#芸能人 なぜ動いた? ~政治的発言がもたらすものは~

#芸能人 なぜ動いた? ~政治的発言がもたらすものは~
世論の強い反発を招き、先の国会で廃案になった「検察庁法改正案」。俳優、作家、ミュージシャンなどの各界の著名人が、「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグを付けてツイッターに投稿し、政治を動かす大きなうねりになりました。欧米に比べ、芸能人の政治的発言が少なかった日本で何が起きたのか。こうした現象は社会に何をもたらすのか。当事者や専門家に徹底取材し、その背景に迫りました。(社会部記者 神津全孝 山田宏茂 能州さやか)

世良公則さん なぜ投稿?

「#検察庁法改正案に抗議します」の投稿をした1人、「銃爪」「燃えろいい女」など数々のヒット曲で知られるロックミュージシャンの世良公則さんです。

世良さんは、長く休止していたツイッターをことし3月末に再開、それからほぼ毎日、政治に対するみずからの思いを発信し続けています。今回、予定の取材時間を大きく超える2時間にわたって、その真意を語ってくれた世良さん。きっかけになったのは、ある男性の死だったといいます。
世良公則さん
「新型コロナウイルスの感染が拡大した3月中旬、予定していたライブイベントを開催すべきかミーティングをしていました。そのさなかにスタッフから、音楽制作会社の社長がみずから命を絶ったことを聞かされたんです。今後のライブがすべてキャンセルになれば、キャンセル料や違約金を支払わなければならない。そうなれば自分1人では責任が取れないという決断だったと思うんです。我々のようなアーティストがライブを自粛することで、制作、現場、音声、照明、いろんな人たちが一瞬で仕事を失うわけで、いたたまれない気持ちになりました。
やはり政府の自粛要請と補償はセットでなければおかしいのではないか。僕は僕の立場で、政治に対する自分の思いを発信していかなければと考えたんです」

「#検察庁法改正案に抗議します」

衆議院内閣委員会での審議がスタートした5月8日の夜から広がった「#検察庁法改正案に抗議します」の投稿。NTTデータがすべてのツイートのデータをもとに計測したところ、同じハッシュタグを付けた投稿はリツイートを含めて4日間で664万件あまり。(1回以上投稿のアカウント数およそ70万1342件)
政治を動かす大きなうねりになりました。
その後も「種苗法改正案」や「9月入学」など、さまざまな政策に同じハッシュタグを付けて意思表示するツイートがトレンドに軒並みランクイン。政治的な発言をする芸能人も目立ってきています。こうした動き、世良さんは大きな意義があると感じています。
世良公則さん
「僕はツイッターに『知る事。考える事。そして自身で判断する事』と明記しているんですが、僕がツイートすることに批判をしたり、意見を述べたりするのは自由で、みんなに賛成してほしいとかではないんです。確かに、芸能人やミュージシャンが発信すると支持してくれる人はいる。でも『僕の1』と『あなたの1』に変わりはなく、世の中を動かすのは、『1』をたくさん集めることでしかない。若い人たちって、やっぱり政治は大人がやるものだと思っている人が多いと思うんですよね。でも今回のことで、1人1人の問題意識が世の中を変えていくし、政治を動かすって事がちゃんと理解できたんじゃないかと思うんです。
我々のような人間が発信することで多くの人たちが知ることや考えることにつながっていくのであれば、今後もやっていきたいと思います」

アメリカ「政治的発言は社会的責務」

欧米に比べ、これまで芸能人の政治的発言が少なかった日本。その背景に何があるのでしょうか。アメリカでは、俳優やミュージシャンの政治的発言は珍しいことではありません。
2年前のアメリカ中間選挙。人気歌手のテイラー・スウィフトさんは民主党候補の支持を表明。インスタグラムのフォロワーが世界で1億人を超える絶大な影響力を背景に、選挙戦に大きなうねりを起こしました。
俳優の尾崎英二郎さん。NHKの連続テレビ小説で俳優デビューし、その後、ハリウッドに拠点を移し、アメリカの人気ドラマ「高い城の男」などに出演しています。尾崎さんはアメリカでは、芸能人が自分の意見を発信することは「社会的な責務」とさえ、考えられているといいます。
尾崎英二郎さん
「アメリカでは、政治に対して声を上げることは、誰にとっても普通のことという意識が根ざしています。ですから、芸能人やアーティストも『自分の意見や信条』を持っているのが自然であり、明確な考えを表明することが讃えられたり、敬意を抱かれたりすることが多いのです」
芸能に詳しい武蔵大学の松谷創一郎非常勤講師はこう指摘します。
松谷創一郎さん
「アメリカのエンターテインメントは政治に強く翻弄された歴史があります。冷戦期、アメリカではハリウッドを中心にレッドパージが起き、チャップリンをはじめ、多くの映画人が共産主義者と見なされ、映画界から追放されました。政治に翻弄された過去の教訓から公権力を常に監視する文化が根付いているんです」

かつては日本も…美輪明宏さんが語る

一方の日本。かつて、政治的な映画や音楽の発信は珍しいことではありませんでした。戦禍の記憶が生々しい1950年代には「ひめゆりの塔」や「二十四の瞳」など戦争の悲劇を描いた映画が大ヒット。特撮映画の「ゴジラ」シリーズは、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」が太平洋のビキニ環礁で行われた水爆実験で被ばくしたことなどから着想を得て生まれたといいます。
1960年代になると、反体制的なメッセージを含んだフォークソングが人気に。安保闘争やベトナム反戦、学園紛争など、当時の政治や社会情勢と密接に結びついた音楽は、若い世代の絶大な支持を得ました。

1951年、16歳でデビューし、半世紀以上にわたって芸能界を見続けてきた美輪明宏さん。当時の状況をこう語ります。
美輪明宏さん
「終戦までは、俳優さんも会社から口止めされてたし、人気もなくなるし、政治について発言したくても発言できなかったんですよね。それがだんだん変わってきて、芸能人も政治や経済問題、自分の思想を作詞作曲して歌うようになりました。1960年代あたりが一番盛んでしたよね。私も寺山修司と組んで、いろいろと反対運動をやりました。戦争反対の歌や、原爆を作ったり落とした連中を糾弾する歌も歌いました。世の中は大学でストライキが起きたり、新宿で騒乱が起きたりしたんですよ。『結構な世の中だ』と思っていましたけどね」

消費文化の台頭で“政治的”を抑制

しかし、複数の専門家は、1970年代に入ると、芸能人が政治的なメッセージを発信する機会が少なくなっていったと指摘します。消費文化の台頭で、芸能人にとって好感度の高さが重要になり、政治的な発言が抑えられるようになったというのです。
70年代から80年代にかけてヒット曲を連発し、俳優としても活躍していた世良さん。どのように感じていたのでしょうか。
世良公則さん
「日本が経済成長を続ける中で、みんなで豊かになろうっていうムーブメントがあったと思うんですよね。その中でテレビが文化の中心になってきた。歌もスポーツもバラエティーもみんなテレビに群がる。テレビではスポンサーがいてCMを打つ。そこで求められるのは好感度のある方。危険性がある方よりも大衆受けする方を起用することで番組は成り立っていくわけですよ。80年代にはCM女王っていう言葉が生まれたりして、制作サイドも芸能事務所も全体的に受け入れられるものを求める。その関係性の中で『色のないこと』が求められたんだと思います」

転機はどこに?

経済成長を続ける中で、抑えられていった芸能人の政治的発言。転機はどこにあったのか。社会運動やメディアに詳しい成蹊大学の伊藤昌亮教授は、2011年の東日本大震災、そして原発事故をきっかけに、政治について発信する芸能人が増え始めたと指摘します。
伊藤昌亮さん
「冷戦終結後、明確なイデオロギーの対立がなくなり、政治は、利害の調整や利益の分配のことと思われていました。しかし、古い政治の象徴だったとも言える原発の事故で政治は『自分たちの生命や生活に直結するのだ』と意識が変わりました。そして、反原発や反安保法制などの大きなデモが起き、芸能人も政治に声を上げるようになっていきました」
伊藤教授は、YouTubeやSNSの台頭、そして新型コロナウイルスの感染拡大も大きな影響を及ぼしていると指摘しています。
伊藤昌亮さん
「SNSの台頭で芸能人を取り巻く環境が変わりました。芸能人自身がテレビで押しつけられる自画像に満足しなくなり、SNSを通じたセルフプロデュース力が求められるようになったんです。彼らは基本的な価値観のもとでの正義や公正を重んじ、それが世の中の支持を受ける。SNSを含めて、トータルで自分を表現した方が人気が出て、評価される時代に変わっていきました。
そして、今回の新型コロナの感染拡大も影響したと思います。不安な状況の時ほど、人は理性的であろうとする。こうした中で、検察庁法改正案などについて『筋が通っていない』という気持ちがより強く働いたのではないでしょうか。もともと政治や日常にセンシティブなのが芸能人、表現者なので政治の問題点に気づいて意見を言うのは当たり前のことだと思います」

ひぼう中傷の危険も

一方、影響力のある芸能人の発言は、激しい批判やひぼう中傷を浴びることも少なくありません。沖縄出身のタレント、りゅうちぇるさんは、おととし、アメリカ軍普天間基地の辺野古移設に反対を呼びかけるインターネット上の署名活動についてSNSに投稿しました。
りゅうちぇるさん
「やっぱり僕が生まれ育った島で起きていることだったし、報道されない県民の思いとか、本当の姿とかを生まれ育ったからこそ知っていたんですよね。政治的な発言をすると『知的に見られたいだけでしょ』と言われたりすることもありますが、そのためにSNSをしているわけじゃないんです。日本という国に生まれて、これからもこの国で生きていく中で、自分の発言で何か変わるかもしれない、この問題について知る若者が増えるかもしれないと思い、発信したんです」
しかし、投稿には賛同の意見が寄せられる一方で、批判の投稿も相次ぎました。それでも、りゅうちぇるさんは、みずからの意見を積極的に発信していくことの重要性を感じているといいます。
りゅうちぇるさん
「やっぱり政治的な発言をして、いろんな人に批判されて、それだけで嫌になるじゃないですか。SNSと政治って、すごくハードルが高いですからね。でも、そのせいで『面倒くさいから発信するのはやめておこう』、『巻き込まれたくないから言わないでおこう』とかって思うのは、すごくもったいないことだと思うんです。大切なのは、問題のバックグラウンドもしっかり勉強して、『誰も傷つけない、わかりやすい言葉』で発信すること。そうすれば、必ず気持ちは伝わると思います。一般の人もSNSでどんどん発信する中で、芸能人だけが政治的な発言をしたらいけない理由は何?って言ったときに納得できる返事が返ってくる気がしないんですよね」

課題はどこに?

存在感を増すSNS上の政治的発言。課題はどこにあるのでしょうか。

学習院大学の遠藤薫教授は今月、インターネット上でおよそ2000人を対象にアンケート調査を行いました。
「芸能人の政治的発言をよいことだと思いますか?」という質問には、全体の32%が「よいこと」と回答し、「よくない」と回答した18%を大きく上回りました。一方で、およそ50%は「どちらともいえない」と回答。

そして「オンラインデモには深く考えて参加するべきだと思いますか?」という質問には全体の63%が「そう思う」と回答しています。
遠藤薫さん
「これまでネットで声が上がっても、スルーされることも多かったですが、今回は芸能人が声を上げたことで、非常に大きな盛り上がりを見せ、多くの人たちが自分たちの意見で社会を動かせるという感覚を持つ貴重な経験になったと思います。一方、ネット上の情報は玉石混交であることは確かで、有名人が発信した情報であっても鵜呑みにしてはいけません。情報について自分はどう考えるかということが、これからどんどん重要になってくると思います」

“本当の民主主義”とは

発信する芸能人の側はどう考えているのでしょうか?
世良公則さん
「国民が声を上げるのは大事なことですが、政治がその声に振り回されるようなことがあってはいけない。検察庁法改正案のように説明不足だったりして、国民が納得出来ていない事案はたくさんありますよね。
ただ、世論にコントロールされて、世論に応えるためだけに政策を決定するのではなく、国民の声に真っ向から対峙していく。そしてきちんと説明して成果を出して、それを国民がまた審判するという緊張感のある関係性を作るのが『本当の民主主義』だと思っています。僕自身もこういいながら、そのことを勉強してますよ」
美輪明宏さん
「フォーク全盛の時代もそうでしたが、少しずつ少しずつ進化して、芸能人の人たちも、いろんなものを臆することなく意見を述べるようになったということで、『結構なこと』だと思いますよ。
ただね、芸能人、芸能人とおっしゃるけど、それがもう差別化しているということなんですよ。ただの人間でいいじゃないですか。容姿、年齢、性別、肩書、国籍、財産。そういったものを全部吹き飛ばして見てみると中身が見えてくる。『芸能人のくせに生意気だ』とか『芸能人が政治に口を挟むなんて』なんていうのは、もう時代遅れですよね」
誰もが自由に発信できるSNS上の議論。しかし、異なる意見に対するひぼう中傷の応酬が、時に世論の分断を生み、建設的な議論を妨げる危険性も指摘されています。

1人1人の声が社会を動かした今回の現象。真の民主主義とは何か。私たちは問い続けていく必要があると思います。
社会部記者
神津全孝
社会部記者
山田宏茂
社会部記者
能州さやか