最低賃金の引き上げ議論 審議会始まる 新型コロナの影響は

最低賃金の引き上げ議論 審議会始まる 新型コロナの影響は
今年度に最低賃金をどれだけ引き上げるかを議論する、厚生労働省の審議会が26日から始まりました。ここ数年、大幅な引き上げが行われていましたが、ことしは幅広い産業に新型コロナウイルスの影響が広がる中、引き上げをどのように継続していくのかが焦点となります。
最低賃金は企業が労働者に最低限支払わなければならない賃金で、都道府県ごとに金額が決められ、現在の全国平均は時給901円となっています。

毎年、厚生労働省の審議会で、連合や経団連など労使の代表者が協議し、引き上げ額の目安を決めていて、今年度の議論が26日から始まりました。

最低賃金をめぐっては、政府が全国平均で時給1000円を早期に達成するとした目標を掲げていて、昨年度まで4年連続で3%程度の大幅な引き上げが行われていました。

しかし、ことしは新型コロナウイルスによる影響が幅広い産業に広がり、経営者側からは「体力の乏しい中小企業は引き上げに耐えうる状況にない」などとして、凍結を求める声が上がっています。

26日の審議会で加藤厚生労働大臣は「早期に1000円を目指す方針は堅持しながらも、雇用や経済への影響は厳しく、今は官民挙げて雇用を守ることが最優先だ」と呼びかけました。

審議会では来月にも引き上げ額の目安が示される見通しですが、経営者側が慎重な姿勢を示す中、引き上げをどのように継続していくのかが焦点となります。

UAゼンセン「流れを止めないようにすべき」

流通・サービス業や繊維、化学などの労働組合が加盟する、UAゼンセンの松浦昭彦会長は「ことしは新型コロナウイルスの影響で、経営者側が最低賃金の引き上げは難しいと主張するのに対して、どう引き上げの流れを継続していくのかが問われている。短期的な理屈だけでなく、長期的な視点で、低すぎる賃金と格差を是正するためにも流れを止めないようにすべきだ」と話しました。

また、社会機能を維持するために欠かせない仕事を担う、いわゆる「エッセンシャル・ワーカー」について触れ、「スーパーや物流関係者など、感染の恐怖と闘いながら業務を続けてきた人たちの評価が、どう賃金に反映されるのかといった観点からも最低賃金の引き上げが注目されている。全く上げられないという話にはならない」と話していました。

日本商工会議所「前例のない危機的状況」

全国124万の中小企業などが加盟する、日本商工会議所の塚本隆史労働委員長は「新型コロナウイルスの影響は前例のない危機的な状況で、最低賃金を引き上げることで、倒産や廃業が飛躍的に増える可能性がある。最優先すべきは雇用の維持と事業の存続で、ギリギリの経営努力を続けている中小企業から、『ことしは最低賃金を上げないでほしい』という声が多く上がっている。このため、引き上げは凍結するべきだと考えている」と話しています。

また、政府が全国平均時給1000円を早期実現する目標を掲げ、4年連続で3%程度の大幅な引き上げが行われていることについて、「余裕のある企業が賃金を上げるのは否定するものではないが、政府の方針がひとり歩きしている。ウイルスの影響は長期戦を覚悟する必要があり、前提とする経済環境が変わってしまった中で、引き上げについては企業の経営実態などを踏まえて慎重に検討すべきだ」と話しています。

引き上げ額ゼロは一度だけ

最低賃金をめぐっては、政府が全国平均で時給1000円を早期に達成するという目標を掲げていて、国の審議会も大幅な引き上げの目安を示してきました。

これを踏まえ、全国平均は4年連続で3%程度の引き上げが続き、昨年度は引き上げ額が27円と過去最大となり、東京と神奈川では、初めて時給1000円を超えました。

しかし、今年度は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、経営者側は「体力の乏しい中小企業は引き上げに耐えうる状況にない」などとして、引き上げの凍結を求めています。

なかでも大きな影響を受けた宿泊業や飲食業では、2018年度に最低賃金に満たない水準で働く労働者の割合が10.2%と、ほかの業種に比べて高く、最低賃金が引き上げられた場合に、雇用を維持できるか懸念する声もあります。

国の審議会は2000年代のITバブル崩壊やリーマンショックなど、過去の経済危機の際に目安を示さなかったことや、ゼロとしたことがありますが、実際の引き上げ額がゼロとなったのはITバブル崩壊後の2002年度だけでした。

飲食店経営者「正直しんどい」

夫婦2人で経営している東京 文京区のイタリア料理店は、3人のアルバイト従業員を雇っています。

6年前に開業した当時、東京の最低賃金は時給888円で、店のアルバイトの時給はおよそ900円でした。その後、最低賃金は年々引き上げられ、現在では1013円となっていて、アルバイトの時給も1020円と開業当時と比べて10%以上高くなりました。

人件費の負担が年々大きくなる中、新型コロナウイルスの影響で、ことし4月以降、昼間のテイクアウトのみの営業に変更を余儀なくされ、先月の売り上げは去年に比べて半分ほどに減少。

現在は夜間も含め、店内での食事の提供を再開していますが、感染防止対策で閉店時間を1時間早め、さらに「密」を避けるため、座席の数も6割ほどに減らしたため、これまでどおりの収益は見込めなくなったということです。

このため、最低賃金が引き上がった場合、自分たちの給料を減らしたり、アルバイトのシフトを減らしたりして対応するしかないと考えています。

「TRATTORIANOBI」のオーナーの吉川信行さんは、「感染対策をしながら精いっぱいの集客をしていますが、客足は戻りきっておらず、国の助成金なども活用してなんとかやっている状態で、今の状況が1年続くと経営は厳しい。コロナウイルスの影響で収入が減っている今、人件費が増えるのは正直しんどいです。能力に応じて時給に差をつけてあげたいと思っていますが、最低賃金が上がってしまうと、それも難しくなります」と話しています。

アルバイト時給引き下げも

人手不足を背景に最低賃金よりも高い時給で働いてきた都市部のアルバイトの中には、新型コロナウイルスの影響で時給を下げられ、生活の厳しさに直面している人もいます。

都内の飲食店で働く中村光秀さん(40)は、以前は時給1360円と東京の最低賃金よりも200円以上高い賃金で、週に5日、1日11時間ほど働いて、月に30万円を稼いでいました。

しかし、新型コロナウイルスの影響で長期にわたって休業せざるを得なくなり、その間の手当てが支払われなかったうえ、先月19日から仕事に復帰する際、条件として会社から「時給を10%下げる」と告げられたということです。

今月以降の時給はこれまでより100円安い1250円となり、さらに営業時間の短縮で時給が高くなる深夜に働くことができないため月の収入は10万円ほど下がってしまうということです。

中村さんは現在、個人で加盟できるユニオンに相談し会社に対して休業手当の支払いや時給の引き上げなどを求めています。

中村光秀さんは、「コロナ前は飲食店の時給はどんどん上がっていましたが、それが一変してしまいました。働かないと生活が厳しいので、1日でも早く働きたいという気持ちがあり、時給の引き下げを受け入れざるをえませんでした。アルバイトという弱者の部分をうまく利用されてしまったと感じています。このままの状態がいつまで続くのかが見えず、厳しい生活が続いています」と話していました。

専門家「地域の実情に応じた判断を」

ことしの最低賃金の議論について労働問題に詳しい日本総合研究所の山田久主席研究員は「生活が苦しい人が増えているので、底上げの観点から最低賃金の引き上げるのか。それとも100年に1度の
パンデミックが起きた特殊な年で、厳しい状況に置かれている事業者にとっては引き上げはできない。この2つのせめぎ合いにどう妥当な判断を下すのかがことしの特徴だ」と話しています。

そのうえで「引き上げる場合には経営に影響が出る企業への支援策をセットで考えなくてはならない。一方、引き上げない場合は最低賃金の引き上げの流れを止めるリスクがある。仮に今回据え置くとしても来年以降は引き上げの流れが止まらないようにしなければならない」と話しています。

また、海外との比較については「イギリスは継続的に上げてきているが、能力に応じた最低賃金を特別に設定するなど工夫をしている。今回、エッセンシャルワーカーの重要性が認識できたのは大きなことで、処遇を改善していくことが必要だ」と話しています。

そのうえで最終的な結論について「労使の対立はかなり深いと思うので例年のように一律の数字を示すのは現実的に難しいのではないか。新型コロナウイルスの影響は地域によって違うので、実情に応じて判断するべきだ」としています。

米 民主党は2倍以上引き上げ要求

格差の拡大が浮き彫りになっているアメリカでも、最低賃金の引き上げをめぐる議論が続いています。

アメリカでは地域によって物価などが大きく異なることから、最低賃金は州や市ごとに決められていますが、連邦政府は時給7ドル25セント(日本円で770円)程度と定め、この額は10年以上変わっていません。

労働者の保護を重視する野党・民主党は去年、最低賃金を2倍以上の時給15ドルに段階的に引き上げるための法案を議会に提出しましたが、与党・共和党は最低賃金の設定は州に任せるものだとして、反対しています。

また、新型コロナウイルスを受けて、産業界からは最低賃金が引き上げられれば、経営がさらに圧迫され、従業員を雇えなくなるという指摘も出ています。ただ、秋の大統領選挙で候補者指名が確定している民主党のバイデン前副大統領は、格差解消を訴える左派議員らの意向も踏まえ、労働者の保護を強調していて、最低賃金へのスタンスが注目されます。

イギリス コロナで経済打撃も引き上げ実施

イギリスはことし4月、25歳以上のフルタイムで働く人を対象とした全国の最低賃金を、前年度より6.2%引き上げました。この結果、1時間当たりの賃金は8.21ポンドから8.72ポンド(日本円で1092円から1160円)に上昇しました。

イギリスの最低賃金は年齢別になっていて、このほかでは21歳から24歳は6.5%、18歳から20歳は4.9%、16歳から17歳は4.6%、それぞれ引き上げられました。

今回の引き上げは去年12月に決まっていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大で、イギリス経済が大きな打撃を受ける中、予定どおり実施され、政府は「ウイルス対応の最前線で働く人たちの待遇が改善される」としています。

これについて、労働組合の団体は「低賃金で働く人が直面する問題を解決するための重要なステップだ」と評価したうえで、早期に1時間当たり10ポンドまで引き上げるよう求めています。

一方、イギリスの商工会議所は「企業はコストの増加に苦しんでいる。大幅な賃金引き上げで一段と資金繰りが厳しくなり、設備投資などを減らさざるをえなくなる」と訴えています。

イギリス政府は今後、最低賃金をさらに引き上げていく方針ですが、勧告を行う諮問機関は実施のペースなどの判断に当たっては、ウイルスが経済に与える影響を見極める必要があるとしています。

韓国 労組どうしで対立も

韓国では今月11日から最低賃金について、労使双方の関係者などが話し合う国の委員会の議論が始まりましたが、新型コロナウイルスの影響をどう考慮するか、労働組合どうしで意見が分かれ、議論が難航しています。

韓国では非正規雇用で働く人の割合が40%近くに達し、所得格差の是正が課題となっていて、ムン・ジェイン(文在寅)政権は所得を増やして経済成長を目指す方針を打ち出し、2018年の1時間当たりの最低賃金は、前年比べて16.4%引き上げられました。

しかし、人件費の増加に対応できない中小企業を中心に、従業員が解雇されるケースが増え、急激な賃金の引き上げに対して慎重な見方が広がっています。

公共放送のKBSによりますと、25日に開かれた2回目の会合では、経営者側の委員が「新型コロナウイルスの影響が長期化し、企業の経営は悪化している。雇用を守ろうとしている人々の目線にあった形で決めることが望ましい」と述べ、最低賃金の引き上げに警戒感を示しました。

一方、労働者側では韓国最大の労働組合が1時間当たりの賃金を現在の8590ウォン(日本円でおよそ765円)から25.4%引き上げ、960円とする案を示したのに対し、別の労働組合は企業側の負担を考慮して891円以下に抑えるよう主張し、韓国メディアは「労使対立」ではなく、「労労対立」だと伝えています。