コロナ禍のひきこもり支援の現場で起きていたこと

コロナ禍のひきこもり支援の現場で起きていたこと
新型コロナウイルスの感染拡大で、外出自粛が求められていた中、自宅への訪問など、ひきこもり当事者やその家族への支援は、およそ3か月にわたって途絶えていました。これまで以上に孤立が進みかねないひきこもりの人たちに何が起きていたのか。支援の現場に密着しました。(甲府放送局記者 木原規衣・ネットワーク報道部記者 高橋大地)

突然途絶えた、ひきこもり支援

「こんにちは、起きていますかね。体調とか変わりないですか。コロナで外に出られなくて、なかなかおうちに伺えずに間が空いてしまって…。ただ…、ただ心配なので、来させてもらいました」

芦沢茂喜さんは扉の向こう側に向かって、そう語りかけました。
その部屋には、20年以上にわたってひきこもる男性がいます。

3か月ぶりの自宅訪問でした。

芦沢さんは、山梨県の中北保健所でひきこもり支援に当たっている精神保健福祉士です。

現在、およそ50組のひきこもりの当事者とその家族を担当しています。

これまでに会ってきたひきこもりの人たちは100人以上。

直接本人に会うのが難しいとされるひきこもりの支援ですが、芦沢さんは、実に8割以上の人と会うことができていると言います。

ところが、新型コロナウイルスの感染が拡大し、3月下旬からは、当事者や家族の元を訪ねることができなくなり、これまで積み重ねてきた当事者とのつながりが途絶えてしまうことを強く危惧していました。
芦沢さん
「コロナの中、時だけが流れていって、ひきこもる人たちの存在自体が忘れ去られてしまわないか、それがいちばん怖いです」

コロナで限界 家族からの悲鳴

訪問支援ができなかった間、芦沢さんは当事者やその家族と、電話やメールでやり取りを続けていました。

この日は、ひきこもる息子をもつ母親に電話で相談に乗っていました。
母親
「コロナの影響で子どもと関わる時間が増えていて…。あまりカッとなってはいけないとは思いつつも、『なんでもいいからやってみれば』って強く当たってしまったら『そんなのわかっているよ』って」
芦沢
「親御さんとお子さんが一緒にいると、どうしてもそうなってしまいますよね」

母親
「自分はまともに生まれてきていない。自分がこうなったのは親のせいだって言われてしまって」
芦沢
「それだと、お母さんの気持ちの持って行き場もなくなってしまいますよね」
子どもの状況を気にかけつつも、親の気持ちにも寄り添いながら芦沢さんは一つ一つ話を聞いていきます。
電話やメールのやり取りの中で、多くの家族から、今まで以上に厳しい状況に立たされているという声を聞いたと言います。

特に目立つのが、親の外出が減って家に居るようになり、ひきこもる子どもといる時間が増えたことで、衝突するようになったというケースです。

また、親が経済的に厳しい状況になって、今までは「ひきこもるのはしかたない」と思っていた親でも、本人に対して接し方がきつくなったり、言い争いから暴力につながってしまったりしたという相談もあったと言います。
芦沢さん
「深刻なケースだと、お子さんが親御さんに手を上げてきたので困ったという連絡がありました。そのときは、1回親御さんに離れていただくことにしました。ひきこもるご本人もコロナによる制約があって、気持ちがいっぱいいっぱいになってしまうこともあるので、そうしたリスクも高まるのだと思います」

一定のリズムで訪ねることが大切なのに

電話やメールだけだと把握しきれない状況もあると感じていた芦沢さん。

移動の自粛が緩和された6月下旬、訪問支援を再開しました。
失われた3か月が、当事者やその家族にどのような影響を与えたのか、訪問先の家に向かう車の中で、不安な気持ちを聞かせてくれました。
芦沢さん
「ふだんから見えにくい状態なのに、コロナでさらに見落とされてしまいかねない状況になっている。なにか問題が起きた時、これまでだったら周りに住む人などが見つけて声をかけることもできたかもしれない。でも、『ステイホーム』が呼びかけられている中、それも難しくなっています。長くこもっている方だと、年単位で通うんですが、例えば『2年間、私は通っている』っていう積み重ねがあるからこそ、話しかけられるってこともあるんです。何か月かに1回だけ来て『様子いかがですか』って言ってくる人のことばなんて、信頼できないと思うんです。だから、たとえ3か月であっても訪問が途絶えてしまったってことは、私自身にとっても大きなこと。まず最初に、なんて声をかけたらいいのかなって…」
訪問支援は、コロナ以前、2週間に1回をめどに行われていました。
長くひきこもっていると、あすとか来週といった時間の間隔がわかりにくくなりがちです。「2週間に1回」のペースを重ねていくことが当事者本人にとっても大切だと考えています。

「来週の火曜日は芦沢さんと会う日だ、次は何を話すのか考えておこう」

「特に会って話す気はないけれど、またそろそろ来る頃だな」

訪問先の当事者が目の前に出てきてくれようと、部屋の中にいたままであろうと、そんな風に考えてもらえれば、訪ねていくことがいつの間にか当事者にとっての生活リズムになっていくというのです。実際に、こうしたリズムを根気よく続けていると、ある日突然反応が返ってくるケースが何度もあったといいます。

扉の向こうに声をかけ続ける

不安を抱えながら、3か月ぶりに訪ねたのが、冒頭に紹介した20年以上ひきこもっている男性、サノさん(仮名・40代)の自宅です。

サノさんは、70代の両親が住む建物とは別に、離れに一人で暮らしています。
両親はこれまでもさまざまな支援施設や医療機関に相談をしてきましたが、改善が見られず、去年から芦沢さんを頼るようになりました。

両親は1週間に2、3回、食事などを届けにいきますが、サノさんは部屋に閉じこもったままで、この10年間まともに顔を合わせたことがないと言います。

芦沢さんも去年から通い続けていますが、まだ一度も会うことはできていません。

この日も、両親の依頼を受けて、男性が暮らす離れを訪れました。
雨戸や窓の状況、換気扇に、水回りの様子…。異常がないか、問題なく暮らせているかを見て回ります。

無事、家の中で生活をしていることがわかり、一安心した芦沢さん。
サノさんの部屋の扉の前に立ち、声をかけはじめました。
芦沢さん
「1年ぐらい、こうやってお声がけさせていただきましたが、なかなかうかがえず、この3か月、特に変わりはなかったでしょうか。私、前にサノさんのところに来たときに、お約束をさせていただいたことがあったと思うんです。ノックはしないし、扉に手をかけるということはしないって。たぶんそれをしたら、私のことを信じてくれないかなと思ってましてね。何かを強制的にするようなことは一切しません。ただ、サノさんが何を思っているのかっていうことを、とにかく知りたいなと思っています。今後の生活を一緒に考えたいと思っているんです。いろんな理由があって今に至るから、悪いとかいいとかの問題じゃないですけど、サノさんが生活していくうえで、何か困ったりしたときに、いちばん近くにいるご両親と何も話もできないとなると困らないかなって。だから、ただ、心配なのでここに来させてもらいたいと思っています」
扉の前で10分。

声をかけ続けましたがサノさんからの反応はありませんでした。

3か月という時間がサノさんにどのような変化を及ぼしたのかまでは確認できませんでしたが、その中でも、芦沢さんは、直接訪ねて語りかけることの大切さを、改めて実感していました。
芦沢さん
「関係性は時間がたてば切れてしまうんです。きょう3か月ぶりにご本人やご家族と向き合わせてもらった中で、その関係を切らせてはいけない、とにかくつながるのが大切だってことを改めて感じました。彼らと同じ時間、同じ場所で過ごす機会をどれだけ持つことができるのか。3か月あいたからこそ、それが勝負だと思っています」

見えてきた支援のヒント

新型コロナの感染拡大で、家庭訪問が途絶えている間。

芦沢さんにも、思いもよらないことが起きていました。

20年ひきこもってきた息子と暮らす母親からの電話での報告でした。
母親
「息子と夕食も一緒に作って一緒に食べるようになったし、部屋も少しずつ片づけ始めたんです。それに、最近なんて、『足を測らせて』と言うから何かと思ったら、スリッパを買うって。腰が痛いと言っていたら、ぴったりのを履くといいと言ってくれたんですよ。コロナで芦沢さんが来られなくなったけれど、息子もいろいろ考えて前向きになれたんじゃないかって思っています」
電話口でそう語った母親。

新型コロナウイルスの影響で、息子と一緒にすごす時間が増えた中で、関係に大きな前進が見られたというのです。
一体、何がこうした変化を及ぼしたのか。芦沢さんに詳しく聞いてみると、どうやら、母親が変化を見せたからではないかということがわかりました。

かつて、母親はひきこもる息子に対して、「将来はどうするのか」といった思いを一方的にぶつけてきたと言いますが、芦沢さんは、「親の考え方の変化も必要だ」とアドバイスを続けてきました。

その結果、母親は無理強いをせずに息子の意思を徐々に尊重するようになっていったと言うのです。

芦沢さんは、訪問支援をするにあたって、「ゴールを求めない」という態度を大切にしていて、息子に対してはそうした態度が大切だと、母親にも繰り返し伝えていました。

コロナ禍で、家族が一緒に過ごす時間が増え、変化を見せ始めた母親と接する中で、息子は、自分の目標を発見できる機会を持てたのではないかと芦沢さんは考えています。
芦沢さん
「自分が母親を支えていかなきゃっていう気持ちが芽生えているってことだと思うので、家族の中で彼の役割ができはじめているってこと。そうした状況さえあれば動き始めるっていうのはとてもいいことだと思います」

新たな一歩も

本人の気持ちに寄り添った支援を続ける中で、新たな一歩を踏み出すことができた当事者もいます。
「すごいですね、これ」

芦沢さんは思わず、そう反応しました。

同じく6月下旬、10年以上ひきこもり生活を続けてきたオサダさんの家を訪ねたときのこと。オサダさんが書き上げたという1冊の本を見せられたのです。
芦沢さんとオサダさんが出会ったのは2年前。

支援を続ける中で、芦沢さんは、オサダさんに自分の気持ちを表現したいという思いがあることに気付きます。

芦沢さんのサポートを受け、オサダさんは、自身のひきこもり経験や将来の夢などをつづった文章を書き始めました。

手書きの文章を、芦沢さんにパソコンで打ち直してもらい、いつかまとめて本にできたらいいねという話をしていました。

芦沢さんは、コロナによって訪問が途切れ、作業は中断していたと思っていたのですが、オサダさんはみずから出版社に頼んで本の形にしていたのです。
オサダさんは、「今は、文章に集中しています。一生懸命書いているので、みんなに読んでほしいです。今はコロナで難しいかもしれませんが、いつか、同じようにひきこもる人やその家族の皆さん向けに、講演会をしてその場で本についても紹介できたらいいなと思っています」と、芦田さんに話していました。

支援が途絶えていた間も、自信を持って前に進んでいたオサダさん。その姿を見つめる芦沢さんの笑顔が印象的でした。
芦沢さん
「3か月あいたことが、逆に本人にとってみるとやれることがあるのだというのは大きな発見でした。そうした点も含めて、結び直しというか、関係をまた紡ぎ上げていくことができればと思います。コロナによって何かが起こるかもしれない、でもそれは逆に言えば本人たちと向き合うチャンスにもなっていると考えていきたいですね」

第2波、第3波でも切らさぬ支援を

芦沢さんのように、ひきこもりの専門知識を持つ訪問支援員は、全国でも数少ないのが実情です。

そうした中で、国は、ひきこもりのアウトリーチ(直接出向く)支援の人材配置を進める事業を今年度から始めています。

国内に100万人以上いるとされるひきこもりの人たち。新型コロナウイルスによって経済に影響が出ることで、新たにひきこもる人が増える可能性も指摘されています。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、対面の機会が減ることで人と人の関係が薄れ、より孤立を深めてしまう人たちに、どうきめこまやかな支援の手を差し伸べていけるのか。改めて問われています。

コロナ禍のひきこもり支援については、7月16日の「クローズアップ現代+」(午後10時)で詳しくお伝えします。
甲府放送局記者
木原 規衣
ネットワーク報道部記者
高橋大地