新型コロナウイルスの影響 虐待から逃れた若者にも

新型コロナウイルスの影響 虐待から逃れた若者にも
新型コロナウイルスの影響で誰もが思いがけずこれまでとは異なる生活を強いられたこの5か月間。中には、「あすの食料はあるのか」「どうやって生活したらいいのか」と深刻な不安を抱きながら過ごした若者たちがいました。親の虐待から逃れ、1人で社会へと歩み出した児童養護施設の退所者です。この春、施設を出て、厳しい現実に直面した18歳の若者を取材しました。(社会部記者 能州さやか)

思い描いた新生活が…

東海地方の児童養護施設をことし3月に退所したみゆきさんです(仮名・18歳)。

親からの虐待を受けて、小学3年生のときにきょうだいと一緒に保護され、およそ10年にわたって施設で暮らしてきました。

高校卒業を機に、施設を退所してひとり暮らしを始め、希望していた専門学校の入学に向けて準備を進めていました。

しかし、新型コロナウイルスの影響で思い描いていた新生活は一転しました。

専門学校は休校。学費と生活費を賄うため定食屋と居酒屋でアルバイトをする予定でしたが、勤務のシフトにほとんど入れず収入が途絶えたのです。
みゆきさん
「アルバイトを2つ掛け持ちして頑張ろうと思っていましたが、店の休業や人件費の削減で、稼ぐことができなくなってしまいました。施設を出て初めてのひとり暮らしでしたが、4月に手にした給料は3万円。家賃や光熱費はすべて自分で支払わなければならず、焦りがどんどん増していきました」
4月には緊急事態宣言が出され、アルバイトの求人はますます少なくなりました。

みゆきさんはアルバイトの面接を受け続けましたが、採用にはつながりませんでした。

将来の学費のためにと高校1年のときから始めたアルバイトで100万円近く貯金していたみゆきさん。入学金やひとり暮らしの初期費用を差し引いて、残ったお金を取り崩しながら生活をつなぎました。

こういうとき、多くの人は肉親を頼ろうとするかもしれません。しかし、みゆきさんにはそれができませんでした。
みゆきさん
「親の連絡先も知らないのでそもそも頼れる状況ではないのですが、虐待をされていたので『怖い』という思いが強いです。自分を虐待していた人を頼ろうと思えませんでした」
みゆきさんは、まず生活費を削ろうと食事を1日1食にしました。そして光熱費を節約するために毎日入浴するのをやめました。

しかし、アルバイトの面接で不審がられるわけにはいきませんでした。みゆきさんは、ぬれたタオルで身体を拭いたり髪の毛をぬらして整えたりしました。

生活を切り詰めながらなんとか自力で仕事を見つけようとしましたが、飲食店はほとんどが営業を自粛したり、時間を短縮したりしていて、アルバイト先は決まりませんでした。

肉親は頼れないものの、この前まで暮らしていた施設は力になってくれるかもしれない。そう考えたみゆきさんは、施設の職員にSNSで連絡してみましたが、返信はなく助けは得られませんでした。

この頃、学校は休校になり、施設で暮らす子どもたちも学校に行けなくなっていました。施設の職員は子どもたちの世話で手いっぱいでした。職員や施設の大変な状況を考えると相談できなかったといいます。

制度に助けてもらえない

「このままでは生きていけない」

みゆきさんは、利用できる行政の支援制度がないか調べはじめました。

最初は市役所の担当者の説明を聞いても聞き慣れないことばばかりで理解できませんでした。繰り返し足を運んで担当者に尋ねたり、自分でインターネットで調べたりしました。

そして、仕事を失った人などに家賃を支給する「住居確保給付金」や、生活保護を受給できないかと考えました。

しかし、窓口で問い合わせると「学生だから」といった理由で断られたと言います。
みゆきさん
「所持金と収入を考えれば受けられるはずなのですが、『学校に通うとなると対象外だ。辞めるなら受給できる』と言われました。なにか1つでも受けられないかと必死だったのに。家に帰って1人になると絶望というか、悲しくなってしまいました」
みゆきさんのような学生がこうした行政の支援制度を利用することはできないのか、私は今月、厚生労働省に問い合わせてみました。

すると、「住居確保給付金」については、5月に入ってから対象者に児童養護施設出身者を明記し、自治体の窓口担当者向けに文書を出して周知したということでした。

一方で、生活保護については今も「昼間の大学や専門学校に通う場合は、最低限度の生活をしているとは認められず、稼働能力がある人は就労していただく。一般的に生活保護の対象にはならない」ということでした。

新型コロナウイルスの影響で予期せぬ困難にぶつかり、肉親や行政の支援も受けられなかったみゆきさん。それでも学校を辞めることはできませんでした。
みゆきさん
「かなえたい夢があるからです。入学した専門学校は、保育士と社会福祉士の資格を取ることができます。昔、担当してくれた児童相談所の職員に心を救われ『自分もあの人のようになりたい』というのが、第1の夢としてありました。それに、仮に学校を辞めてもコロナの状況で安定して働ける保証はないですし学校を辞める選択肢はありませんでした」

児童養護施設退所の学生支える制度は?

児童養護施設を退所したあと、大学や専門学校に通う若者を支える制度はないのか。

調べてみると親の同意が得られない場合でも退所した施設の協力を得て利用できる貸し付けの仕組みがありますが、施設と連絡が取れなかったみゆきさんは利用できませんでした。

一方、国は経済的に困難な学生を支援するため返済不要の「給付型奨学金」、入学金や授業料の免除・減額などの制度を設けています。

対象となるのは、高等専門学校が100%、大学や短大で97%となっていますが、専門学校は62%で、みゆきさんが通う専門学校は対象から外れていました。

SNSで支援者とつながる

どん底で苦しんでいたみゆきさんをようやく救ってくれた場所。それは、全国的にはまだ決して多くない、児童養護施設の退所者の支援団体でした。

4月下旬、千葉県にある支援団体「Masterpiece」にSNSで助けを求めたところ、救いの手を差し伸べてくれたのです。
みゆきさん
「フードバンクの食料を送ってもらったり、自分の通う専門学校でも受けられる奨学金がないか相談に乗ってもらって、ようやくほっとできました」
団体の代表の女性に取材すると、新型コロナウイルスの影響で数多くの若者から相談が寄せられているということでした。
「Masterpiece」代表
「北海道から沖縄県まで、コロナの影響で経済的に困窮している若者から悲痛な叫びが寄せられました。『食料がない、お金がない』といったものから、『生活保護を受けるときに親族に通知が行き自分の住所などの情報が親に伝わったらどうしよう』などさまざまです」

支援の体制作りが進められているものの…

毎年、児童虐待の認知件数が右肩上がりに増えていく中、厚生労働省の発表では去年3月の時点で虐待から保護されるなどして児童養護施設で暮らしている子どもたちはおよそ2万5000人に上っています。

子どもたちは高校卒業と同時に18歳で退所するケースがほとんどで、未成年で頼れる親族がいないまま社会に出ることの困難さが指摘されるようになりました。

平成28年には児童福祉法などが改正され、すぐに自立が難しく、生活が不安定になるおそれがある場合は、最長で22歳まで施設で暮らせるようになりました。

しかし、施設に空きが少ないといった理由などから、延長されるケースは限られています。

さらに、施設を退所した子どもたちが低料金で暮らせる自立援助ホームもありますが、受け入れられる定員は全国で1000人余りにとどまっています。

また、みゆきさんは1人でもがきつづけた末に、支援者とつながることができましたが、児童養護施設を退所したり里親家庭で育ったりした若者が社会に出たとき頼れる場所は決して多くはありません。

行政からの委託を受けて退所した児童を支援する事業所は全国でおよそ30か所で、整備されていない自治体もあります。

実態把握に乗り出した団体も

こうした中、ある支援団体は新型コロナウイルスの影響を受けている若者たちの実態の把握に乗り出しました。

神奈川県の委託を受けて若者を支援している団体、「あすなろサポートステーション」が、県が所管する18の施設や団体に協力を依頼して調べた結果、2月から5月にかけ、新型コロナウイルスに関連して支援を行った若者は、230人にのぼることがわかりました。

このうち、給料の減少や収入がなくなったという相談とコロナ関連の給付の手続き支援などが、それぞれ46人、仕事の休業についての相談が41人、精神的な不安の相談が27人、そして、「家を失った」とか「内定を取り消された」といった相談がそれぞれ3人でした。

団体が調査を進めていた先月、神奈川県内の施設の職員や行政の担当者が集まって近況の報告会が開かれました。
女性職員
「住み込みで働けることを理由にこの春から宿泊業で仕事をする予定だった若者がいますが、始業が先延ばしになりました。退所予定でしたが、急きょ、施設にとどまることになりました」
職員たちは、感染拡大の影響で若者たちへの対応に追われた実情を明かしました。
調査を行った「あすなろサポートステーション」でも4月の相談件数は感染が拡大する前の時期と比べ、大幅に増えているということで、所長の福本啓介さんは、「もともと、困難な状況にあった方がより深刻な状況に変化してしまいました。従前からサポート体制が足りていない中、不安定な生活基盤のところに、新型コロナが1つのきっかけとなって困窮が表出したと見ています。今回は、日頃から地域で連携していたことから実態の把握と合わせて早期に対応することができました。誰かと『つながる』ことの大切さや、アフターケアの価値が示されたと思います。一方で、年々対応件数が増えていく中、限られた職員で対応することができるのか、検討していかなければならない」と話しました。

誰もが「つながる」機会を

児童福祉に詳しい大阪府立大学の伊藤嘉余子教授は、「日本では、児童養護施設を退所した若者を支援する体制はまだまだ不十分です。現状では、相談できる場所が地域によって偏っていますが今後、どこの地域で育っても同じように誰かとつながるチャンスがあるという仕組み、社会を作っていく必要がある。今回のコロナの件を踏まえて、社会全体で考えていかなければならない課題だ」と指摘しています。

若者を孤独にさせない

苦しい中で取材を受けてくれたみゆきさん。インタビューの最後に話してくれたことは同じようなつらい思いをする人が少しでも減ってほしいということでした。
みゆきさん
「親がいない人たちはこれからどうしていけばいいのか不安を感じています。私は孤独を感じながら新しい生活を始めなければなりませんでしたが、精神面でも、生活面でも、何か支援してくれる人がいてくれたら助かると思います」
孤独を感じながら、困難を乗り越えようとしている若者たち。家庭環境や育った境遇にかかわらず、寄り添い、背中を押してあげることができる社会をつくっていかなければなりません。
社会部記者
能州さやか