「お菓子をお持ちしました」発想の転換がもたらした“気づき”

「お菓子をお持ちしました」発想の転換がもたらした“気づき”
九州、宮崎県の北部にある延岡市。そのあちこちで、最近、懐かしい童謡を鳴らしながら走る車を見かけるようになりました。車のあとを追いかけてのぞき込んでみると、中には、ようかんや焼き菓子などの数々が。実はこれ、新型コロナウイルスの影響で売り上げの落ち込みに苦しむ中、ある老舗の菓子店が編み出した“秘策”なのです。ピンチをチャンスに変えようという、社長の挑戦に密着しました。(宮崎放送局記者 佐藤翔)

老舗菓子店もピンチ!!

取材に訪れたのは5月下旬。新型コロナウイルスの影響が続く大変な中でしたが、上田耕市社長は、笑顔で私を迎えてくれました。
上田さんは、70年にわたり市民から愛されてきた老舗菓子店「虎彦」の2代目です。みずから開発した新商品を含め、店では、和菓子からケーキまで50種類以上を製造、販売しています。

中でも、あんこを使った「どら焼き」や「ようかん」などが大人気で、店には連日大勢の客が訪れ、長年、安定した売り上げが続いてきたといいます。

うれしそうに店や商品のことなどを語っていた上田さんですが、新型コロナウイルスの話をふると、突然表情が曇りました。
上田さん
「想像もしなかったような状況になって、暗い気持ちになっていきました」
全国に拡大した新型コロナウイルス。4月上旬には、ついに延岡市内でも感染者が確認されました。その後も外出自粛などが影響して、1日に100人以上いた店への来客は激減。

東京などへの出荷もほとんどなくなり、4月の売り上げは例年の半分ほどにまで落ち込んだといいます。

“店で待つ”から“売りに行く”へ

22年前に社長になってから初めての「客が来ない」という状況。上田さんは、どうすればいいか悩んだ末に従業員にアンケートで意見を求めることにしました。

そこで多かったのが、店で待つのではなく、外に打って出て移動しながら販売するという方法です。
上田さん
「お店というのは客が来て初めて成り立つと思っていたが、自分たちが動き回っていいんだということに気付かされた」

“手作り”での挑戦

ただ、上田さんにとって移動販売は初めての経験です。売るためにどんな工夫をしたのか尋ねると、上田さんは紙と筆ペンを持ってきました。
おすすめの商品のほか、訪問する場所や日時を手書きで書いたチラシをつくっていたのです。書くときには、親戚やお世話になっている人に手紙を書くように、一つ一つ心を込めているということでした。

さらに、できあがったチラシは、訪問前日に従業員が家などを1軒1軒回って、直接ポストに投かんしていきます。
私も同行しましたが、元気にあいさつしながらチラシを配る様子に興味を持った住民たちから、あちこちで声をかけられていました。

1日に3万歩歩くこともあるということですが、従業員は「明日買うね、と言ってもらえると、もっと頑張ろうと思います」と笑顔で話していました。

「全然前に進めない」

そして迎えた出発の日の朝。上田さんたちは、業務用のバンの棚に、およそ30種類、数百個のお菓子をいっぱいに積み込みました。

よく見るとその棚は、100円ショップで買った伸縮型の突っ張り棒と無造作にちぎったような滑り止めのゴムで作られていました。こんなところも“手作り”です。
そして、上田さんみずから運転して各地を訪問。懐かしい童謡を流しながら走るその車に私もついて行きました。到着を知らせる「お菓子をお持ちしました」というアナウンスとともに予定の場所にとまると、吸い寄せられるようにお客さんが集まってきました。
並んだお菓子を次々と注文するお客さんたちの手には、ほしい商品を丸で囲ったあのチラシが握られていました。お客さんがいなくなったので再び出発。すると、数十メートル先にはすぐに別の住民の姿が…。

想像以上の人気ぶりに上田さんは笑顔を浮かべながら「全然前に進めない」とひと言。楽しそうに商品を選ぶ客の姿を見ながら、思わずこぼしたうれしい悲鳴でした。

外に出て気づいた“大事なこと”

上田さんは、集まった客との会話で、ある“ことば”が特に印象に残ったと言います。
それは、特に年配の人から寄せられる「店まで行くのは難しい。来てくれればぜひ買いたい」という声です。足腰が弱ったためにお店まで行けないという人たちが多くいたのです。

実際、移動販売に訪れる客が100人を超える日もあり、売り上げが従来の店舗の売り上げを上回るまでになっているといいます。

“お客さんの笑顔”を原動力に

新型コロナウイルスによるピンチに直面し、それを乗り越えるための挑戦を通して得た新たな“気づき”。

上田さんは、特に交通の便の悪い山間部では、お店に“行きたくても行けない”人たちがまだまだたくさんいるはずで、今後さらに販売エリアを広げたいと意気込んでいます。
上田さん
「お客さんの笑顔は、また頑張ろうと思える原動力になっています。そうした笑顔を力にしつつ、まだまだたくさんいる、待ってくれている人たちのために、そしてその人たちを笑顔にできるように、もっともっと頑張ります」
上田さんは、きょうも笑顔でお菓子を届け続けています。
宮崎放送局記者
佐藤翔
平成27年入局
福井局をへて宮崎局
現在、延岡支局でスポーツ、災害などを幅広く取材。