イギリス伝統のパブは生き残れるか

イギリス伝統のパブは生き残れるか
イギリスの人たちにとって、大切な社交の場であるパブ。「パブリック・ハウス」という英語に由来し、その数は全土でおよそ4万7000軒に上ります。新型コロナウイルスの影響で3か月以上、営業を取りやめていましたが、今月ようやく再開しました。新型コロナウイルスに感染し死亡した人が4万人を超え、依然として終息のめどが立たない中、イギリス伝統のパブは大きな試練に直面しています。(ロンドン支局長 向井麻里)

「スーパーサタデー」

7月4日土曜日。ロンドンを含むイングランドでパブの営業が再開しました。パブのほか、レストランや映画館、美容院なども再開することになったこの日を、人々は「スーパーサタデー」と呼び、待ち焦がれていました。
ロンドン近郊のパブには、正午の開店直後から続々と客が訪れました。多くは地元の常連客。乾杯して久しぶりの再会を喜び合っていました。店内では、「立ち飲み」をする人はおらず、誰もがテーブル席でビールを楽しみます。注文はオンライン。カウンターに行って注文する必要はありません。これまでと全く違うパブの姿です。

新たな“ノーマル”とは

400年以上の歴史があるとされるパブ。ビールを片手に、EU離脱の是非といった国の将来を左右する問題で議論したり、サッカーの試合の行方に一喜一憂したり、人々の喜怒哀楽が行き交います。初めて会った人どうしでも、気軽に声をかけあい、会話が広がる。それがパブの魅力です。しかし、新型コロナウイルスの感染リスクが消えない中で、パブは新たな形での営業を迫られています。
・人との距離は少なくとも1メートルはあけること
・サービスはなるべくテーブル席のみ
・スタッフと利用客の接触を最低限にすること
・感染が確認された場合に備えて利用客の連絡先を控えること
・利用客が大声で話すのを避けるために音楽は低い音量で流すこと
政府から示されたガイダンスは、40ページ以上に及びます。

課題は“距離”

営業再開の1週間前。準備を進めるパブを訪ねました。共同オーナーであるアンドルー・メレディスさんは、最大の課題は「ソーシャル・ディスタンシング=いかにして距離を保つか」だと話しました。
政府のガイダンスに従うと、店内のテーブル席の数は、以前の半分以下に。人がすれ違ってぶつかるのを避けるため、店内は一方通行にするほか、換気の必要がない広い庭をビアガーデンとして活用する計画だと話していました。
アンドルー・メレディスさん
「雨が多く変化しやすいイギリスの天候は心配ですが、この広い庭があれば、十分に距離をとって利用してもらえると思います」
この日は営業再開に先立ち、テイクアウトでのビールやフィッシュ・アンド・チップスの販売を行っていました。注文の際に店内に入れるのは1組のみ。ほとんどの客が非接触型のカードを使って支払っていました。

しかし、店にとっていちばんの心配は、感染終息のめどが立たない中、利用客がどこまで戻ってきてくれるのかです。イギリスの世論調査では、半数以上の人が、「パブの営業再開後もすぐには利用しない。年内のいつかだ」と回答しました。
アンドルー・メレディスさん
「感染を懸念する利用客には、安心して利用できると感じられるようになったら来てほしいと伝えています。安心してもらうための対策が最優先です」

再開できない店も

一方、営業の再開を見送る決断をしたパブも少なくありません。最大の課題は、やはり「距離」。20年以上、パブの経営に携わってきたショーン・ヒュースさんは、経営する3軒のうち2軒について、当面は店内での営業はしないことを決めました。ヒュースさんの店は、外に広い庭がないため、店内でのサービスを基本とせざるをえません。しかし、500年以上前に建てられたという店の建物は、天井が低く、店内の広さも十分とは言えません。
ショーン・ヒュースさん
「以前は40人くらい入ることができたけれど、政府のガイドラインに従うと9人くらいしか入りません。これでは利益なんて出ません。そもそも、パブで距離を保つなんて無理なんです」
ヒュースさんは、多くの人がひしめき合うパブのにぎわいは、当分の間戻らないだろうと考えています。テイクアウトでの販売のみ行っていく予定ですが、苦しい経営が続きそうです。
ショーン・ヒュースさん
「テイクアウトに限ることによって、雇用するスタッフの数を減らしたとしても、1年持つかどうかだと思います。パブは地域にとって大事な交流の場です。政府にはパブを守ってもらいたい。そのためには減税措置などの対策が必要です」

できるのか?コロナと共存

パブでつくる業界団体のエマ・マクラーキン会長は、最大の課題は、いかにして感染対策とパブの経営を両立させられるかだと指摘します。
エマ・マクラーキン会長
「パブ業界は、1か月に1億ポンド(=およそ135億円)を売り上げてきましたが、その収入は3月以降、ほとんど失われています。長年にわたり続いてきたイギリスのパブ文化を守っていくためにも、感染対策をきちんと行って利用客や店員の安全を確保する努力を続けなくてはなりません」
マクラーキン会長は、今後の状況次第では最悪の場合、25%のパブが閉店に追い込まれる可能性があると指摘しています。

アフター・コロナは

今回、誰もが口をそろえていたのが、「パブは、以前とは全く違ったものになる」という点でした。パブの営業再開の日、常連の男性客がスタッフから、店内の一方通行のルールを守るよう注意され、「これはパブじゃないな」などと不満をつぶやきながら、消毒液を手につけていました。

そもそも社交の場であるパブで、人どうしが距離を保てるのか、疑問視する声も少なくありません。中には、営業再開後に利用客の間で感染が確認され、再び営業取りやめを余儀なくされたパブも出てきています。

それにもかかわらず、メレディスさんやヒュースさんに悲壮感はなく、パブ文化を守るという強い決意すら感じました。数百年の歴史を持つイギリス伝統のパブは、新型コロナウイルスを克服できるのか。長い闘いが続くことになります。
ロンドン支局長
向井 麻里
平成10年入局
国際部やシドニー支局を経て現在は英政治や社会問題など担当