地が水につかるのも4年連続。香月さんは「もうやめてくれという気持ち。私たちが何か悪いことをしましたか、と思ってしまう」と声を落とした。

なぜ毎年、被害が

なぜ、毎年、同じ被害が出るのか。地域で話を聞くと、そこには久留米市内を流れる筑後川周辺の構造的な課題があることがわかってきた。

この周辺では、一級河川の筑後川の水位が大雨などで高まった際、支流への逆流を防ぐため、水門を閉めることになっている。逆流により堤防の決壊など大きな被害が出ることを防ぐための措置だ。
しかし水門を閉めることで、支流に流れ込んだ水が行き場をなくし、堤防を越えた水があふれてしまう。あふれた水はじわじわと浸水被害を広げていく。

水門は久留米市だけで18か所。筑後川流域のいたるところで、こうした被害が起きている。

田中さんは「ことしの筑後川の水量をみていると、水門は閉じるしかない。あの水量が少しでも市街地に入ってくれば、もっと大きな被害になってしまいます。町中に大きな被害を及ぼさないために犠牲になっているのは、農地、農家という部分はあります。毎年、農家が被害を受けるということで、モチベーションもさがるし、金銭的なことも負担になっています」と歯がゆさを感じている。

連続浸水、もう1つの事情

ここ数年、被害が広がっている背景には、久留米市の農業をめぐる“事情の変化”も関係している。
久留米市は筑後川の豊富な水や肥沃(ひよく)な土地の恩恵を受け、コメの生産が盛んだが、最近では野菜の生産も増えている。年1回しか収穫がないコメとは別に、年間を通じて安定した収入を得られるように経営を多角化する農家が、近年、増えてきたためだ。

コメの場合、稲が水につかっても、土砂をかぶっておらず穂が出る前なら、作物としては持ち直す可能性もある。しかし野菜は、泥水につかった時点で商品価値がなくなってしまう。コメだけでなく野菜へと、「稼げる農業」に取り組んでいる農家ほど、大きな被害を受けてしまう現実がある。
パクチー農家の香月さんは、年々、栽培の規模を拡大し、取引先との関係を築いてきた。しかし、4年続けて、夏の時期の出荷ができず「安定供給」が果たせなくなったことで、取引先からの信頼を失ってしまうことを懸念している。

浸水被害が続いたため、香月さんはことし、農地を守るブロック塀をあらかじめかさ上げしていた。しかし、それを上回る水が流れ込んできた。想定を越えた水害だった。今後の経営にも痛手だ。泥水につかった農地を消毒して再び農産物を出荷できるようになるまでには3か月ほどかかる。つまり、その間は収入がゼロになってしまうのだ。香月さんの農園は従業員など9人が働いている。影響は深刻だ。

どんな対策があるのか

久留米市の治水には、どんな対策がとれるのか。河川を管理する国や県はこれまでに排水設備の増強を進めてきた。筑後川の支流にポンプを設置し、水門を閉めた際にはポンプで支流の水を筑後川に戻すことで、支流の水があふれることを防いできた。

しかし、今回の記録的豪雨のような大量の雨で、排水能力が追いついていない現状がある。その能力を強化してほしいという声は農家からもあがっている。その一方で、支流の水をさらに筑後川に注ぎ込むことで、決壊の危険性が高まるおそれも指摘されている。

農家からは、筑後川の抜本的な改修を求める声もあがっているが、実現には長い時間や費用がかかる。冒頭で紹介した、枝豆を栽培する田中圭介さんは、河川の改修という長期的な対策を国に求めるとともに、水につかりにくい土地に畑を集約させる方法を考えるなど、行政と地域が一体となって対策を進める必要があると話す。
田中圭介さん
「水害に負けない農業を地域と一緒に作っていかないといけない。農地の浸水被害は、一級河川がある市町村はどこでも起きると思います。久留米は4年連続で被害を受けているので、対策を講じれば、モデルケースとして全国に示していけるのではないか」
一連の浸水被害について、久留米市農政部の担当者は「被害が連続している農家の気持ちは十分に理解している。農家の声を聞いたうえで、国や県に対しても、対策の必要性を伝えていきたい」と話している。

毎年、繰り返される被害に対して、行政と地域が一体となって、全国に通じる有効な手を講じることができるのか。日々の食材を生産する農家を支えるため、スピード感を持った検討が求められている。
経済部記者
岡谷宏基

平成25年入局
熊本局を経て経済部で農林水産業の取材を担当
福岡放送局記者
山崎啓

平成27年入局
久留米支局などで九州北部豪雨の被害を継続的に取材