知事と選挙と東京アラート

知事と選挙と東京アラート
小池百合子都知事は大差をつけて2選を果たした。
その小池の動きを注視してきた人々がいる。隣の3県の知事たちだ。
知事たちには、東京都のコロナ対策と選挙はどう見えたのか。そして小池の立候補表明に至る過程に何があったのかを振り返る。
(首都圏センター・成澤良、小倉真依、早川沙希、横浜局・深川亮司、千葉局・金子ひとみ、さいたま局・右田可奈)

東京と「連携」せざるを得ず…苦渋の知事たち

「小池さんがですね、『そんなんじゃ、ゆるい』と言って、いきなり休業要請となって、いろんな業種をずらっと並べて話を始められた。それはわれわれもびっくりしました」
少々厳しい表情でそう語ったのは、神奈川県知事の黒岩祐治だ。

4月7日、国が緊急事態宣言を発出。これを受けて東京都は、4日後の11日から休業要請を始めた。

黒岩は想定していなかった話だと振り返る。
「当初は、国は地方と一体となって『徹底的な外出自粛』でいくという話だったんですね。休業要請という話は次なるストーリーだということだった。われわれもそういう気持ちでいました」

このころの小池知事は、緊急事態宣言の発出や休業要請をめぐって、西村経済再生相や安倍首相に直談判するなど、活発に動いていた。
「西村大臣と小池知事との会談が行われて、私はてっきり『東京都、ちょっと待ってください』と、国が押し切るのかと思ったら合意がされちゃいまして。結局、西村大臣と小池知事の会談では非常に細かい話、美容室がどうだ、理容室どうするんだとかね、スーパー銭湯はどうですとか、ホントに細かい話が出てきて、われわれが国とともにやっていこうっていうシナリオが、一瞬にして崩れたんですね」

それならば、東京都と関係なく、それぞれの県が対応策を考えればよいのではないか。
しかし「それでは効果を上げられない」という隣県ならではの事情を、埼玉県知事の大野元裕は語る。
「例えば、東京都と埼玉県で酒類の提供時間が違う場合、隣に人が移動してしまう可能性がありますので。やはり連携は必要だとまず思っています。1都3県は人の行き来が相互に密接で頻繁で、一定の対策について効果、類似性が求められる」

黒岩も同じく、この時は東京都と歩調を合わせるしかないと考えたという。
「神奈川県で同じような店が開いているのであれば、東京都から人がどっと流れてくるかもしれない。そうすると感染のリスクが高まるかもしれないということで、深く考える時間もなしに、反射的にですね、神奈川県は東京都と並べますと言った」

しかし、それは誤算だった。隣県の知事たちが注視するなか、東京都は休業などの要請に全面的に協力してくれる都内の中小企業や個人事業主に支給する「感染拡大防止協力金」を創設し、店舗などの数に応じて、50万円または100万円を支給することになった。
「これはつらかった。川を隔てて東京はこれだけの協力金をもらえるのに、神奈川が何もないというのは無理だろうと、必死で苦労して苦労して最大30万円の対策を用意した。しかし東京都は100万円まで協力金をもらえるのに、なんで神奈川県は30万円なんだ、なんでそんなに差があるんだと言われたら本当にこれはつらかったですね。財政力の違いを一生懸命説明するしかなった」

一方の小池、記者会見で、東京都のような十分な財政基盤があるからこそ協力金を支給できるのではないかと問われて、このように説明している。
「それぞれの地域の特性がございます。それぞれで事情が違いますので、東京都としてまずなすべきことをしっかりやっていくということ、それから、スピード。各県も大変ご苦労があろうかと思いますけれども、まず東京でなすべきことを都知事としてやっていくということでございます。東京は東京で、都民をどうやって守っていくのか、命を守っていくのかということを考えるのが私の役目でございます」

翻弄される隣県の知事たちをよそに、毎日のように前面に出て発信する小池。東京都知事選挙の告示まで、2か月余りに迫っていた――

解除の「ステップ」に違和感

それから1か月半ほどたった、5月25日。国の緊急事態宣言は解除された。

隣県の知事を翻弄した東京都の休業要請は、段階的に緩和されることになる。その際、都が示したのが「ステップ0~3」の4段階に分けたロードマップだった。
これについても、黒岩は「よく分からなかった」と語る。
「例えば、パチンコ業界は本当にステップ3まで営業するなっていうことは、どういうことかなと思っていました」

神奈川県は、27日午前0時からすべての業種で緩和させた。黒岩は、パチンコ店やゲームセンターなどの遊興施設、ライブハウス、スポーツジム、それに接待を伴う飲食店なども緩和の対象とした。それには理由があったという。
「例えばパチンコ屋さんと一言で言っても、ちゃんと感染対策、しっかりやってるお店があるわけですね。しかもクラスターを出しているところもないと。いくら感染防止対策を努力しても、業態としてパチンコはダメと言われると出口がない。感染防止対策をどれだけやってるかを見える化して、みんなが選ぶという流れを作るのが神奈川方式だと思って、それを打ち出しました」

ここにきて、必ずしも東京都とスタンスを合わせる必要がないとして決めたという。埼玉県も、同じようにパチンコ店やゲームセンターなどの遊技場も解除の対象とした。

一方、千葉県は東京都とよく似た、業種別に4段階に分けて解除する方法をとった。
千葉県知事の森田健作は、東京都とは状況が全く違うこともあるとしながらも、感染状況を見ると影響を無視できないという。
「やっぱり千葉県は、隣接県として非常に東京の影響を受けるんですよね。東葛地域(東京都と隣接する千葉県の北西部)、感染者の8割ですから。よく感染者の人数を聞く時に、東京どうなのって聞くんですよね。まずは東京が直ってこないと、やっぱり私どもだめです」

6月1日。東京都は「ステップ2」とし、学習塾、劇場、映画館、スポーツジム、百貨店などの小売店も再開できることになった。“自粛ムード”から、感染拡大防止と経済社会活動の両立に向けて社会全体が動きつつあった。

都知事選の告示まで、あと半月余りに迫っていた――

消えた「東京アラート」

このころ、都議会では「小池がいつ立候補を表明するのか」に関心が集まっていた。

6月2日。都議会の主要会派が知事に直接質問する代表質問の日。午後1時からの開始直後に情報が飛び込んできた。

「きょう、『東京アラート』を発動するようだ」

「東京アラート」は、都が休業要請などを段階的に緩和していくにあたって、感染状況が再び悪化したと判断した場合、都民に警戒を呼びかける都独自の対策だ。取材を進めると、この日の新たな感染確認が30人を超えることがわかった。30人以上となるのは19日ぶりだった。もはや猶予は無かった。
「本日の陽性者数は34人にのぼりまして、他のモニタリング指標も、この数日、厳しくなっております。この数値を受けまして、『東京アラート』を発することも含めまして、専門家の意見も踏まえて、早急に検討してまいります」

この日の午後10時前に開かれた対策本部会議で、感染症の専門家の意見も踏まえて「東京アラート」の発動が正式に決まった。都庁とレインボーブリッジが初めて赤く染まった。

黒岩は、小池の苦渋をそこに見ていた。
「東京アラートは、いきなりパッとつきましたよね。ついたけれどステップ1から2に進む(状態はそのまま)という、その辺が見ていてわからないと同時に、やはり相当苦しまれているのかなあと」
そして6月10日、都議会の定例会の最終日。

「コロナ対策費を盛り込んだ補正予算案が都議会で可決・成立すれば、立候補を表明するに違いない」
都議会での大方の見方はこうだった。

しかしネックになったのが、小池みずからが発動した「東京アラート」だった。
「新型コロナ対策が最優先」として、立候補の明言を避け続けてきた小池。周囲の関係者によれば、状況が落ち着かないと表明はできないと考えていたという。

「東京アラート」の解除に向けて、都は3つの指標を下回るかどうかを1つの目安にしていた。しかし、この3つすべての指標が、目安となる数値をなかなか下回らなかった。
3つすべての指標で「必要条件」を満たした6月11日。小池は「東京アラート」の解除に踏み切った。

都の幹部によると、これ以上解除を待つと、いわゆる「夜の街」の関係者が集団で受けた検査の結果が出てくるようになり、この基準では解除できなくなるおそれがあったという。

小池はその後、アラートの解除を決めたことで新たなステージに入るとして、休業要請やアラートの仕組みの見直しに言及した。

「東京アラート」は1回出されただけで、事実上なくなることになった。

6月12日、小池は休業要請などの緩和を、この日から「ステップ3」に進めた。居酒屋など飲食店の営業が翌日の午前0時まで可能になったほか、カラオケ店なども営業できるようになった。

みずからが作った「東京アラート」という障害を、みずから取り除いた小池。記者会見でこう述べた。
「なぜ、きょうの出馬表明か。もともと、『どの日』ということはございませんでした。コロナ対策は本当に読めないところがございます。補正予算が成立した。東京アラートを解除した。休業要請のステップを2から3へと上げた。都政の順番とすれば、まずは一段落できたのかなと思います。コロナウイルス対策に終わりはございませんが、この段階で出馬を表明をするということで、本日とさせていただいた次第です」

告示日6日前の立候補表明だった。

投票3日前「107人感染」も…

選挙戦が始まっても小池は公務中心だった。都の幹部から各部局には、「知事の視察日程を入れるように」などの指示が下りていたという。

しかし、小池の“静かな”選挙運動と反比例するかのように、感染確認は増え続けた。

投票日3日前の7月2日、都庁に“衝撃”が走る。

「107人」

1日の新たな感染確認が、2か月ぶりに100人を超えたのだ。

小池は、その日の夕方、臨時記者会見を開いた。ボードを持つ“恒例”の形で、都民にこう呼びかけた。
「休業要請のころは、皆さんに我慢していただいた。あの状況に戻ることは、誰も好ましいと考えていない」
臨時記者会見の様子は、ニュース番組で取り上げられた。都政関係者の1人は、こうつぶやいた。
「有権者に向けた格好のアピールだ」

小池の一連の対応には、他の候補から疑問の声もあがった。
「『東京アラート』解除翌日の6月12日に都知事選への出馬を表明。政治的思惑から、恣意的(しいてき)な対応を行ったとすれば重大だ。結局のところ、『東京アラート』の発令とその解除は、都知事選出馬のための政治的都合を優先し、恣意的に判断したものではないか」

こうした公開質問状に、小池陣営は反論した。
「発動及び解除に当たっては、専門家の方々からも妥当だという判断をいただいた上で行ったものである」

もう投票日は目前だった――

「東京」通して見えた課題

結果は小池の圧勝だった。

今回の選挙で「政党の推薦を求めない」とし、みずからも街頭には立たなかった小池。翌日の午前中からは表に出て、めまぐるしく動いた。
職員向けにメッセージを発信、みずからの陣営を支えた都民ファーストの会にあいさつ。その後も、安倍総理大臣、都議会公明党、五輪・パラ組織委の森会長、公明党の山口代表、自民党の二階幹事長と、息つく間もない面会の連続だった。

そんな小池の姿を、3県の知事たちはどう見ていたのか。

「ことばによってバーンと発信する力っていうのは、やっぱり天才的だと思いますね。それが圧勝につながっていると思いますね」(神奈川・黒岩)
「4年間の成果が評価されて再選されたと考えている。選挙も新しい時代に入ったのかなと見ています」(埼玉・大野)
「小池さんよく頑張ったと思いますね。オリンピック・パラリンピックのこと、それからコロナウイルスのこと、そんな中で戦ったわけですから」(千葉・森田)

そのうえで、東京都との関係があったからこそ、見えてきた課題を挙げた。

埼玉県の大野は、いまだに十分な情報共有が確立していないと指摘する。
「陽性患者の情報について、相互に共有してほしいと申し上げてきたが、いまだに実現されていません。東京都で陽性になった方は埼玉県に住んでいても分からない。システムを強化する必要がある。もしくは、台湾のように国が都道府県の境なくコントロールしていくことが必要だと思います」

神奈川県の黒岩も、国に訴えたいことがあるという。
「(新型コロナウイルス対策の)特別措置法で知事に権限を渡されるのであったら、その裏付けというか、軍資金も必要だし兵糧米も必要。そういうのが全くないまま、われわれは本番を迎えてしまった」

千葉県の森田は、やはり東京都の状況に左右される隣県の苦衷を吐露した。
「本当に1都3県みんな事情が違うんですよね。予算も含めて。国と東京都はしっかりまず意思統一で連携していただかないと、私たち3県が東京にこうしろああしろ言ったって、難しいところがある。1都3県で話すのは大変有意義だと思いますが」

知事対コロナ、これからは

今月10日、4人の知事は都知事選後初めて、テレビ会議で一同に顔を合わせた。都民や県民に対し、感染防止対策を行っている店や施設を利用することなどを呼びかける共同メッセージをまとめた。
しかし都内の感染確認は200人を超える日が続き、隣接する3県でも感染者数はさらに増えた。会議に出席した知事からは、危機感をあらわにすることばが飛び交った。新たな1歩を踏み出したが、その道のりは険しそうだ。

今回、インタビューした3人の知事が、これからの感染対策に必要なこととして共通して語ったのは、「ピンポイント」ということばだった。
「緊急事態宣言が解除されて人と物の往来がどんどんできております。大きな網をかけても難しいと思うんですよ。東京に外出する時はピンポイントで、この地域は感染大だよとか、こういう業種に気をつけないと危ないよと」(森田)
「クラスターが出たところとか、出やすい危ない所には積極的に抑え込んでいく方策をとることで、経済のエンジンが回るような仕掛けを作っていく。これからはもっとピンポイントでということが1つのキーワードになってくると思います」(黒岩)

そして埼玉県の大野は、「ピンポイント」対策に具体的に動いた。特措法の「24条の9項」に基づいて、感染防止対策がとられていない接待を伴う飲食店に対し、休業要請を行うことを決めたのだ。
この「24条9項」、小池が4月11日から休業要請を始めた際、根拠としたもの。今回は、埼玉県が先鞭(せんべん)をつけた。

選挙に圧勝した小池。彼女のかじ取りが及ぼす影響は、東京だけにとどまらない。
第2波、第3波にどう備えるのか。「ピンポイント」の対策をどう進めるのか。そして当初の「東京アラート」が無くなったいま、「ピンポイント」で防ぎきれない市中感染の爆発が起きたらどうするのか。
国のクラスター対策班のメンバーも、「野球でいえばまだ2回表」と語る現状。
都民の負託に応え、命を守ることができるのか、これからこそが正念場だ。
(文中敬称略)