“踊りのない夏” 廃業検討の可能性3割の衝撃

“踊りのない夏” 廃業検討の可能性3割の衝撃
「ヤットサー、ヤットヤット!!」

徳島の夏。威勢のいい踊り手の掛け声と、「ぞめき」と呼ばれるかねや笛などの特有のお囃子が街じゅうに響きます。

毎年お盆に行われる、日本を代表する夏祭りの1つ、阿波おどり。美しくしなやかな女踊りに、豪快で躍動感あふれる男踊り。そんな「踊る阿呆」を一目見ようと、全国から大勢の「見る阿呆」が詰めかけ、徳島の街は年に1度、興奮と熱気に包まれます。

ところが、この徳島市の阿波おどりが、ことしは新型コロナウイルスの影響で、戦後初めて中止となったのです。

“踊りのない夏”。それは、地域経済に深刻な影を落としています。(徳島放送局 阿波おどり取材班記者 宮原豪一 六田悠一 荻原芽生)

「廃業検討の可能性3割」の衝撃

阿波おどりの中止が経済に及ぼす影響は、どこまで深刻なのか。

私たちは、民間のシンクタンク「徳島経済研究所」と共同で、徳島市とその周辺の11の市と町にある166の宿泊施設を対象に緊急のアンケート調査を行いました。

その結果、阿波おどりの中止が発表された4月以降、宿泊をキャンセルした人の数は延べ1万2000人余り。損失は少なくとも2億円を超えることがわかりました。

さらに、このまま状況が改善しなければ「廃業を検討する可能性がある」と答えた施設が全体の3割にも上ったのです。
「先が見えず不安な毎日です」
「このままの状態が続くと経営の続行は不可能」

自由記述欄には、切実な声がいくつもつづられていました。

アンケートに深刻な声を寄せた徳島市中心部のホテルを訪ねました。

見せてくれたのは、ぎっしりと予約の詰まった去年の宿泊台帳と、真っ白なままのことしの台帳。

このホテルでは毎年、阿波おどりの期間中は90ある客室が4か月前には満室になっていました。しかし、ことしは阿波おどり中止の発表以降次々とキャンセルが寄せられ、1か月前でもビジネス客など20%ほどしか予約が入っていません。
お盆の時期でもあり、1室当たりの宿泊料金はふだんの2倍程度の特別価格。

キャンセルによる損失はおよそ1000万円に上るといいます。

損失は宿泊だけではありません。毎年、阿波おどりの期間は帰省客を迎える宴会や同窓会も数多く行われ、大きな売り上げにつながっていたのです。

支配人の梯学さんは、苦しい胸の内を語りました。
ホテルサンシャイン徳島 梯学支配人
「ふだんできない場所の掃除などをしていますが、3か月以上そういう状況なので、もうあちこちがピカピカです。エアコンも2度掃除しましたし、ベッドパッドもひっくり返してきれいにしました。阿波おどりがない夏は生まれて初めての経験でいつまでも銀行からの融資に頼るわけにもいかず、頭の中で廃業を考えているのが現状です」

影響は四国の観光地にも

阿波おどり中止の経済への影響は、四国のほかの地域にも広がっています。

「こんぴらさん」の愛称で知られる金刀比羅宮がある四国有数の観光地、香川県琴平町。

徳島市から車で2時間近く離れた温泉旅館でも、首都圏など全国各地からの団体客の予約が次々とキャンセルに。旅館に泊まり、こんぴらさんを参拝して阿波おどりを見に行くバスツアーが運行できなくなったためです。
琴参閣 高木將暢支配人
「お盆にかけての、いちばんの稼ぎ時に大打撃です。遠方からのお客様の中には、例えば徳島と琴平、道後温泉、高知など、四国全体を周遊される方が多くいらっしゃるので、阿波おどりの中止は四国全体の観光地に影響があると思います」

業種を超えて広がる波紋

さらに取材を進めると、影響は観光業界にとどまらないことがわかってきました。
「踊り手が踊りやすいように疲れがたまらないような足袋を作っているんです。僕らの業界は踊りの見学に行っても足ばかり見るんです」
こう話すのは、渦潮で有名な徳島県鳴門市にある足袋メーカーの3代目、泉憲司社長です。

多い人で1年に10足も買い替えるという足袋を毎年1万足生産してきました。会社の売り上げの実に4割が阿波おどり向けの商品だったと言います。

このメーカーの足袋は、車のタイヤにも使われるゴムを使って底にクッション性を持たせているのが特徴です。激しい動きをする男踊りの踊り手のまさに足元を支えてきました。
ところが、ことしは生産ラインがストップ。作業場はほこりをかぶり、在庫がうず高く積まれていました。

少しでも収入を補うため、足袋の生地を使ったマスクの生産にも乗り出しましたが、大手企業との競争で注文は減少し、会社の売り上げは去年より8割も落ち込んでいます。
いづり工業 泉憲司社長
「もう大手がやったら太刀打ちできません。阿波おどりがないと死活問題です。歯を食いしばって来年のおどりが始まるまで頑張りたい」
踊り手の華やかな衣装の着付けを行ってきた美容室も頭を悩ませています。徳島県内で3店舗を展開する美容室では、毎年、阿波おどりの期間中は予約でいっぱいでした。

中でも大きな売り上げを占めるのが、この時期に次々と寄港するクルーズ船の乗客でした。
踊りに参加する50人ほどの乗客に浴衣の着付けを行って売り上げは1日で25万円。ことしはその収入をすべて失うことになりました。
コアフィールみま 美馬マサ子社長
「大きな打撃です。着付けを毎日やりますから。ただ、うちだけが苦しんでいる訳ではないと思うから、ここをどう打破するかということを考えている」

「祭り中止の影響 最小化へ取り組みを」

取材を通して見えてきた地域経済への打撃の深刻さ。

専門家は、阿波おどりのように伝統ある夏祭りは関わる産業が多岐にわたるため、経済への影響を最小限にとどめる取り組みが急務だと指摘します。
徳島経済研究所 元木秀章上席研究員
「踊り手の浴衣を洗濯するクリーニング店だったり、駐車場の事業者だったりと、あらゆる産業に波及しているため、阿波おどり中止による地域経済への影響は調査した以上に深刻だと捉えている。今後、宿泊施設で廃業が相次いでしまうとコロナが終息しても観光客を受け入れられなくなるおそれもあるため、ことしの中止の影響を来年に引きずらないよう、スピード感を持って手を打つことが大切だ」

“来年こそ踊りたい”ベテラン踊り手の独白

取材の中で、まさに阿波おどりとともに人生を送り続ける81歳の男性に出会いました。

“連”と呼ばれる踊り手のグループの長を半世紀以上務めてきたこの男性。阿波おどりの無い現実を、悔しそうに、こうつぶやきました。
殿様連 笹田清一連長
「阿波おどりは僕のすべて。踊りがなかったらもう、まるで自分ではない」
むっとする熱気の徳島の夜に、いつもならどこからともなく聞こえる「ぞめき」の旋律。音の聞こえてくる方向を目で追うと、そこには一心不乱に踊りを練習する人たちの姿があります。

しかし、今、「ぞめき」の音は響かず、踊る人の姿はありません。来年こそは阿波おどりを開催して街じゅうに笑顔と熱気を取り戻してほしい。取材する私たちの願いでもあります。
徳島放送局記者
宮原豪一
平成20年入局
岡山局、社会部を経て徳島局遊軍キャップ。専門分野は災害。南海トラフ地震に備えて徳島で防災士の資格を取得。
徳島放送局記者
六田悠一
平成25年入局
松江局を経て徳島局遊軍記者。地方が抱える問題を鋭く取材する。英語発信も手がける国際派。
徳島放送局記者
荻原芽生
平成31年入局
初任地の徳島局で徳島市政を担当。剣道に打ち込んだ胆力でものおじせず取材を敢行する。