マスクも収集 “コロナの時代”を後世に

マスクも収集 “コロナの時代”を後世に
新型コロナウイルスの感染拡大によって変わりつつある、私たちの日常生活。この「コロナの時代」を「モノ」によって後世に伝えようという取り組みが、各地で始まっている。対象は、私たちがふだん身につけているマスクや消毒液、それにテイクアウトを始めたお店のチラシなど。なぜ、こうした資料を集めているのか。そして、収集の先にある課題とは。(帯広放送局記者 原祢秀平・科学文化部記者 岩田宗太郎)

“コロナな世相”を展示

北海道十勝地方にある浦幌町の町立博物館。ここで5月から、ある企画展が始まった。タイトルは「『コロナな世相』を語り継ごう」。展示されているのはセールの自粛を伝えるスーパーの広告やテイクアウトを始めた飲食店のメニュー表、そして中止になったセンバツ高校野球の出場校が記されたタオルなど、いずれも生活に身近なものばかり。
来館者は「過ぎ去ればコロナのことをすぐに忘れてしまいそうですが、このような資料が残っていれば大変だったことが記憶に残ります」と話していた。

身近な資料集め なぜ?

資料の収集・展示を始めたのは、博物館の学芸員、持田誠さんだ。持田さんは集めた資料をいち早く展示することで、多くの人に資料提供を呼びかけようと、人目につきやすい博物館のロビーで展示を始めた。地域に何が起きているのか。社会の実像を伝えるには、暮らしに身近な資料が欠かせないと考えている。
持田さん
「浦幌町には町が公式に刊行した町史がありますが、そこには当然漏れている地域の人々の暮らしの実際の姿があります。そのような“コロナな世相”を記録する意味が、地域の博物館にはあると思っています」

社会問題伝える資料も

集めた資料の中には、自粛期間中に起きた社会問題を伝えるものもある。その一つが「函館在住」と書かれた車用のステッカー。函館に住む人から送ってもらった資料だ。地元以外のナンバーの車が嫌がらせを受ける「自粛警察」という現象が起きたことを伝えている。
持田さん
「感染症が広がると偏見や差別が生まれやすいと昔から言われています。社会が少しずつ新型コロナウイルスから解放されていくようになってから、改めて“あの時代の空気はちょっとおかしかったよね”と気付くことになると思います」
一般の市民にも広く呼びかけた結果、資料はこれまでにおよそ150点が集まった。学芸員の持田さんは、暮らしに身近な資料だからこそ、伝えられることがあると考えている。
持田さん
「東日本大震災のような津波や地震は一回大きな変化があって、そこから“復興”という形の変化が目に見えていきます。しかし新型コロナウイルスの場合は、変化そのものにあまり気付きにくいまま生活がどんどん流れていきます。日常のチラシやポスターを集めることが、ひとつひとつの時間の流れをおさえていくという意味では重要だと思います」

各地でも資料収集の動き

こうした「コロナの時代」を後世に伝える資料収集は、各地で少しずつ始まっている。山梨県立博物館は、国や自治体の行政記録だけでは今起きていることが身近に感じられないという理由から、2月下旬ごろから「マスク」や「チラシ」などを集めている。

福島県立博物館や大阪府の吹田市立博物館なども同じような取り組みを進めていて、吹田市立博物館は7月18日から「新型コロナと生きる社会~私たちは何を託されたのか~」と題して、集めた資料の展示も行う予定だ。

熊本地震の被災地でも

このような“関連するものは何でも集める”という資料収集のスタイルは、4年前の熊本地震の被災地、熊本市でも行われている。
JR熊本駅前にある「くまもと森都心プラザ図書館」。図書館自体も被災したが、地震発生から1か月ほどたった5月から資料の収集を始めた。
この4年間で集まった資料は、新聞や雑誌のスクラップ、復興を応援することばが書かれたチラシやお菓子の箱、ジュースの空き缶、お酒など、6000点以上。「断らずに、すべて受け入れる」という方針のもと、使い終わったら捨てられてしまうようなものまで、熊本地震に関連するものをとにかく集めてきた。
収集を続ける中、前館長の河瀬裕子さんはあることに気がついたと話す。「がんばろう熊本」など熊本地震に関することばが記されたチラシの数が、1年が過ぎると激減していたのだ。収集を継続し、数が集まったからこそ、被災地の風化の様子が具体的に分かると指摘する。
河瀬さん
「チラシで言えば、本当に最初の1年は数多くありましたけれども、1年を機にグッと数が減っていたりとか。雑誌の収集もしていますが、2年目3年目になると、災害の報道であっても熊本地震ではなくて東日本大震災や阪神・淡路大震災を指しているようなものにどんどん変わっていった。最初は集めるだけでしたけども、整理を始めて目に見えるような形になったから分かるのかなと思っています」

どのように整理・公開するか

一方で、いくつかの課題も出てきている。1つは、資料の分類。河瀬さんたちは現在、公開に向けて目録作りを進めているが、図書館の本に用いる分類方法には当てはまらないものばかりだ。資料を必要としている人たちにとってどのように分類すれば分かりやすいのか、模索を始めている。

また、お酒など中身が入ったままの資料をどう保存していけばいいのか、集めた資料にどのような意味を持たせて、見る人に提示していけばいいのかなど、次々と課題が出てきているという。
河瀬さん
「これを集めて何になるんだろうっていうこともありましたし、どうやって整理をしたらいいんだろう、どうやって保存をしたらいいんだろうって、そのたんびに悩んで。私たち図書館の知識だけでは補えないところを、学芸員の方とか、保存科学の専門家とかに相談しながら少しずつ進めている状況です。資料の収集・整理・保存で、公開が最も重要かと思いますので、どういった形で公開をするか、それを生かして頂けるかっていうところがこのあとのいちばん大きな考えるべきことだなと思います」

とにかく今は収集を

私たちが今生きている“コロナの時代”をどのように後世に伝えていくのか。資料収集に関わる人たちは「モノとして残っているからこそ、歴史として、教訓として伝わる」と口をそろえる。
歴史資料の保存に詳しい、国立歴史民俗博物館の天野真志特任准教授は、整理・分類・公開に至るまでの方法論をしっかりと検討する必要があると指摘しつつも、「われわれが残したものによって、そこからすべてが語られていく」として、今はとにかく捨てられてしまう前に資料の収集に力を入れなければならないと強調する。

また、冒頭に紹介した浦幌町立博物館の持田誠さんは、「『時代の空気』は形になりにくい分、後世の社会でわい曲されたり、美化されたりする危険性がある」と、資料収集にかける思いを話してくれた。
コロナ禍のさなかにある日本社会は、差別や偏見など多くの問題が現れている。そうした問題が「なかったこと」にならないためにも、日常の資料を形として残し、後世に伝えることは大事なことだ。50年後、100年後に伝えていくことを見据えて、このような資料収集が各地に広がることを期待したい。
帯広放送局記者
原祢 秀平
科学文化部記者
岩田 宗太郎