「1社だけで考えない」コロナ禍克服する “ボブスレー方式”

「1社だけで考えない」コロナ禍克服する “ボブスレー方式”
大企業から個人経営の商店まで、さまざまな企業に深刻な打撃を与えたコロナショック。「受注ゼロ」「売り上げ9割減」ー経験したことのない危機的な状況だったという話を多くの経営者から聞く。かつて取材した町工場はどうしているだろう…。探るように連絡をとってみた。状況はやはり厳しかったが、しっかりと前を向いていた。ポストコロナを生き抜くヒントが見いだせるのではないか。早速現地に向かった。(経済部記者 峯田知幸)

町工場の苦境

部品メーカーや金属加工メーカーなどおよそ数千社の工場がひしめき合う大田区。日本でも有数の町工場の集積地だ。
私が訪ねたのは「昭和製作所」。従業員がおよそ40人の中小企業。自動車メ-カーが新車を開発する際に必要となる部品などを作っている。

舟久保利和社長(40)は、コロナショックの直撃をこう語った。
舟久保社長
「3月中旬から影響が出始めて過去にない落ち込みとなり『これはまずいな』という気分になった。少しでも早く回復してほしいという気持ちだ」
コロナの感染拡大で4月に緊急事態宣言が出て以降、大手メーカーの車の開発なども一時停滞。巡り巡って昭和製作所の5月の受注は実に60%減少した。

しかし舟久保社長の表情は、経営が厳しいにもかかわらず決して暗くはなかった。なぜ前を向いていられるのか。理由を聞いていくと舟久保さんの口からはこのことばが繰り返し出てきた。
「1社だけで考えない」

集まったときにはものすごい力を発揮

私が舟久保社長と知り合ったのは、6年前。町工場の技術力の高さを世界に発信しようとオリンピック用のボブスレーのそりを開発したプロジェクト『下町ボブスレー』を取材したときだ。舟久保社長は、プロジェクトの主要メンバーのひとりだったのだ。
ボブスレーは氷上のF1とも呼ばれる。ドイツのBMWなど名だたる自動車メーカーも開発に関与し、そりの性能が勝敗を分けるとも言われている。

切削、溶接、板金、研磨…。大田区の熟練工たちの技能を結集して、オリンピックレベルのそりをつくりあげた。決して1社だけで考えず、壁にぶつかれば互いに助けあい難題を克服してきた。
今、舟久保社長たちの前にはコロナショックという経験のない壁が立ちはだかるが、下町ボブスレー式の共助が力を発揮しているのだと言う。
舟久保社長
「一つ一つは小さい会社だが、集まった時にはすごい力を発揮するということを下町ボブスレーでも体験、体現してきた。他人ごとは1つもない。他社のマイナスを少なくすることができればいいし、それに対して少しでも協力できればと考えている」

全員、臨時の営業マン

そんな現場の1つを舟久保社長に紹介してもらった。

向かったのは従業員8人のプラスチック部品メーカー。取引先からの受注は4月の時点で30%余り減少。先行きも決して明るくはなかった。

なんとか雇用を守りたい…。メ-カーの社長は売り上げの落ち込みを補いたい思いで「飛沫防止用の透明パネル」をつくった。
下町ボブスレー式がここから力を発揮する。仲間がパネルをつくったことを聞きつけた舟久保社長は早速商品を購入。自分の会社の受付に設置してスマホで撮影。自身のSNSでつながっている人たちに「大活躍してくれています」とPRした。
取引先との商談でもパネルを紹介して受注を獲得。臨時の営業マンとなった。

地元の信用金庫からは「受け付けカウンターに置きたい」とまとまった受注も入り、会社の売り上げはおよそ400万円増えたという。
栗原社長
「自社の商品ではないのに紹介してくれた。新しいお客さんとも出会う事ができた。大田区は横のつながりが強い地域で感謝している」

広がるボブスレー方式

ボブスレー式の共助は町工場にとどまらない。近くの日本料理店では夜間の営業自粛が呼びかけられた4月、売り上げが激減。系列の店舗も含めると売り上げは実に70%近く減少した。
「テイクアウト始めました!」
ある日、舟久保社長のLINEにこの店の経営者からメッセージが入った。

店の苦境を読み取った舟久保社長は早速、弁当を買いに走り、自分の会社の従業員たちにもふるまった。舟久保社長以外でもこの店の事情を知った経営者仲間たちが、仲間の仲間、そのまた仲間へと口コミをつなぎ…。

しばらくすると経営する店には常連に加えて“初めての客”も舞い込むようになり、6月の売り上げは前年と変わらない水準まで回復したという。
山下社長
「私の知らない方からも予約をたくさんもらった。ありがたいのひと言に尽きる」
ボブスレー式共助は日本料理店にビールを卸している地元の酒店にも波及。卸し先の営業自粛で在庫になってしまった大量のビールを「自宅用に買おう」という支援の呼びかけが起きた。
酒店の店主
「人ってこんなに温かかったかなと思った。もう少し頑張ってみようと思えた」

目指すのは自立した町工場

コロナショックという未曽有のピンチを「1社だけで考えない」共助の輪。守りだけでなく、攻めの局面でも力を発揮しようとしている。

舟久保社長は今、仲間たちの熟練の技を持ち寄って“ある器具”を作ろうと考えている。テレワークの広がりで自宅で過ごす時間が増えている。

そうした人向けの調理器具に新たなニーズを見いだしている。計画中で詳しい内容を紹介できないが、仲間たちから知恵を出してもらいながら低コスト生産を目指しているという。

町工場の外=異業種の会社やベンチャー企業とも交流、協力ができるようにと拠点づくりにも取りかかることにしている。コロナを機に“大企業の下請け”だけにとどまらない自立した町工場を目指す。

いまこそ必要 しょうゆの貸し借り

舟久保社長
「しょうゆの貸し借りのようなものですよ」
印象に残っている舟久保社長のことばだ。

おしょうゆ貸してくれない?いいわよー!と、隣どうしでしょうゆを貸し借りすることもあった昭和の時代。今ではほとんど見られないが、この町工場が下町ボブスレーで発揮した底力の源泉だという。

新型コロナウイルスをきっかけに必要とされるモノやサービス、働き方、価値観が大きく変わっていく可能性がある。

大規模な自然災害も毎年のように続いている。舟久保社長も決して楽観視はしていない。
舟久保社長
「受注が元に戻るにはまだまだ時間がかかる。今後も売り上げの減少は覚悟しないといけない」
先の読めない手探りの時代。とはいえ取材でみた町工場の共助の姿は、難しい時代を生き抜くためのヒントになると感じている。
経済部記者
峯田知幸
平成21年入局
富山局、名古屋局を経て
現在 金融業界を担当