新型コロナウイルスの遺伝情報でワクチンの開発 長崎大学

新型コロナウイルスの遺伝情報でワクチンの開発 長崎大学
新型コロナウイルスのワクチン開発が世界中で進められる中、感染症研究の歴史が長い長崎大学では、ウイルスの遺伝情報を使った独自のワクチンの開発に取り組んでいます。
新型コロナウイルスのワクチン開発をめぐっては、世界中で数多くの研究が進められていて、一部では実用化に向けた臨床試験も始まっています。

こうした中、感染症研究で知られる長崎大学も独自のワクチン開発に取り組んでいます。

開発中のワクチンは、新型コロナウイルスの遺伝情報を含むRNAを人工的に合成し、これをヒトの体内に送り込んで免疫を作らせるもので、ウイルスそのものを培養して材料にするワクチンとは違い、短期間で製造することが可能だとされます。

さらに長崎大学では、このワクチンを注射ではなく、極めて小さな微粒子にして口から吸い込むことで、肺の粘膜に効率よく送り届ける技術の開発を進めていて、副作用の少ない、より安全なワクチンを目指しています。

開発チームでは年内にも、マウスを使ってワクチンの性能を確かめる実験を行う予定です。
長崎大学大学院の佐々木均教授は「RNAを使ったワクチンが完成すれば、非常に迅速に製造することが可能になる。また、吸入式にすれば、医療体制が整っていない発展途上国などでも利用しやすいワクチンになるので、長崎大学が世界の新型コロナウイルス対策に貢献できるよう、開発を進めていきたい」と話しています。

世界のワクチン開発状況

WHO=世界保健機関によりますと、今月29日の時点で新型コロナウイルスのワクチンは、世界中で合わせて150近い開発計画が進められていて、このうち17のワクチンについては実際に人に接種して安全性や有効性を確かめる臨床試験が始まり、1つは多くの人で確かめる最終の第3段階に入っています。

最も進んでいるのはオックスフォード大学と、イギリスに本社がある製薬大手「アストラゼネカ」が開発を進めているワクチンです。

このワクチンは遺伝子技術を使って、新型コロナウイルスの一部を大量に作るもので、すでに臨床試験の第2段階までを終え、これまでに18歳から55歳までの、およそ1000人に接種しています。

このワクチンは今月、患者が多く出ているブラジルなどで、多くの人に投与する最終の第3段階に入りました。

また、中国の国営メディアは中国国内では、3つのワクチンが第2段階を終えたと伝えていて、今後、最終の第3段階に入るものとみられています。

このほか、アメリカの製薬企業「モデルナ」は、NIH=国立衛生研究所とともに開発を進めている、人工的に合成した遺伝子を使うワクチンについて来月には最終段階に進み、3万人に投与して安全性と有効性を確かめる計画を発表しています。

日本でもワクチンの供給について、アストラゼネカと協議を始めていますが、ワクチンが世界中に提供されるまでには時間がかり、各国の争奪戦になる懸念があります。

このため、WHOは発展途上国にも公平に分配するため、加盟国に資金提供を呼びかけています。

遺伝子ワクチンとは

ワクチンは、ウイルスの一部などを体内に入れることで、ウイルスを排除する抗体と呼ばれる、たんぱく質を作りだす免疫の働きを促すもので、事前に接種しておくことで感染や重症化を防ぎます。

これまでは毒性を弱めたり、無くしたりしたウイルスやその一部が使われてきましたが、ニワトリの卵や動物の細胞などを使って培養する必要があり、実際に培養できるかや、抗体ができるのを促す能力があるか、調べるのに時間がかかり、ワクチンが実用化されるまでに数年から10年程度の時間がかかるとされてきました。

新型コロナウイルスの感染拡大が世界中で止まらない中、こうした課題を解決できるのではないかと期待されているのが、より早いスピードでの開発が可能とされる新しいタイプのワクチン、「遺伝子ワクチン」です。

遺伝子ワクチンは、ウイルスの遺伝子の一部を人工的に作りだして接種することで、体内で抗体を作るよう促す、「抗原」と呼ばれるたんぱく質を作り出します。

抗原ができると、免疫の仕組みが反応し、ウイルスなどを排除する働きを持つ抗体が作られ、感染や重症化を防ぐことができると考えられています。

ウイルスそのものを使う必要がなく、遺伝子の情報が分かっていれば、そのウイルスの遺伝子の一部を人工的に合成して作って、増やすことができるため、従来の方法より早く開発できるとされ、新型コロナウイルスのワクチンで開発が先行しているものの多くは、このタイプのワクチンです。

ただ、遺伝子ワクチンはこれまでに実用化されたものはなく、遺伝子が人の遺伝子に組み込まれて予期せぬ影響が出ないかや、接種した際に、実際にウイルスを排除するのに有効な抗体を作り出すことができるかどうかわからないという課題もあり、確認する作業が世界中で進められています。

SARSでは実用化に至らず

ワクチンの研究開発は、新型コロナウイルスと同じコロナウイルスの一種による感染症で、2003年に中国やアジア各地を中心に感染が拡大したSARSでも進められましたが、実用化には至りませんでした。

SARSは最初の患者が確認されてから8か月後にはWHOが終息を宣言し、その後広がりませんでした。

このため、ワクチン開発は感染が拡大していた時期に、間に合わなかったのです。

日本国内でも長崎大学や東京都医学総合研究所を中心に研究開発が行われ、動物実験では一定の効果が確認されましたが、動物実験用のワクチンの作成までに1年ほどかかり、実際にヒトに接種して、安全性や有効性を確かめる臨床試験には至りませんでした。

ADEとは

新型コロナウイルスのワクチン開発への期待が高まるなか、安全性の観点から懸念されているのが、ADE=抗体依存性感染増強という現象です。

ADEは、ワクチンによって作られた抗体がウイルスと結び付いたときに無害化できず、かえって感染や増殖を促すなどして、症状を悪化させてしまう現象で、新型コロナウイルスのワクチンでも同様の現象が起きるおそれがあるのではないかと懸念されています。

ワクチンを接種することで不十分な抗体ができ、本来はウイルスなどを攻撃して分解する免疫細胞の一種、「マクロファージ」にウイルスが感染してしまうことで増殖につながると考えられています。

実際に、SARSやMERSといった過去のコロナウイルスのワクチン開発の過程では、動物実験でワクチンを接種すると、症状が悪化したケースがあったということです。

また、1960年代に行われた乳幼児に肺炎などを引き起こすRSウイルスのワクチンの臨床試験では、有効な抗体が作られなかっただけでなく、ワクチンを接種した後にRSウイルスに感染した際にかえって悪化し、死に至るケースもあったということです。

さらに、フランスの製薬企業が開発したデング熱のワクチンは、フィリピンで接種後にウイルスに感染した子どもが死亡したケースが報告されて接種が中止され、ADEが起きた可能性が指摘されています。

このため、新型コロナウイルスのワクチンでも、ADEが起きないか、慎重に確かめることが求められています。

ワクチンに詳しい東京都医学総合研究所の小原道法特任研究員は「ワクチンを接種した当初は強い抗体ができても次第に弱くなり、中途半端な抗体がかえって悪化させることがある。抗体ができれば良いのではなく、強い抗体が長続きすることが重要だ。ワクチン開発においては有効性とともに安全性を慎重に見極める必要がある」と話しています。