“崩壊”は介護現場で起きていた~コロナで12人死亡 実態は~

“崩壊”は介護現場で起きていた~コロナで12人死亡 実態は~
新型コロナの“第2波”が起きた北海道で、12人の高齢者が入院することなく、介護老人保健施設で次々と命を落としました。感染の急速な拡大、職員の現場離脱、そして届かない医療と介護の支援。なすすべもなく最期をみとった介護士は「本当はあってはいけないこと」と訴えました。札幌市の介護老人保健施設「茨戸アカシアハイツ」の関係者の証言と、独自入手した内部記録が明らかにした“崩壊”の現場の実態とは。(札幌放送局記者 北井元気 福田陽平)

なぜ入院できなかったのか 遺族の思い

89歳の女性です。9年前から介護老人保健施設で暮らしていました。音楽が好きで、みんなで歌を歌うのをいつも楽しみにしていました。女性の娘は、職員が家族のように温かく接してくれていたと話します。
亡くなった女性の娘
「昔から明るくて朗らかで優しい母でした。いつも笑っていました。10年近くお世話になっていたので、家族同然でした。お祭りやお誕生日会など楽しい思い出しかありません」
女性が新型コロナに感染していることがわかったのは4月28日。病院には入院せず、施設で体調の回復を待っていました。しかし2週間後の夜に容体が急変。翌朝、息を引き取りました。母はどんな状況で亡くなったのか。施設で何が起きていたのか、娘は知りたいといいます。
亡くなった女性の娘
「連絡を受けてすぐ施設に向かいました。玄関先がガラス張りになっていて、納体袋に入っている母が防護服姿の職員の手で棺おけに入れられるところをガラス越しに見ることができました。でも顔も見えませんし、会えないんです。その時がいちばんつらかった。1人娘なので、私が最期をみとるという気持ちでおりました。なのでまさかこんな感染で亡くなるなんていうのは、本当に思ってもいませんでした。いちばん疑問に思っているのは、なぜ入院をさせていただけなかったのか、ということです」

内部記録から明らかに 入院できない感染者

介護老人保健施設、茨戸アカシアハイツでは、入所者71人が感染し、このうち12人が施設の中で死亡しました。運営する法人は、なぜ施設で死者が相次いだのかを検証しようと、当時の状況を職員一人一人から聞き取っています。
私たちは、法人が13人の職員から聞き取った調査の記録を独自に入手しました。明らかになったのは、想像を超える事態に直面し、混乱する現場の様子でした。
最初の感染者が確認されたのは4月26日でした。札幌市が検査を行うと、翌日はさらに14人の感染が判明。その後、他の部屋からも相次いで感染が報告され、4月30日には感染者は40人にまで拡大しました。この同じ日に、施設で最初の死者が出ました。

職員にも感染が広がります。濃厚接触が疑われ、8割近くが現場を離脱しました。このため職員は、入院を調整していた札幌市に繰り返し「感染した入所者を入院させてほしい」と訴えました。国が当時出していた文書でも、介護老人保健施設で出た感染者は重症化のリスクが高いとして原則入院だとしていたからです。しかし、市からは「入院はできない」という回答があったといいます。
一方で市からは、施設で死者が出たときの対応をまとめた手順書が送られてきました。調査の記録には、市から納体袋(死者を入れる袋)の提供の申し出があり、職員が怒ったという経緯も記されていました。
現場の介護の責任者、鈴木幸惠さんは施設の中で、10人をみとりました。
札幌恵友会 介護統括 鈴木幸惠さん
「きちんとした医療、病院のような医療を提供することができませんでした。介護老人保健施設は在宅復帰を目指すところで、最期をみとることはもちろん、高いレベルの医療を提供するところではありません。だからこそ1人でも多く1日でも早く入院させてほしいという思いがありました」

混乱深まる現場 崩壊へ

なぜ、感染者は入院できなかったのか。
札幌市が施設に送った別の文書に、市の考え方が記されていました。入所者は介護を必要としているため、施設にとどめて療養してほしいとしています。そのうえで、症状が悪化したときに入院を検討するとしていました。
しかし実際には、最初の感染者が確認された日から2週間後の5月11日まで、入院した人はいませんでした。そのあいだ、8人が施設内で相次いで亡くなりました。
看護師の佐藤千春さんは、8人の中に、亡くなる数日前から入院すべきレベルまで容体が悪化した人がいたと話しました。調査の記録にも、血液の中の酸素が極端に減った人が複数いたことが記されていました。
札幌恵友会 看護課長 佐藤千春さん
「半分おぼれているような、あっぷあっぷしているような呼吸でした。このまま施設にいることが本当に正しいことなのか、疑問に思っていました」
新たな感染者が相次ぐ中、現場は想像を超える混乱に陥っていきました。

札幌市は、感染者を施設にとどめるかわりに、病院と変わらない医療の体制を整える、としていました。しかし送られてきたのは、日中に医師1人で、看護師は確保できたときのみ。介護士の応援はありませんでした。
介護の責任者、鈴木さんは、通常、日中は6人必要な介護士が、一人しかいない日もあったといいます。当時の勤務表には、その穴を埋めようと、連日、業務を続けていた様子が残されていました。それでも人手が圧倒的に足りず、入所者の入浴を中止、さらに食事の回数も減らすなど、介護を大幅に制限せざるをえませんでした。
札幌恵友会 介護統括 鈴木幸惠さん
「想像を絶する状態です。本来介護をしたことのない職員たちも手伝ってくれていました。手伝いにきたある看護師さんに『破綻しているところを初めて見ました』と言われました。本当にすさまじい状態でした」
医療の提供体制も破綻していました。看護師の佐藤さんは一時的に、感染者50人を含む89人の入所者を1人でみていました。酸素の吸入が必要な人の管理や容体の観察などを十分にできる環境ではなかったと明かしました。
札幌恵友会 看護課長 佐藤千春さん
「完全な医療崩壊が起きていました。援助をする人間が少ない、でも援助を必要としている人間はものすごくたくさんいる。施設の中は本当に災害現場かと思うぐらいの人の足りなさと忙しさと混乱の状況でした」
感染対策も形骸化していました。札幌市の指導のもと、感染者を2階に隔離し、ほかの入所者は1階に集めていました。しかし、同じ職員が2つの階を行き来せざるをえませんでした。
「施設内のどこにいても、感染しておかしくない状況だった」
「怖いけど、入所者を放ってはおけない」
聞き取り調査には、リスクと使命感のはざまで苦しむ職員の心の叫びが記されていました。

相次ぐ容体急変 改善のきっかけは国派遣の医師

現場が崩壊していく中、感染した高齢者の容体は次々と悪化していきました。
「足の裏も手の裏も紫。チアノーゼを起こしていた」
「下痢もひどい、痰(たん)もひどい、血をはく」
「弱っていくのを見ているだけ、というのは本当にこのことなんだ」
介護の責任者の鈴木さんと看護師の佐藤さんは、無力感にさいなまれていました。
札幌恵友会 介護統括 鈴木幸惠さん
「本当に最期まで、息を引き取るまで、つきっきりでした。最期まで声は聞こえると思っているので、がんばって、がんばってと、声をかけ続けるしかありませんでした」
札幌恵友会 看護課長 佐藤千春さん
「家族の望んでいるような最期だったのだろうか。大変、申し訳なかったという気持ちです。でもあれ以上に、私たちに何ができたのでしょうか」
事態が改善するきっかけは、5月9日。厚生労働省が現場に医師を派遣したことでした。感染拡大が続いていることを重く見たのです。
赤星昂己さんは、被災地での緊急対応を専門とする国の医療チームに所属しています。赤星さんは、現場の実情を札幌市が把握できていないことに気付きます。そして、施設に必要な人員や物資を独自に調査して市の幹部に直接報告したのは、5月13日。この日以降、札幌市は入院の調整や人員の確保に、複数の部署が連携して取り組むようになりました。
厚生労働省DMAT事務局 赤星昂己医師
「看護師と介護士の人数が圧倒的に不足していて、病院と同じレベルの管理を提供する状況にはなかった。問題は情報共有だと思います。札幌市役所のなかにおいて、施設から得た情報をそれぞれの担当者から統合して集めて、一元的に管理して対策を指示する責任者がはっきりしていなかった。それゆえに必要な人員が集まらなかった」
札幌市が現地に対策本部を設置したのは、5月16日でした。しかし、このときまでに12人が施設内で亡くなっていました。

病床不足が引き起こした“崩壊”

もっと早い段階で感染した入所者の入院を進めていれば、事態の悪化は防げたのではないか。札幌市の責任者に問うと、当時、施設の入所者を入院させることは現実的ではなかったと明かしました。

札幌市内では当時、1日に20人を超えるペースで新たな感染者が出ていました。重症者を受け入れる病床は、一時、8割以上が埋まっていました。施設の感染者を入院させれば、市の受け入れ態勢が崩壊するおそれがあったというのです。
札幌市保健所 山口亮 感染症担当部長
「私どもとしては、第2波が最も大きな状態だったということがあり、介護が必要な方々が病院に入るということを考えた場合に、一般の方よりも人手がかかるという観点から、病院での病床の確保が非常に難しかったと考えています」
しかし結果として、茨戸アカシアハイツで現場の破綻を招くことになりました。そして施設に、感染した高齢者の「みとり」を担わせてしまっていたのです。
札幌市保健所 山口亮 感染症担当部長
「もちろん回復する方もいらっしゃいます。しかし逆に言うと悪化して亡くなってしまう方が出てしまうということになった。非常に厳しい選択になってしまいますが、そういう状況も起こりうるのが今回の事例でした」
介護の責任者、鈴木さんは、施設で亡くなった12人、そして、その死をみとった職員たちへの思いを語りました。
札幌恵友会 介護統括 鈴木幸惠さん
「みとらざるをえなかったことは、入所者に申し訳ないですし、それを受け止めなければならない家族の気持ちも考えます。現場の職員にもかわいそうなことをしました。あまりのショックで、いまも職場に復帰できない人もいます。本当はあってはいけない、経験したくないことです。決して割り切れないですよね。いつまでも背負っていかなければならないことだと思っています」

教訓を生かすためには

札幌市の責任者は、私たちの取材に「今回の施設が直面したような厳しい事態を二度と起こさないよう取り組みを進めたい」と話しています。

実際に市は、動き出しています。

介護施設などで集団感染の疑いがある場合は、現地に速やかに対策本部を設置し、専属のチームが現場の事情や課題を把握して対策に取り組むようになりました。

さらに「人材調整班」を設けるなどして、医師会や大学、それに介護施設などと協力して人員確保の枠組みづくりを進めています。

医療と介護の“同時崩壊”は、全国のどの施設でも起こり得ます。感染拡大の第2波、第3波への警戒が強まる中、同じような事態に直面する感染者が出ないように、介護・医療に従事する人たちを追い詰めてしまうことのないように、茨戸アカシアハイツの関係者が語ってくれた経験を忘れず、教訓を生かす必要があると思います。
札幌放送局記者
北井元気

平成26年入局。函館放送局、札幌放送局を経て、岩見沢支局。農業や医療福祉などの取材を担当。


札幌放送局記者
福田陽平

平成25年入局。岡山放送局を経て、札幌放送局。新型コロナウイルスでは、行政や医療機関、専門家などの取材を担当。