コロナが奪った日常 感染拡大とともに薬物中毒広がるアメリカ

コロナが奪った日常 感染拡大とともに薬物中毒広がるアメリカ
新型コロナウイルスによる外出の制限や失業がもたらした、孤独やストレス。

感染拡大しているアメリカでは、ウイルスの影響で薬物中毒の問題が深刻化している。
単なる「心の弱さ」ゆえの薬物依存なのか。コロナがアメリカ社会に落としている影を取材した。(ワシントン支局記者 西河篤俊)

「幸せだし、健康」だったはずなのに…

「彼は、ユーモアが好きな子でした。人のことが好きで、コメディアンになるのが夢でした」

こう語るのは、南部フロリダ州に住むミシェル・ホルブルックさん(54)。

愛する1人息子のチャンドラーさんをことし4月に亡くした。28歳だった。
チャンドラーさんは、10代の時、初めて薬物(大麻)に手を出したという。アメリカの10代の若者の間では、それほど珍しい話ではない。

19歳の時、肩にけがをしたときに処方されたオピオイドと呼ばれる鎮痛剤がきっかけで、ヘロインやコカインなどより強い薬物に依存するようになった。これも、アメリカで薬物依存になる原因として、よく聞く話だ。

しかし、母親のミシェルさんらの献身的な支えで、リハビリ施設などでの治療をへて、おととし8月、薬物を断つことに成功した。
ミシェルさんが見せてくれた映像は、その1年後、自身がチャンドラーさんにインタビューしているものだ。

薬物を断った体験を多くの人に知ってもらおうと、2人で作ったという。

そこには、親子のこんなやり取りがある。
ミシェルさん
「なぜ、自分の体験を語ろうと思ったの?」

チャンドラーさん
「薬物との戦いは苦しかった。そしてその戦いは今も続いている。一生かもしれない。でもすごくうれしい。(薬物をやめて)家族との関係もよくなった。再びすばらしい仕事に就くこともできた。今は、健康だし、幸せなんだ」
母親を前に、少しチャンドラーさんは恥ずかしそうだが、2人とも笑顔が絶えない。

コロナが奪った「日常」

しかし、ことし3月、やっとの思いで手に入れたこの親子の「日常」は新型コロナウイルスによって奪われた。
バーテンダーとして働いていたチャンドラーさん。

同僚とも仲がよく、仕事にも意欲的だったが、ウイルスの感染拡大で、レストランは営業中止に。彼は職を失い、当時1人暮らしだった自宅にこもるようになった。
母親のミシェルさんは、電話でやり取りをしていたが、特に変わったことはなかったという。

そして、ことし4月21日、チャンドラーさんがアパートで亡くなっているのが見つかった。
死因は薬物の過剰摂取だったと知らされたミシェルさん。その日のことをこう振り返る。
ミシェルさん
「また薬物を始めていたなんて思いもよりませんでした。本人も否定していましたし。人生で最もつらい日でした。信じられませんでした。ショックでした」

“絶望死”の衝撃

チャンドラーさんとミシェルさん親子に起きた悲劇。今、全米各地で同じような事例が次々に伝えられている。

5月に、衝撃的な内容の報告書が発表された。
アメリカの研究機関がまとめた『新型コロナウイルスで予想される絶望死』。厳しい外出の制限や、他人と距離をとるソーシャルディスタンスの徹底。

「先の見えない」コロナ禍は、人々に容赦ないストレスを与えていると指摘。このまま失業者が増え続ければ、リーマンショックの時のように薬物中毒や自殺増につながると予測し、今後10年で、死者は最大15万人にのぼると警鐘を鳴らしている。

「また薬物に手を出したくなる瞬間も」

このコロナ禍は薬物を断とうとしている人たちに、どんな影響を与えているのか。
南部ウェストバージニア州にある薬物中毒者を支援する施設では、およそ40人が職員と共にリハビリし、社会復帰を目指している。家族と離れ、それぞれ個室に暮らしているが、敷地内にはふだんから顔を合わせる同じ境遇の人たちがいる。

ここでも、新型コロナウイルスによって、入所者は、家族や友人など外部との面会ができなくなった。入所者どうしで行っていた対面でのミーティングも中止に。
施設の責任者 マリー・ビーバーさん
「新型ウイルスが続くこの状態がいつまで続くのか、いつになったら家族に会えるのか、自分はいったいどうなるか。入所者の間には、恐怖や不安が広がりました」
入所者のひとり、エリン・マーティンさん(35)が話を聞かせてくれた。

2年前に薬物を断ち、この施設でリハビリに取り組んでいる。施設から職場に通っていたが、新型コロナの影響で、一時、仕事がなくなったという。

終始笑顔でインタビューに答えてくれた彼女だが、再び薬物に手を出しそうになる瞬間もあると、苦しい胸の内を語った。
エリンさん
「することがなくなり、退屈になると薬物のことを考えてしまうんです。コロナ禍では、みながずっと孤独を感じているんです。薬物を使用していた2年前の状態に、ふとした瞬間に戻りそうになるんです。それが私たちにとって難しい課題です」。

「早く日常に戻ってほしい」

こうした不安や孤独感を少しでも解消できないかと、施設が始めたのが、オンラインでのミーティングやカウンセリングだ。

実際に、このミーティングに参加させてもらった。会話に飢えているのか、誰もがみな、懸命に胸の内を話していた。

一方で、多くの人は、ほかの人と直接顔を合わせられないことやハグして励まし合えないことに、ストレスを抱えているとこぼす。
元中毒者の女性
「オンラインもいいけど、人とのふれあいがすごく待ち遠しいです。同じ部屋にほかの人がいるほうがいい。だから早く日常に戻ってほしいです」
アメリカの政府機関で薬物中毒対策にあたる専門家も、コロナ禍の難しさを語る。

電話やメールのホットラインも設けて相談を受けているが、コロナ前と比べて、9倍にのぼる相談が寄せられる日もあるという。自殺をほのめかす電話も少なくない。しわ寄せを受けるのは「社会的弱者」で、そのケアが欠かせないと指摘する。
リチャード・マッキオン医師
「コロナ禍では、特に『弱者』のことが心配です。精神的に不安定な人や薬物依存の人に対し、支援や治療の手をさしのべる努力を続けるしかありません」

「遠い国の話」ではない

アメリカでは以前から薬物の問題は深刻だ。薬物の過剰摂取による死者は2017年には年間7万人を超えた。これは、交通事故や銃による死者数を上回る。過去最悪を記録した。

一方で、改善の兆候も見られていた。最新の統計では、2018年の死者は6万7367人と、3000人近く減少した。社会問題として地域をあげて取り組み、啓発や治療などが奏功し始めたとみられた。

その“光明”をかき消してしまったのが、新型コロナウイルスだった。

「感染拡大」から3か月余り。アメリカでは、各地で経済活動が再開しているが、ここにきて感染の再拡大への懸念も急速に高まっている。かつての日常を取り戻せないばかりか、よく耳にする「ニューノーマル(新たな日常)」から程遠い人も多い。そうした人たちの苦境を、「心の弱さ」だけで片づけることはできないと感じる。

もちろん、日本にとっても「遠い国の話」ではないはずだ。
ワシントン支局記者
西河篤俊